第十話 問答

 陛下は怪訝な表情を崩さず語る。


 「さて、可笑しな事よ。この深緑の賢者サームと薬神エルボアの元で一年半も錬金術と薬学を学んだエルが未だに見習いの認可が出ておらぬと言うではないか。サームよ。エルはそれほどまだ努力が足りぬか。」

 「恐れながら王よ。我が弟子と贔屓目に捉われず申します。エルはこの先、従順に研鑽を積めば人族として名を馳せるほどの錬金術師か薬師となれると私もエルボアも評価しております。」

 「それは可笑しいのぉ。それほどまでの才を持ちながら、未だに見習いの認可が下りぬとは。これはどう言う事だ。錬金術ギルドを預かるはハインツであるな。薬師ギルドはワゴシか。説明を。」


 なるほど。ワゴシがサームに対して妨害行為を行っている事は既にオーレルより陛下の耳に入っている。その事実をここで詳らかにしようと言うつもりなのだ。

 列にいたハインツ伯爵とワゴシ・ハールトンが御前に控える。まずハインツ伯爵が事実を述べる。


 「恐れながら王よ。サーム卿の弟子であるエル殿の見習い認可の申請はワックルトでも州都ミラでも受けておりません。しかし、サーム卿より文をいただき、ぜひ私にエル殿を引き合わせその才を見極めてもらいたいと頼まれました。王もご存じの通り、サーム卿と私は若き頃にサーム卿のお父上の工房で共に腕を磨き、サーム卿は私にとって唯一の兄弟子。私はすぐにでもワックルトに向かうつもりでしたが、返す便りでサーム卿が王都へ向かわれる事を聞き、ここで初めてエル殿と会った次第でございます。」

 「そうであったか。では、この儀が終われば見習いとなれるかどうか、エルの才、しかと判断して欲しい。」

 「畏まりました。」


 そして陛下は目線をワゴシへと移す。しかし、その眼には冷たさが表れていた。


 「さて、ワゴシよ。薬師ギルドとしての言い分はあるか。」

 「おっ....恐れながら我が王よ。薬師ギルドではサーム卿の弟子と呼ばれるエルと言う者の見習い認可の申請は受けておりません。」

 「ほぉ....受けておらぬと申すか。誠であろうな?」

 「はっ..はい。」

 「ふむ。サルナーン。」


 陛下がサルナーンに声をかける。サルナーンは一枚の紙を懐より取り出し読み上げる。それはワックルトの薬師ギルドに出されたエルの見習い認可申請書であった。ワゴシの表情が歪む。


 「さて、ワゴシよ。これはどう云う事じゃ。そなたは申請は受けておらんと申したが、ここに申請書は出されているでは無いか。」

 「恐らく州都ミラにございます薬師ギルド本部へその申請書が届いておらず、私が目にしていないのだと考えられます。」

 「ハッハッハ!!可笑しい。可笑しいでは無いか。」


 陛下は乾いた笑いを見せながら、サルナーンにもう一度申請書を見せるように言う。


 「サルナーン。儂の記憶が間違っておらねば、その申請書にはワックルトで申請書を受け取ったと認める判とそれが州都ミラへ送られ受け取ったと言う判が押されているように思うが。」


 サルナーンが陛下の問いに答える。


 「我が王よ。王の仰られる通り、ここには二つの判が押されており、しかも州都ミラの薬師ギルドがこの申請書を受け取ったのは一年近く前の事でございます。」

 「ワゴシよ....この事、どう弁明する?」


 陛下の言葉に圧が含まれ始める。貴族達の表情が一層に厳しい物へと変わる。ワゴシは取り繕うように言い訳を続ける。


 「ギルド本部は近年多忙を極め、申請認可が遅れている事例もあります。その中に埋もれ認可が遅れたものかと....「喧しいッッッッ!!!!!!」」


 怒声が謁見の間に響き渡る。ワゴシは「ヒッ....」と情けない声を上げ、尻もちを突く。


 「どのような理由があろうとこれより研鑽の道に進む若い薬師達の意思をギルドが挫いてなんとする!確かにギルドと王家は関わりなく独立しておる。しかし、薬師ギルドに関しては今回のエルの一件に限らず、一定の貴族に関わる薬師や店舗を商う者からも不満の声が上がっておる。今回、その声が王政にまで届き始めたゆえ、ワゴシに問う形となったが。まさか、言い訳をし己の愚行を隠そうとするとはな。ワゴシ、覚悟の上での発言であろうな?」


