第17話 地の真珠を探して(後)

「標的は橋の真ん中だ」




少女に会ってから、10日後。


俺の任務は敵国の補給線を絶つために、鉄道の橋を落とすことだった。

塔から端までは距離にして5800mあったが、俺にはピンポイントで狙撃できる自信があった。



「甲殻火砲、撃ちます」



俺の声だけが塔に響き、

次の瞬間には、銃身から真っ赤な弾が発射され、

それはぐにゃぐにゃとした弾道を描き、はるかかなたの橋を爆破していた。


その威力はすさまじく、橋の下の台地をえぐり、付近の川から濁流が流れ込んだ。



「よくやった。

今日も、お前の射撃は神掛っているな。

ご苦労だった。


そう言えば、最近、身体の調子は悪くないか?」



任務を果たした俺にカーサ陸尉の声が弾んだが、

俺の精神は心配されなくとも、良好であった。


その理由は、例の少女にあると言ってもいいかもしれなかった。

ここのところ、俺の生活には活気が生まれていた。2日に1度は、俺は少女のいる公園にいき、よく話をしていた。

明日などは、家に食事に招かれることになっている。少女の家に行くのは、明日で3回目だ。

それが無気力だった俺には、張り合いになってきていた。


軍の上官が俺のことを心配するのは、俺という切り札が使い物にならないように、だ。

カーサ陸尉も仕事だから、俺のメンタルケアを行うのだ。


俺が戦うのは、軍人として国を守るためであるが、個人的には、あの少女の家を守るためだと思っていた。

俺がミスを侵せば、敵は国に押し寄せるだろう。そうなれば、少女一家はどうなる?

それを考えたら、嫌でも戦いに集中力が増した。




その翌日は、気が滅入る任務だった。

作戦内容は、魔戦車9両の破壊だ。



作戦で、俺が放った魔法の銃弾は、たった一発であった。

だが、その一発の銃弾は貫通力を持ち、遥か彼方に鎮座していた戦車を串刺しにして回った。

一発で、9両の戦車はすべて爆炎に包まれた。


事前報告では、戦車は無人ではなかったらしい。

俺は合計で、40人は死んだだろうと思った。

被害のことは、できるだけ考えないようにした。




任務を終え、1時間後。

時刻はすでに藍色の風になりつつある頃。


俺はキョウ鳥のモモ肉、数羽分を手土産に、少女カシスの家を訪れていた。

俺がコンコンと少女の木造りの家のドアを叩くと、中から

「誰なの?」

と彼女の声が聞こえた。



それを聞いた俺は

「あなたの下僕だ」

と答えた。


そう答えることが俺には強いられており、

そう言うことがドアを開けてもらう『前振り』になっていた。


俺の返事と共に、ドアは威勢よく開き、



「おじちゃん、遅いわね。

もうご飯の支度はとっくにできてるわよ。

仕事なんて、多少サボってきなさいよ。どうせ、大した任務も負っていないんでしょ!」



カシスはそう答えると、さっさと入れと言う手振りで俺を家に入れた。

俺は小さく「失礼します」と言いながら、家にお邪魔した。


カシスは俺の任務のことを知らなかった。

俺が魔弾のイシュウだということも知らなかった。

魔法ステーションで報道を見ていれば、俺がそうだと、知っているはずだろうが、彼女は軍務の後、母親の代わりに家事をし、弟2人の面倒を見ている。

報道など見ている時間などないだろうし、もし時間があったとしても、カシスは見ていないだろう。

子供には報道などより娯楽番組がお似合いだからだ。



俺が家に入ると、怪獣のような2人の子供がワーと俺の方へ近寄ってきた。

そして、俺という捕虜に対し、激しい要求をした。



「きたなー敵国の悪者め。

這いつくばらなければ、銃殺するぞ?」



その要求はもう経験済だった俺は、大人しく従うことにした。

最初この家に来たときは、なんだと思い、要求を拒んだら、2人の兵士は俺の足をロープでグルグル巻きにし、その後、背中を嫌というほど、叩いてきたのだ。

それ以来、俺は大人しくその要求に応じることに決めていた。



「分かりましたー大人しくするので、ひどいことはしないでくださいー」



俺のその棒読みで、いかにも台詞臭い言い回しは、真実味がなくひどい出来だったが、俺という人間を屈服させた弟2人は嬉しそうに笑って、スポンジのバットで俺の頭をばんばんと叩いていく。

それを見たカシスは、大声を出した。



「こら!これからゴハンなのよ!

