01-11 神なる力の誕生
続く2限目。魔術歴史学の講義だ。
「今日は現在の暦の由来となった人物で、魔術師の始祖でもあるゼリアザード・フェリウル・ツェルについて講義をする」
そう言ったゴイル・ルシウス・ゼクト先生は背面の黒板へくるりと向き、白いチョークを右手に持つ。
水が流れるように、なめらかな字を横書きに綴る。
1限目に習った魔術語で使われる文字が次々と黒板に現れ、雅稀と利哉は何を書いているんだと言わんばかりに眉根を寄せる一方、一翔の目には『ゼリアザード・フェリウル・ツェル』を魔術語で表記していることが映っていた。
ゼクト先生は顔を後ろに向け、「多くの学生に馴染みのある英語で書くとこう表記する」と行間を空けて、スラスラと文字を書く。
魔術語で書かれた文字の下に『Zeriazard Feliur Zell』の字が現れる。
大半の学生は英語表記を見て、黒板に書かれた魔術語がゼリアザード・フェリウル・ツェルを意味していたことにようやく理解する。
「それにしても、何故あの先生は英語を知っているんだ?」
利哉は隣に座っている一翔に声を掛ける。
「多分僕らと同じ
一翔は一瞬目を利哉に向けて答えると、再び視線を黒板に戻す。
「
利哉はつまらなさそうに黒板をぼーっと見つめる。一翔があまり会話の相手をしてくれなかったことが、少し気に入らなかったのだ。
「ゼリアザードは8950年前に誕生したと言われており、神なる力を有していたとの記録が残されている。我々が生を営む惑星――
ゼクト先生は教壇をうろうろしながら、彼について話し始める。
「ゼリアザードは
(
聞いたことのない惑星と大陸名を聞いて、雅稀と利哉は少し困惑する。ここは地球でないことが改めて思い知らされる。
一翔は真顔でゼクト先生の方を向いている。一翔の感情が顔に表れていないため、何を思っているかはわからないが、両親から耳にしたことがあるのだろう。
ゼクト先生は左手を天井に向けると、小さな教会が映像として浮かび上がる。天使をお迎えするために、丸太が規則正しく積み上げられ、左右対称になるよう、木を削って作られてた羽が扉に飾られている。
「魔力が誕生したのは彼が20歳の時だった。いつもの教会で祈りを捧げていたところ、天使がお出ましになった」
先生の手から浮いている映像は教会の中に変わる。降臨した天使は目を開けていられない程の眩い光に包まれている。はっきりとした姿はよく見えないものの、背丈は教会の天井と同程度であること、背中から立派な白い羽を広げている容姿は見える。
「その時、こう告げた」
ゼクト先生は視線を天使の映像に向けると、映像の中の天使は白い絹のワンピースをまとったゼリアザードと思しき人物に語りかけた。
『われはこの大陸を守り導く神。汝が生まれた頃から守護してきた神なり。
高貴な女神の声が雅稀らの耳に入る。声を聞いているだけで気持ちが良く、今にも夢の世界へ行ってしまいそうになるが、ぐっと堪えて講義に集中する。
『生を授かった頃から
正座をしているゼリアザードは両手を床に置き、深々と頭を下げる。
『汝のフェリウルという名は、われの神名に由来しておる。それ故、われの強い加護があったのじゃ』
『これは……何とお礼を申し上げるべきか……』
ゼリアザードは頭を垂れたまま、感謝の気持ちを述べる。
『お礼は汝の使命を果たしてからで良い。汝の使命は、汝の持つ神なる力を人々に広めることにあり。神なる力で生活や文化に知恵を授けよ』
若かりし頃のゼリアザードは、正座したまま初めて顔を上げる。フェリエルと名乗った天使の姿は彼には確実に見えていたのだろうか、真っ直ぐ天使の顔を見つめている。
『フェリエル天使様。
ゼリアザードはフェリエル天使に尋ねる。彼の声は歌劇やオペラで言うバリトンの低さで、真心と覚悟が籠もっている。
『心に耳を傾けよ。さすれば、生まれし頃からの力が発揮されよう』
ゼリアザードはフェリエル天使の言葉の通り、目を閉じて心に精神を研ぎ澄ます。
映像からは何も見えないが、雅稀と利哉の間に座っている一翔は何かを感じたようで、自身の胸に視線を移す。
「何か感じたのか?」雅稀は小声でささやくと「手がピリピリしている感じがする……」と一翔は太ももの上でそっと両手を広げる。
「俺には全然わからないけどな――」
雅稀は再び天使と祈祷師の映像に顔を向ける。ゼリアザードの胸の奥から白金色の神々しい光が発していた。
光が止むと、フェリエル天使の姿は無かった。物音を立てずに立ち上がったゼリアザードは両手を胸に当て、双眸を大きく開ける。
『天使様、お力をいただき、誠にありがとうございます。人々に生活と文化に知恵を授けるべく、使命を果たして参ります』
ゼリアザードは両手を下ろし、そこから軽く腕を広げると、橙色の光に包まれる。
神前と思われる棚に供えられたろうそくに左手を差し出すと、ぽっと明かりが点いた。
『これが神なる力――魔法のようだ。魔力と名づけよう』
ゼクト先生は顔を学生の方へ向けると
「魔力はこのようにして誕生しました」
と穏やかな表情で語った。
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