 ワゴシは陛下の言葉に震えながらも未だに言い訳がましい言葉を並べ続ける。その様子には貴族達も呆れた顔でワゴシを見ていた。

 陛下は一度目を閉じ、考える仕草を見せたかと思うと厳しい表情でワゴシに告げた。


 「そなたの父、イェルコの推挙もあり任せた薬師ギルド長の任。学園で薬学を素晴らしい成績で修めた事も考慮して任せたつもりであったが、そなたには大役過ぎたのかも知れぬ。ワゴシ、薬学ギルド長の任を解く。この度の混乱だけではない。以前にもそなたは一部の貴族子息に対し、領地経営や貴族としての活動を妨害した行為を確認しておる。一度は宰相からの口頭での注意にて様子を見たが、どうやらそなたには響いてなかったようだ。一度、父の治める領地に戻りその心改めるまで屋敷にて外出禁止を申し渡す。良いな。」


 陛下の言葉にワゴシはぐったりと肩の力を落とした。そのまま衛兵に部屋の外へと連れていかれる。このまま近衛兵の監視が付き、ワゴシの父が治める領地まで送り届けられ屋敷での軟禁生活を強いられる事となる。


 「さて、薬師ギルドとは今後の事についても話し合わねばなるまい。本来独立組織であったギルドへ王家から長官を無理やりねじ込んだ結果がこれだ。これに関しては儂にも大きな責任がある。薬師ギルドの責任者には足労を掛けるが一度王都へ赴いてもらい、話を聞き最良の形で継続出来るよう王家としても最大限助力する。」


 陛下がサームに手紙でエル達の登城を命じたのはこれの為であった。エルの状況を利用した形にはなってしまったが、これはサームにとってもエルにとっても今後の薬師としての活動に大きく関わってくる。これでエルは邪魔される事無く、見習い薬師の認可を受ける事が出来るようになる。


 「さて、このような事となり、今まで以上に王政のみならず各領地の統治も見直さねばならぬ時が来ておるのかも知れぬ。各領地を治める者は今一度自身の統治を冷静に判断し、領民の為により良い統治を志してほしい。以上だ。」


 この言葉をもって今日の謁見の儀は終了した。爵位の高い貴族から先に退場していくが、侯爵であるサームはあえて最後に部屋を出るようにした。すると、錬金術ギルドの長官であるバルニア・ハインツがサームの元へと歩み寄る。


 バルニア・ハインツは市井から貴族爵を賜った錬金術師である。幼き頃にサームの父が営む魔道具工房に手伝いとして雇われた。バルニアの父とサームの父に格別の親交があり、当時貧しかったバルニアの家は幼い子を働きに出さなくてはならない程であった。しかし、働き始めて5年が経ったある日、サームの父はバルニアに魔道具修理の才能がある事を見抜き、正式に弟子として雇い入れた。

 それ以降、バルニアの稼ぎで家は生活出来るまでになった。そして、サームの父が引退しサームが工房を引き継ぐのを機にバルニアも独立をした。サームは引き留め共に研鑽の道を歩もうとしたが、バルニアは共にいる事では自分がサームを超えられないと思い、王都を出て王国南部の港町デルタで工房を立ち上げた。


 その経緯を聞いた者達はサームの父が引退した事を機に、一番弟子と二番弟子が袂を分かつほどに不仲になったと噂したが、実際には尊敬する兄弟子を超えたいと弟弟子の錬金術への向上心が起こした事で、二人は工房で共に働いていた時よりも心が近く感じていた。

 そしてバルニアは港町で自身の工房を流行らせて港町の発展にも大きく寄与した。それを評価され爵位を賜り、王より家名を名乗る事を許された。


 その後、錬金術ギルドからギルド長就任の依頼を受けた。自分としても違う立場に身を置く事で更なる知識の探求を求めた。そして、数年後に兄弟子より不思議な手紙を受け取った。

 内容を見るとずっと一人で技術を磨いていた兄弟子がまさか弟子を取ったと言う。それにも驚いたが、サームの手紙にはそのサームを以てしてもその弟子の素質の底が見えないと言う。長く錬金術の先端で身を置く自分に弟子の見極めを行って欲しいと頼られた。


 まさか。あの優秀なサームが見抜けないほどの素質とは。兄弟子に頼られた嬉しさよりも錬金術師としての興味が勝った。すぐに手紙を送り、ぜひ会わせて欲しいと願い出た。そして、多少の紆余曲折があり今目の前にその若い弟子が立っている。


 「サーム様。ご無沙汰しております。」

 「ハインツ卿。それを言わねばならんのは儂の方じゃ。しばらくであるな。この度は不躾な頼みをしてしまい申し訳ない。」

 「何を仰られます。王都の錬金術ギルドに部屋を構えております。そちらでお話を。」

 「すまぬ。では、皆移動しようか。」


 帰りも近衛兵の馬車が送ってくれる事となっていた。サーム達は屋敷では無く、錬金術ギルドへ送ってもらうように頼んだ。

 王都にある錬金術ギルドはミラ州都のミラにある薬師ギルドと同じように王都にはあるがここが本部ではない。本部はバルニアの工房のある港町デルタに本部が置かれている。王都の錬金術ギルドに一行が入ると既に職員には連絡が行き届いているのか、すぐにギルドマスターの部屋へと通された。