遊ぶのはその後にしなさい」



カシスは俺を叩くことは注意しなかった。

俺は、躾けとしても注意して欲しいもんだなと思いつつ、身体を起こし、手土産の鶏肉をカシスにはいと渡した。



「あらまあ。毎度、いいのよ何か買ってこなくても。

貧乏軍人でしょうから、お金は溜めなさいよ」



俺の階級はすでに少尉になっており、そこそこの俸給をもらっていることを彼女にも伝えているはずだが、俺の声があまり彼女には届かないらしかった。

俺は「まぁ、買いたいものもないし」と単調に答えると、食卓の席へ着いた。


食事の席には、カシスの母親もおり、すでに顔馴染みになっている俺は

「身体の調子はどうですか?」

と母親に言った。


母親はにこやかに笑うと、

「おかげさまで、最近はいいのよ。

イシュウさんも毎日のように子供にかまってくれて、ありがたいわ。

でも、忙しいでしょうから、無理しなくてもいいのよ」

と返事をした。

俺はその言葉に、言葉ではなく、笑顔を返した。



このような温かい家庭を、俺は忘れていた。


祖父とずっと2人暮らしだったこともあり、また、俺は陰気で彼女もいなかったため、家族のぬくもりなども久しく体験していなかった。


この家に来るようになり、俺は以前より、笑うようになっていた。

気晴らしにウイスキーという友達に会うことも、少なくなっていた。



「まるで、お父さんみたいね」



母親が俺にそう言うと、俺は少しむせて、食べていたシチューを喉につまらせた。


カシスは「大人なんだから、落ち着きなさいよ!」と俺に冷たいお茶を出してくれた。

そして、カシスはさらに言葉を続けた。



「こいつはお父さんというには、若いわね。

到底、父親にはなれないわ、調子に乗らないことね。

まず、人生経験が足りないのよ。


どちらかというと、兄ね」



そう言ってカシスはシチューを口に運んだ。

俺は「さすがに、そう父親は無理ですね」と言いながら、心の中で『ヤバイおっさんから友達になって、今は兄か』と自分の昇進の進捗を整理した。



「でもまあ、戦争が終わったら、兄としてウチにいるくらいはいいわよ。

弟の監督役も必要だしね」



カシスは俺を見ないでそう言った。


どうやら、彼女の中では、俺は俺が思っているよりもずいぶん、信用されているようだった。

まさかの同居さえ、許可されたらしい。

それを受けて、俺も少し嬉しくなり、顔がにやけた。



「ただウチにいるうちは、少女趣味はやめることね!

