第三章「禍機」 第02話

「そう言われると、当家としても耳が痛いです」

「いや、ハーバス家は仕方ないんじゃないかな? 中央貴族の支援が少なすぎるもの」

 国の中心――即ち、王都周辺が安全なのは、当家のような辺境伯やそれに隣接する領地が血を流して土地を守っているから。だが、それに対する国の支援は驚くほど少ない。

 私も領地開発に手を付けるにあたって調べてみたのだけど、軍事的支援は皆無、金銭的支援もわずかで、正直、辺境伯という高い爵位を与えることで、誤魔化ごまかしている気がしてならない。

 その爵位すら、王都では『田舎者』と蔑まれることがあるのだから……。

 実際、他の辺境伯領の中には状況の悪い所もあるし、シンクハルト家だって堅牢な砦や壁を造ってくれたご先祖様がいなければ、今のような表面上の平和すらなかっただろう。

「一応、貴族の義務が、負担を分担する仕組みとなっていますが……」

「あまり役に立たないみたいだねぇ。軍務に就く方としては大変なんだろうけど」

 先日、改めてお父様に聞いてみたのだけど、人数が少なすぎて戦力にならないらしい。

 現在のシンクハルト家で受け入れているのも片手に満たないし、貴族であっても飛び抜けて強い人など滅多におらず、良くて当家の騎士団の平団員と同程度でしかない。

 しかも、鍛えたところで数年でいなくなるのだから非効率。そんな背景もあって、派遣先によっては『失われても惜しくない戦力』として使い潰されることもあるそうだ。

 正直私は、貴族の義務を金銭で代替することには批判的だけど、『魔物の脅威を忘れないように』という理念を無視すれば、却ってそちらの方がありがたいというのが現実である。

「それを考えれば、ハーバス子爵は頑張ってると思うよ? ここの図書迷宮ライブラリはお金さえ払えば普通に入れるし、法外な料金ってわけでもない。問題のない範囲じゃないかな?」

 基本的な料金は、平民もそこまで無理をせずに払える程度の額。

 対して貴族の料金は高いけれど、貸し切りにすることを考えれば、それも当然。《火弾》の有用性を鑑みれば政治的武器にもなるのに、それをしないのだから善良な運営をしている言える。

「そう言って頂けると、心が軽くなります」

「そもそも神殿からして、一部の図書迷宮ライブラリを占有して利用制限をしてるんだから」

「あれは問題ですよね。ミカゲさん、神様はお怒りではないのでしょうか?」

「我の口からは何も言えない。けど、普通に考えれば判る」

 ミカゲは断言こそしないものの、その顔は明らかな仏頂面。

 大昔、神様は人を憐れんで魔法を授けてくれたと聞くけれど、今度滅びかけたとしても、手助けは期待できないかも――というか、既に手は差し伸べられたのだから、あとは人の問題。

「『天は自ら助くる者を助く』なんて言葉もあるけれど、現状は……はぁ」

 私が神様なら、絶対に助けない。

 それでいて、魔物の脅威は近年、むしろ高まっているだろう。

 そんな状況にありながら、人々は神様に対する感謝を忘れつつある。

 あまり良くない情勢を思い、ため息と共に考え込む私に、アーシェが耳打ちをする。

「お嬢様、とても高尚な思考に耽っておられるようですが、今優先すべきは壊された祭壇かと」

「……そうだね。後悔しないだけの努力はしないとね」

 愚か者の巻き添えで死ぬなんてことは、絶対に嫌。

 せめて身近な人だけでも守れるように、できる限りの努力はしたい。

「とはいえ、直す方法かぁ。図書迷宮ライブラリの情報は頑張って集めたけど……」

 情報収集は何年も前から続けているが、集まった情報は少なく、その中に図書迷宮ライブラリが破損した場合の対処方法はなかった。今更多少力を入れたところで、新たな情報があるとは――

「それなのですが、お嬢様。以前から探していた〝図書迷宮ライブラリの研究〟という本なのですが、本自体はまだ入手できていませんが、著者の所在は判明したと連絡がありました」

「え、本当に? よく見つけられたね? というか、存命なの?」

「はい。本の方を頑張って探していたのですが、探すターゲットを著者に変えたところ、思ったよりもあっさりと。それなりに有名な方だったようです」

 それは盲点。私の常識では、本を手に入れるために著者の所在を探すなんてマナー違反――というか、一歩間違えば犯罪だけど、ここだとそれもありなんだ?

「シンクハルト家が探して手に入らないなんて……それほどの稀覯本なんですか?」

 私たちの話を聞き、意外そうに小首を傾げたジゼルにアーシェが苦笑する。

「はい、ある意味では。あまりにも売れなくて、ほとんど写本されていないようです」

 売れそうな本は出版時に写本を作って本屋に並べるそうだけど、そうでなければ受注生産。

 発注が入らなければ写本されないし、知名度がなければ発注もされない。

 また、大手出版社みたいなものがあるわけでもないので、本の存在を知って発注したいと思っても、出版から年数が経つと、どこに頼めば良いのかも判らなくなる。結果として出版時に売れなかった本は古本としても出回らず、手に入りづらい稀覯本となってしまうのだ。

 そして、私たちが探していたのは〝図書迷宮ライブラリの研究〟というタイトルの本。

 とても解りやすいけれど、図書迷宮ライブラリに興味がなければ絶対に手に取らない本である。

「みんな、図書迷宮ライブラリに無関心だよね。それとも、当たり前すぎて逆に気にならないのかな?」

「どちらかといえば後者かと。例えば、物が落ちることについて、風が吹くことについて、雨が降ることについて、詳しく調べようと思いますか? 大金を使ってまで」

「そう言われると……納得できるかも?」

 その一つを詳しく調べたニュートンという実例は知っている。

 しかし彼は歴史に名を残す偉人だったし、一般人の私なんて、彼の著した『プリンキピア』を読むことすらしなかった――その気になれば、簡単に買えるにも拘わらず。

 対してここでは、本なんて庶民が手を出せるような物じゃないわけで。

「売れないのも必然かぁ。でも、著者が見つかったのは朗報だね。会いに行きましょう」

 本を買うだけなら誰かに頼んでも良いんだけど、今の私には時間がある。

 著者と直接会えれば事情を説明して、本に書かれていないような情報も貰えるかもしれないし、あわよくば、図書迷宮ライブラリの研究者として招聘できるかも――いや、さすがに難しいか。

 残念ながらシンクハルト領は、喜んで移住したいと思えるほど魅力的な土地じゃないし。

「これは当家の問題、できれば私も同行したいのですが……」

「ジゼルには他のアプローチをお願いしたいかな? 著者が情報を持っているとは限らないし」

 彼女と一緒に行動するなら護衛を増やす必要があり、今ほど身軽には動けない。

 そのことを理解してか、ジゼルは暫し沈黙して頷く。

「……そうですね、解りました。旅に必要な物があれば仰ってください。ご用意しますので」

「うん、ありがとう。できるだけ、急いで行ってくるね」

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