 バルニアは謁見の時に来ていた服からは着替えて、普段使いの作業着となっていた。さきほどの謁見の間とは違いもう少し砕けた話し方でエル達を迎え入れた。


 「サーム。わざわざご足労いただき申し訳ない。この子が?」

 「そうじゃ。バルニア。名をエルと言う。数年前まで帝国にて違法奴隷として扱われていた子じゃ。」


 バルニアはその言葉に目を見開き、何度か頷いた。


 「その話はオーレル様より陛下に報告されたと言う事は聞いています。まさか、帝国が。この数十年。いや、百年近く争いはおろか他国の耳に入る様な争いすら聞いて来なかったと言うのに。やはり皇帝替わりが原因と思われるか?」

 「それも数ある要因の一つでしかないと考えている。今は、オーレル殿を含めて動いてくれておる者達がいる。」

 「そうか....いやいや、さて、今はエル殿の話ですな。さて、エル殿。これまでにサームに教わった錬金術についていくつか質問をさせてもらう。緊張せず答えて欲しい。心配しなくともこれに答えられなくとも見習い認定はちゃんと許可を出すのでな。」


 そこから錬金術に関わるいくつかの基礎的な知識の質問をされる。それはエルにとってはサームから貰った本で毎日と言って良いほど読んでいる事ばかりで、問題なくスラスラと答えられた。

 その後もいくつかの質問をしながら、これまでサームの元で学んできた事をを聞かれると言う時間が流れる。しかし、その中でエルが少し不思議に感じたのはバルニアと話をしている時に、時折バルニアがエルを覗き込むようにジッと見つめる瞬間が何度かあった。


 嫌な感じは無かったがそのように人からジッと見られる事が無かったので、気恥ずかしさを感じてしまった。それに気付いたバルニアもエルに申し訳なさそうに謝罪していた。


 「ふむ。知識はもちろんここまで学んでいる事もこの齢の見習い錬金術師の中でもなかなか学べぬ所まで教えて貰っているようですな。サーム、少し急いで教え過ぎなのではないですか?」


 バルニアは少し困ったように笑いながらサームに語り掛ける。サームも痛い所を突かれたとばかりに苦笑いしながらそれに答える。


 「やはりバルニアにはバレてしまうか。エルの成長に心を躍らせてしまったようじゃ。これからはじっくりと取り組むようにしよう。」

 「まぁ、この齢でこれだけ立派に問答出来ればそうなってしまうお気持ちも察しますが、まだまだ先の豊かな子供なれば今少し他の事でも色々な経験を積ませてあげる事も錬金術師としての視野を広げる事にも繋がります。まぁ、これは我らが師であり、お父君であられる方のお言葉ですのでサームには口うるさく聞こえますかな?」


 バルニアの言葉にサームは驚いたように目を見開き、そして二人で大きく笑い合う。


 「エル殿。何の問題も無く見習い錬金術師の認可は下ります。これからは更なる研鑽を積まれると良い。しかし、先ほどもサームと話しましたが、何事も足元をしっかり固めながら先に進まれよ。そなたの素質があるからこそ、急ぎ過ぎる事はその土台を心許なくさせます。お忘れなきように。」

 「バルニア様。ありがとうございます。しっかりと心に刻みます。」


 エルの言葉に満足そうに頷くバルニア。バルニアはエルに錬金術ギルドがどのような場所なのか職員に案内させようと提案してくれた。どのように仕事を請け負っているのか、どのような品物が流行しているのかを知っておいてはどうかと言う提案だ。

 エルは嬉しそうに目を輝かせる。バルニアも嬉しそうに職員に声をかけ、エル達に一階を案内するように申し付けた。ジュリアが共に一階へ下りていく。


 扉が閉まり、しばらくすると先ほどの柔らかな表情はどこへと思うほど、バルニアの顔は厳しくなった。そしてサームとレオ達をジッと見つめる。

 サームが緊張したようにバルニアに問う。


 「どうであった?」

 「兄(弟子)よ。あの者は一体なんですか?」


 部屋の空気が一気に重くなる感覚がした。全員が今まで疑惑として持っていた事についに踏み込む時が来たのかもしれない。サームがバルニアに直接見習い認可の判定を頼んだのには訳がある。

 バルニアは『人物鑑定』のスキル熟練度を最大限まで上げており、それに加えてユニークスキルの【看破】を持っていた。これは相手がスキルなどを使って妨害しようとするもの(ステータスはもちろん罠や謀も含め)を見破るスキルだ。


 バルニアが冷たい汗を流しながらゆっくりと語る。


 「あの者は、人ではありません。」


 その部屋にいる全員が絶望を感じた瞬間であった。

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