変なことしたら、マジに独房入りよ」


「はいはい。分かったよ。

そもそも俺に少女趣味はないんだがな……。

あの時、あんなこと言っちまったのがいけなかったな」



そう話す俺の中にこだまする言葉が、残響として残った。

『戦争が終わったら』


戦争が終わったら、俺は死んだ父親代わりにこいつらの面倒を見て生きていく、

そんな人生も悪くないかもしれない、

と俺は心の中で、思った。




それから、3日後。


次の作戦が実行された。

それは敵国の3両ある列車を爆破するというものだ。

俺は魔弾で1両目と3両目のみ破壊し、列車の効力を無くした。


俺ははるか遠くで燃える列車を眺めつつ、

『あの列車には何人乗っていたんだろうな……』

と虚ろな目でそれを眺めていた。その光景が見えていたのは、隊では俺だけだっただろう。




さらに、次の作戦が実行されたのは、そこからさらに3日後だった。

作戦前のブリーフィングでカーサ陸尉から、報告があった。



「敵にどうやら、こちらの情報を盗んでいるやつがいる。

おそらく精霊魔法で誰かの思考を読んでいるようだ。

こちらの作戦がバレバレのようだ。こないだの列車には誰も載っていなかった。


そこで軍のトップは強行手段に出ることにしたようだ。

今日、イシュウ、お前が撃つのは核熱弾だ。すでに装填済だ。


後はお前が6000m先を狙撃するだけで、敵の前線は5km四方が焼け野原になる」



その作戦内容は、今まで以上の俺の気を重くした。

核熱弾は、今まで俺が撃ってきた弾の比ではなく威力の大きいものだ。

普通なら、スナイパーの弾として撃つものではないが、そんなものさえ撃ててしまう自分を、俺は呪った。


できることなら、今回の作戦も情報が筒抜けであってほしいと、俺は軍人としては失格なことを考えた。



それから1時間後、

俺は核熱弾が込められた銃身を構えていた。



「お前だけの責任じゃない。

心配するな。容赦なく撃て」



カーサ陸尉は俺にそう言ったが、俺は容赦なくその台詞を吐くことができる陸尉を残酷だなと思った。


この弾が炸裂すると、敵国にいる軍人だけではない、関係ない民間人も犠牲になる可能性が高い。

軍のトップはそんなことはお構いなしなのだ

。そしてそれは自分の上司も同じ意識なのだ、と俺は感じた。



「了解しました。

いつでも撃てます」



俺は自分が軍の犬であることを残酷に思った。

そしてそれに慣れ切ってしまっている自分を密かに恨んだ。



「よし、撃て」


陸尉の声が響き、それから5秒後。

幾つもの命を奪う一撃が、俺の人差し指の力みにより、


放たれた。




作戦終了し、1時間後。


いつもより少し落ち込んでいた俺をなだめたのは、公園の主であった。



「あんたは、何したか知らないけど、

どうせ、上の命令に従っただけでしょ?

なんであんたが落ち込むのよ。バッカじゃないの?」



公園にて子供の監視をしていたカシスは、いつもの口調で俺を叱咤した。

俺はその声に返事をした。


「そうは言っても、俺のせいで、敵の関係ない家族が死んだらと思うと、落ち込みもするだろ?」


「でもあんたには、関係ない人でしょ?

あたしだって自分の家族とか、親しい人が死んだら泣くかもしれないけど、関係ない人が死んでも、どうってことないわよ!」



そのめちゃくちゃな理論を聞いた俺は、悩んでいたことが馬鹿らしくなり、思わず笑った。


カシスは俺には、精神的には幼いが、眩い光のように見えた。

俺は暗く、息苦しい海のようなこの世界で、長い間、自分にはない輝く真珠を探していたが、今、それが見つかったような気がした。

その光る石は、自分の肉親でも、恋人でもなかったが、俺の命を懸けるだけの価値があると思えた。



「お前はすごいな。さすが俺の上官だ」


「その通りよ。

部下のメンタルケアもあたしの勤めなんだから、特にあんたみたいなくよくよする中年は落ち込んだら、蹴り飛ばしてあげるから、いつでも言いなさい」



それから俺は「了解しました」と言い、上官をいきなり持ち上げると、肩車した。

カシスは「おお、何よ」と少し驚いたが、俺が肩車しても、特に文句を言わなかった。



「このまま上官殿の家に参りましょうか」



そう言った俺に頭の上から

「暗くなる前に、急ぎなさいよ」

という声が、降り注いだ。




それから、4日後のことだった。


俺達、サイクロピア隊は、他の隊と共に、広い会議ルームへ集められた。


そこで、サイロ司令官から次のような話があった。



「先日、捕虜にした敵が漏らした情報だ。

敵は夕方、戦力のほぼ全てを動員して塔へ侵攻してくる。

殲滅戦だ。


つまり、次の戦闘が決定打になる。

そこで、こちらでも、先日と同じ、核熱弾を使う。

敵の戦力をそれで、根こそぎ、薙ぎ払う。


敵は非道な作戦を練っているという情報もあった。

子供兵を囮として使うらしい。

そんな奴らにこの国を渡すわけにはいかない!


