「恋愛ごっこ」してみないか？―恋愛のしかたを教えてあげる！

第10話 『恋愛ごっこ』を終わりにしたいのですが！

土曜日、沙知と荒木君とのデートの日だ。僕はそのことで頭が一杯になって、落ち着かない一日を過ごした。夜になっても沙知から何の連絡もなかった。

こちらからどうだったと電話を入れる訳にもいかない。ありえないとは思うが、今、ホテルの一室で二人は一緒にいるかもしれない。

そう思うと居ても立ってもいられない。なぜだ、僕は沙知に恋をしている？ そうに違いない。以前もこういう気持ちになったことがあったから分かる。

日曜日も朝から何の連絡もない。夜９時過ぎになって、沙知から電話が入った。

「どうなった？ 心配していたよ」

「夜遅く申し訳ありません。明日の月曜日、仕事が終わってから、ご相談したいことがあります。どこか静かなところで話を聞いて下さい。お願いします」

「分かった。話を聞こう。それなら新橋駅近くに『四季』という和食店があるので予約しておこう。個室ではないけど、囲いがあって人眼が気にならないから。7時にそこで。場所が分からなかったら電話を入れて」

「分かりました。７時に『四季』ですね。お願いします」

何の相談だろう。簡単なことなら電話でも良いはずだ。悪い予感がする。荒木君と交際したいという話に違いない。

それでいいのか？ あの綺麗で可愛い沙知を手放して良いのか？ 自問してみる。答えは明らかだった。

◆ ◆　◆

月曜日は仕事が手に付かなかった。すごく時間が進むのが遅く感じられた。11時になったので予約の電話を入れておいた。席は確保できた。もうあれこれ考えていてもしかたがない。なるようにしかならない。後悔しないようにやるだけのことはやってみよう。

６時半になったので、会社を出た。会社は虎ノ門にある。新橋の店まで歩いてせいぜい15分くらいだ。僕は後ろに沙知が歩いていることに気づかなかった。

店に着いた。沙知はまだ来てはいなかった。僕に続いてすぐに沙知が店に入ってきたので、僕のすぐ後ろを歩いていたようだった。それなら店はすぐに分かる。いつもなら先輩と声をかけてくるはずだが、そうはしなかった。心配だ。

店員さんに案内されて席に着いた。掘りごたつの席で通路側だけが開いていて、前後は高い間仕切りがしてあって、声が漏れないようになっている。

飲みものは何でもいいというので、サワーを二つとつまみになるような料理を３品ほど頼んだ。その間、沙知は黙っている。

サワーが運ばれてきた。とりあえず乾杯したが、お互いに無言だ。沙知が緊張しているのが分かった。

「相談って何？」

少し間をおいて沙知が僕の顔を見ながらゆっくりと言った。

「もう『恋愛ごっこ』を終わりにしたいのですが？」

やはり、そうだったのか。そう言われると思って答を準備してきた。

「じゃあ『恋愛ごっこ』は終わりにして、僕と本当の恋愛をしてくれないか？」

言ってしまった。これが僕の素直な結論だった。それにこれを沙知が終わりにしたい理由を言う前に言っておきたかった。先手必勝だ。これも考えて考え抜いてきたことだった。すべて予定どおりに言うことができた。

それを聞いて沙知は驚いた様子を見せて僕の顔をじっと見た。そして例えようのない嬉しそうな笑みを浮かべて言った。

「はい、喜んでお受けします」

「そうか、ありがとう。自分に素直になってよかった」

「本当は私も先輩と本当の恋愛をしたいと言おうと思っていたんです。それで今までずっと悩んでいました。断られたらどうしようと思って。もう安心しました」

「良かった。荒木君と交際したいから『恋愛ごっこ』を終わりにしたいというのではないかと心配していたんだ」

「実は荒木さんとは一度は電話でデートのお約束したんですが、前日になって思っている人がいるのでデートをお受けできませんとお断りの電話を入れました。そして土曜日と日曜日に先輩にどう言おうかと考えていました」

「二人の思いは同じだったということか？」

「そうみたいです」

「これからはちゃんと付き合おう」

「これまではちゃんと付き合っていなかったのですか？」

「いや、『ごっこ』だから制約があるだろう」

「どんな制約ですか？」

「どんなって、キスするとか、抱き締めるとかは『ごっこ』には入っていないから」

「そうだったのですか？ これからは制約なしでお願いします」

「分かった」

「それから、私のこと上野さんじゃなくて、沙知と名前で呼んでくれませんか？ でもさっちゃんは止めてください。童謡にありますが、いやなんです」

「呼び捨てはどうかと思うので、沙知さんでどうかな？ 僕のことも先輩と言わずに勉さんとか呼んでくれないか？ 僕も童謡にあるような勉君はやめてほしい」

「分かりました。じゃあ、会社では今までどおりで、休日は名前でということにしましょう。これで恋人同士のようになれますね」

「ああ、そうしよう」

それからはすっかりいつものように楽しい会話が続いた。夕食になるものも頼んで食べた。それから気になって聞いてみたいことを思い出した。今なら聞いてもいいだろう。

「ところであの貸してあげたDVD見た？」

沙知の顔がみるみる赤くなった。見たんだ。やはりまずいことを聞いたかな、止めておけば良かった。『セクハラ』だ。

「ええ、見ています。勉強になります。もう少し貸しておいて下さい」

「あげるよ、ゆっくり見たらいい」

「先輩、いえ勉さん、聞いていいですか？ カバーだけを見ても、いろいろ変わったタイプのものがあるようですが、ああいう趣味があるのですか？」

それは『逆セクハラ』だ。はっきりとは聞いてはいけないこともあるだろう。

「いや、そういう訳でもない。いろいろなものが見たかっただけだから」

そういえば、いろんなものが混ざっていたと思う。興味本位で買ったからしかたがない。全部貸すのはまずかった。差しさわりのないものだけ貸すのだった。

「顔が赤くなっていますよ」

「沙知さんも」

「僕が悪かった。もうこの話はやめよう。もともとああいうものはこっそり一人で見るものだから」

「そうしましょう」

「今日はまだ月曜日だからそろそろ帰ろうか？ 今日の勘定は僕に払わせてほしい。僕の方から沙知さんに気持ちを伝えたかったのだから」

「いえ、私が相談を持ち掛けたので、私に払わせて下さい」

「じゃあ、お互いに気の済むように割り勘にしようか？」

「そうしてください。これからも」

「分かった。そうしよう」

二人は店を出て、地下鉄の駅へ向かう。沙知が身体を寄せてくるので、肩を抱いて歩いた。もう『恋愛ごっこ』は終わった。制約もなしだ。会社の誰かに見られるかもしれないが、もうかまわない。その方が好都合だ。