01-09 狙われる命に立ち向かう決意

 ロザン先生はピンク色の様々な花柄が描かれたティーポットを右手に持ち、白地にハナトラノオが周囲に小さく散りばめられた4個のティーカップに紅茶を注ぐ。


 ハナトラノオと言えば、望みの成就や達成という花言葉がある。

 ロザン先生のさっきの言動で辛い過去を背負っているように感じたが、希望を持てと自身に言い聞かせているのだろう。


「君たちがここへ来るとき、4つの球を見たと思うんだ。赤、青、緑、そして黄色。それぞれ違う空間なのを知っているかね?」

 ロザン先生は注ぎ終えたティーカップを雅稀たちに差し出す。


「青は魔術師が住む魔術界ヴァール、緑は魔術師がいない世界、非魔術界ル=ヴァールなのは知っているのですが、赤と黄色はさっぱり……」


 一翔の回答を聞いたロザン先生は少し驚いたような表情を浮かべた。


「琉根くんの答えは大体合っているけど、どこで知ったの?」

「僕の家計はみんな魔術師なので、親や親戚からそういう話を聞いたことがあるんです」

「そうか。厳密に言うと、青の空間は魔術界ヴァール現実世界ベスマール、緑の空間は非魔術界ル=ヴァール現実世界ベスマールって言うんだ」


 雅稀はロザン先生の現実世界ベスマールという言葉に反応して「現実世界ベスマールがあると言うことは、また別の世界があると言うことですか?」と声を上げた。


「新條くん、鋭いね」

 ロザン先生は右手の人差し指をピンと立て、そのまま話を続ける。


「実は現実とは真逆のことが起きている世界が存在するんだ。それが反転世界ピューマール。黄の空間が非魔術界ル=ヴァール 反転世界ピューマールで、今僕たちがいる赤の空間がフォール=グリフィンが活動の拠点としている魔術界ヴァール反転世界ピューマールなんだ」


 4つの球がそれぞれ何の世界なのかがやっとわかったところで、雅稀は紅茶をゆっくり口に入れた。

 ルイボスティーとダージリンがブレンドされたような、爽やかでほんのり甘味がする。


「さっき、ここへ来た学生はオレたちが初めてではないと先生は言ってましたけど、今までどんな人が来ていたのですか?」

 利哉はティーカップの取っ手を触ったが、熱かったのか、即座に手を離した。


「魔術研究学科の学生はもちろん、占術学科の学生もいたよ。GFP学院を滅ぼそうと企んでいる組織を突き止めたのも、あまり知られていないGFP学院の過去について新たな知見が得られたのも、彼らが僕の研究に協力してくれたお陰さ。でも、彼らの多くはフォール=グリフィンの一員と思われる魔法戦士に命を狙われてしまってね……」


 これまで真面目そうな表情をしていたロザン先生の目は涙で溢れそうになっていた。


「僕ではなく、何故学生たちが殺されてしまうのか……僕はGFP学院の学生が緑に光る目の謎を解決する使命があって、その研究をしているのに……まるで僕が彼らの命を絶つことをしているようで……」

 ロザン先生は白いハンカチを目の近くに当てて、川のように流れ出てくる涙を拭く。


「過去の学生さんは魔法戦士でなかった故、戦えなかったんですね……」

 一翔は床に視線を落とす。


「……先生の気持ちはわかりますが、緑に光る目の謎を解決する使命にあるって一体どういうことですか?」

 利哉はロザン先生の機嫌を伺いながら言いづらそうに尋ねると、さっきまで涙を流していたロザン先生は顔を上げ、真面目な表情に戻って声を発した。


「榛名くんが図書館で読んでいた卒業論文に書かれていないけど、僕はGFP学院を設立したディールス・ルチアの血を引いているんだ。彼が予言者だったことは事実で、GFP学院に在学する学生は目が光ることに苦しむ未来は見えていた。本当はその未来を覆したかったそうだけど、大学ができてから間もなく病死してしまったと聞いている。ルチアが生前成し遂げられなかったことを、我々子孫が使命として緑に光る目と向き合っている訳。彼の血を引いている証として、ミドルネームに『ディールス』が名づけられているのさ」


 そうだったのか! と利哉は大いに納得したようで深く頷いた。


 紅茶を味わいながら聞いていた雅稀は、立ち上がってロザン先生の机を両手でドンと強く叩き、

「先生、俺たちがフォール=グリフィンという気に入らない連中を倒します! そして、緑に光る目を解決したいです!」

とロザン先生の顔をじっと見つめた。


 利哉も一翔も椅子から立って力強く首を縦に振った。


「ありがとう、頼もしいよ!」

 嬉しそうな顔をしたロザン先生だが、

「ただ、相手はかなり手強いよ。君たちのような見習い魔法戦士では太刀打ちできない。それに、僕の研究に手を貸してくれるということは、命が狙われるリスクを背負うことになるのは覚悟してほしい」

 とすぐに真面目な顔つきに戻る。


 雅稀は数回首を縦に振って、はいと返事した。


「じゃあ、今日はもう遅い時間だから、寮に戻ろうか」

 ロザン先生は空になったティーカップを重ねる。


「戻るって言っても、どうやって……」

 利哉は部屋中を見渡す。


「扉の近くに魔法陣が敷かれているでしょ。そこに立てば寮に移動できるよ」


 本当だと利哉はそこへ向かって歩いた。


「あと、いつでも僕の第2の研究室へ来れるように、君たちの部屋に魔法陣を用意したから、気が向いたらまた来てね」

「はい! 是非とも!」

 一翔はにっこり表情を浮かべた。


 その後、雅稀と利哉、一翔はありがとうございましたとハキハキした声でロザン先生に挨拶し、魔法陣に足を踏み入れた。

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