いいな、次で終わりにする。

皆の力を貸してくれ、以上だ!」



それで、話は終わった。

それを聞き、皆、鬨の声を上げたが、俺一人だけが逆の心境だった。



(皆の力を貸せと言ったが、結局、俺頼りじゃないか……

敵を殺すのも、俺だけだ……)



やる気に奮起する多くの隊員と息を合わせるのが嫌で、それからすぐに、俺は会議ルームを出た。

久々に、友達のウイスキーに会いたくなった。

だが、最近俺はそれを連れて歩いていなかったため、その懐かしの友達には会えず仕舞のまま、夕方を迎えた。




青い風が吹く中、国を囲う壁に迫るように、敵の魔戦車隊が、そして、それに後続するようにヘリも向かってきているのが、見えた。

戦車とヘリの数は、合わせると、120を超えていた。



そんな中、俺達サイクロピア隊、もとい俺は、すでに塔の最上部に陣取り、ライフルを撃つ用意を済ませていた。

すでに、ライフルには核熱弾が込められている。

俺はライフルのチェックを済ませていると、カーサ陸尉が後ろから小声で言った。



「司令官は挨拶で、子供兵のことを言ったが、

人というのは恐ろしいな。

同じことを考えるとは、俺は人という存在を怖く思えるよ」


「陸尉、それはどういう……?」


「すまん、気にするなイシュウ。

お前はいつも通り、仕事をしてくれればいい。


今日で終わりだ。

お前にも、もう辛い思いをさせることはない」



俺の疑問をよそに、陸尉はそう俺のメンタルケアを行ったが、その陸尉の言葉に俺は疑問を感じた。


『果たしてこれで、俺は終わるのか?』


俺が生きているだけで、また、別の国がここを攻めてくるかもしれない。

そうなると、俺はまた、この塔に登ることになる。

結局、終わりはないのではないか?


しかし、俺の疑問に対する思考は作戦の開始と共に、停止せざるを得なかった。



「時間だ。

イシュウ、スタンバイしろ」



カーサ陸尉の声と共に、俺はいつもの虚ろな瞳に戻った。


『今回で、終わりだ』


そう自分に信じ込ませると、俺は目を閉じた。

瞼の裏には、少女の姿が映った。


もうすぐ、戦争は終わる。

そうなったら、あいつらと―。



次に俺が目を開けた時、

俺が見ていたものは、スコープ越しに見える、遥かかなたにいる敵だった。




「魔戦車の中央を射抜け。

距離は5500だ。いけるか?」



上から降り注ぐ、カーサ陸尉の声に俺の声が続く。



「いけます。

あと、30で射程内」



俺はスコープに見えるものに、つい、言葉を言い淀んでしまった。

俺の目は見たくないものを捉えたからだ。


それは敵の子供兵だった。

魔戦車の前に躍り出るように、まるで無防備に走ってこちらに向かってくる子供兵は1人や2人ではなかった。



『やめろ。考えるな。

ただ、撃つんだ。

それで、終わる……』



俺は自分に言い聞かせ、トリガーに指をかけた。

すでに、敵は射程内に入っていた。



「―射程内、入りました。

撃ちますか?」



俺の声に、機械的なカーサ陸尉の声が続く。

それはまるで、ロボットのような感情の籠っていない声だった。



「よし、いいぞ。

撃て」


「はい」



陸尉に応えるように、俺はスコープで敵の魔戦車を狙い、できるだけ子供兵を見ないように、照準を絞った。

右手の人差し指に力を込める。




「核熱弾。

ファイー」




俺の声はそこで止まった。



止まったのは、声だけではなかった。

息を吸うのも、止まった。


そして、音も、止む。




スコープ越しに俺の大きく見開いた目が捉えていたのは、

子供兵でったが、それは『敵の兵ではなかった』。




敵の魔戦車を、最前線の塹壕で迎え撃とうとする、

『こちらの』子供兵の姿でありー


その中でも俺の目が疑いようもなく、見つめていたのは、


栗色の癖毛で、

そばかすの顔に、

だぼだぼの軍服を着ている―




カシスの姿であった。





カシスは、隣で泣き叫ぶ子供兵を叱咤しながら、塹壕の中で銃に弾を込めていた。



全てが止まった俺の中で唯一音を出していたのは

俺の荒い呼吸音だけだった。






という声だけが俺の中に響いた。



目の閉じ方を忘れたように、俺はスコープ越しに、カシスを見ていた。


同時に、

俺の右手は止まることを忘れたように、震えることを止めなかった。




3秒後に、遠くから耳鳴りがやってきて、

そして、その耳鳴りは、カーサ陸尉の怒声だということに気付くまでに、

さらに、2秒かかった。



「シュウ……


イシュウ。


イシュウ!何をしている!


撃て!

早く、撃つんだ!


敵が迫っているんだ!!」



その言葉を俺が理解するまでには、さらに1秒必要であった。

しかし、右手の、右指の震えは止むことを知らなかった。




「……


……


……ません」




俺が絞り出した声は、あまりに小さく、カーサ陸尉どころか、自分さえ聞き取れないものだった。

その通り、陸尉は俺が何を言ったのかが分からなかったのだろう、彼の口からはさらに大きい怒声が響いた。



「何!??」



俺は先ほどよりは大きめの声を絞りだした。

その声は、聴き耳を立てていた皆が、ようやく聞き取れたものだった。




「撃て、ません」




俺の言った言葉を理解した陸尉は、

銃を構えていた俺の襟首をがばっと掴むと、俺の顔を自分の間近へ持っていき、鼓膜が破れそうなほど大きな声で叫んだ。



「お前が!今、撃たないと、この国は終わりだ!

お前も、俺も死ぬんだ!


死にたくなければ、

撃てぇ!!」



襟首を掴まれた俺は一瞬、顔を沈めて、

目を閉じていた。


そして、あの、少女の姿を脳裏に浮かべていた。


栗色の髪で、そばかすだらけの顔の、

眩しい、

真珠のようなあの宝石をー



再び、俺が顔を上げ、カーサ陸尉を見上げた時、

俺の視界は揺れており、尚も震える右手は、カーサ陸尉の力の籠った左腕を弱弱しく掴んでいた。



「すいません、俺は……」



その後、俺が浮かべた表情を見て、カーサ陸尉は恐怖と、絶望で愕然とした。

俺は、泣きながら、笑っていた。


それは、敵兵の最前線で、死を覚悟した人間のそれととてもよく似ていた、だろう。




「撃ちたく、ないんです」




俺が陸尉にそう答えた―


次の瞬間。



俺と

陸尉、

そして隊員はみな、


白い爆炎に包まれていた。




塔の外にいた兵士からは、塔へ無数の魔法のミサイルが尚も飛んでいくのが見えていた。

そして、それは砕けた塔の最上部をさらに破砕し、

後には灰色の煙だけを残した。




数秒の後、敵国のヘリがアナウンスを告げた。

それはマルニーチク国全ての人が聞こえるほど、大きい波紋となって、広がった。




『我々は、たった今、戦う理由を失った。

敵国へ告げる、君らは皆、捕虜となる。

我々は、君らに平和と幸福を約束する。


繰り返す、我々は君らに幸福を提供する』




そのアナウンスが流れると、敵国そして、マルニーチク国の兵士、そして国民皆の声がわああ、と響き渡った。

それは笑顔と共に沸いたものだった。

皆が、灰色の煙を上げる塔を見上げて、笑っていた。


次の瞬間には、敵国の中年兵士は、マルニーチク国の子供兵を抱え、共に声を高く上げ、笑顔を浮かべていた。

その中に、カシスもいた。


カシスは、敵の大人兵士に肩車され、その上で、あははと笑っていた。

カシスは、灰色の煙を上げる塔へ手を振って、言った。




「おじちゃん、あれ見てるー?

戦争、終わったよー!!」



塔から上がる灰色の煙は、まるで後ろ髪を引かれるように一瞬、空へ上がるのをためらったように見えた。

しかし、次の瞬間には、風の力に逆らえず、そのまま、ゆらゆらと、

ヴァルハラへと登っていった。



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