"無名"冒険者は王女と共に旅に駆り出されるようです
トカゲス
第一話 依頼__旅立ち前夜①
『その通りだ、君の答えはきっと旅の__冒険の果てにあるはずだよ』
その男はなんども聞いた言葉を反芻すると同時に目が覚める。その言葉は自分の心をつなぎとめる楔、昔の記憶の断片。
ずっと彼は過去に囚われ、苛まれている。しかし、それでも彼は前を眺望し続ける。
「まだ見つかんねえなあ、それ」
軽口は逃避の証。そんな調子でぼやきながら、着替えてテントを後にする。よれたスーツは彼のしわくちゃな心だ。
そして、まだ寒気の残る丘を登ると、朝霧に霞んでいる外壁を臨む。あの内側にある国が次の依頼の待ち合わせ場所だ。
彼の名はラヴ。フリーランスの冒険者だ。過去との決別のため、こうして時折仕事を挟んでは路銀を稼ぎ、世界中を冒険しているのだった。
♦♢♦
「それで、わざわざ俺を呼び出したのはアンタ?というか、何?その格好は」
無言で対面に座す依頼人はあからさまに異様だった。子どもであることは確かだが、逆にそれ以外は詳細不明。
それに常にキョロキョロとして、警戒しているようだ。まるで忍び出してきた囚人のようだ。
「諸事情よ。でも、マナー違反よね。だから身元だけは明かすけど......とりあえず驚かないでよ?」
「はぁ?まぁ、なんでもどうぞ」
そんな要領を得ない言葉の主は若い、少女の声であった。そしてボロの布切れからでた手は陶器のように白く美しいものであった。囚人はおろか一般的な人々とは一線を画していた。
そして、その手が頭のあたりの布を少しずらすと、その隠れた表情が露わになる。
「あ?王女__」
「しっ!迂闊な発言控えて!バレちゃうでしょ......」
みすぼらしい布切れに包まれた少女の正体は、この国__通称冒険者たちの国、シュタルト王国の第三王女・リリーであった。
彼女はまた深く布を被って周囲を警戒すると、声を潜めて話を続けるのだった。
「とにかく、見ての通りお忍びもお忍び。バレたらヤバいの。そんな冒険をしてまでも頼みたい依頼よ」
「随分と冒険したとこ悪いけど、俺はもうそういうのにはな__」
「分かってる。貴方の過去も全部調べたわ。でも依頼の内容と報酬は話させて」
「俺の過去を......分かった、とりあえず聞くよ」
やや強引ながらも何処か逆らえないその調子に不服ながらもラヴは従った。
「ありがと。で、依頼は『王位継承戦に私と参加する』ことよ」
「......は?」
意味不明だった。囁くように話されたのは、天の果てまで吹き飛ぶようなド級の内容の依頼だった。
ラヴも平静を装おうと試みていたが、それでも顔はかなり引きつっていただろう。一方のリリーも呆れたような顔でため息をついている。きっと、こんなおかしな依頼というのは彼女自身もよく理解しているのだろう。
「そうよね。意味不明よね......分かってる。でも、泣き言は無しで。順を追って話すわね?」
しかしなお、どこまでも彼女の真っ直ぐな瞳がラヴを映す。その意志に応えるようにラヴは無言でそれを見つめ返す。
「良いってことね。私の父__つまり現国王は、まだ表にはなってないけれど、危険な状態よ。だから、その後継者を決めることになったの。それで」
「それで、王位継承戦と?まあ分かるが、何で俺みたいな冒険者が必要なんだ?因果関係が分からない」
「ええ、でしょうね。父が言った王位継承戦とは、冒険よ」
「冒険?」
「冒険して、伝説にある10の秘宝を持って帰る事。これが次の頂点に相応しい条件としたの、だからよ」
「なるほど、確かに冒険者の国らしい課題だ。ちょっと手荒というか、可愛い子に旅をさせすぎな気もするが......。だが、それでも分からんな。王家には実力ある使用人がいるだろう。俺らのような冒険者を、しかも俺みたいなフリーを雇う意義はないだろう?」
ラヴのその言葉の直後、リリーは一息ついて気を張り直してまた言葉を紡ぐ。
「私の立場は第三王女。正直、この世界の常識的に女性の時点で王位の継承はあり得ない。他の兄たちに比べて、私の優先度はかなり低い。だから私の腹心を除いて現状王家には私に協力できる使用人は居ないわ」
「世知辛いねえ、王家も」
「そ、辛いから助けてくれない?」
「それはもう少し話が進んでから」
「そうね。さて、次は報酬の話だけど......」
その一言と共に彼女が懐からちらりと見せたのは古めかしい魔導書。一見すればただのほこりを被った骨董品。
だがラヴはそんな古物に心臓を掴まれる。彼の顔には驚きと困惑とほんの少しの期待が混ざったような奇妙な表情が浮かび上がった。
「まさか、それは......」
「『王家の魔導書』よ。王位継承候補者たちに渡された生前贈与って所ね。三冊集めれば、この中に記された数々の伝説級の魔法を扱える。これで『過去を変える魔法』を使う権利を貴方に譲渡する。これが私の出せる最大限の報酬」
「『過去を変える魔法』だと?あれは伝説だ、実際には存在しないはず......」
「そういうことにはなってるわね。でも、忘れてない?ここは古今東西あらゆる冒険者が集ってきた国よ?伝説程度の1つや2つ、無いほうがおかしいと思わないかしら?」
リリーは可愛らしくにこりと笑う。しかし、その裏にある確かな狂気は隠しきれずに__いや、あえて隠さずにいたのかもしれない。
第三王女・リリー、『白百合』とも称される王国随一の可憐なる少女。実際、彼女もその評価に恥じぬよう、努力を重ねてきた。
だが、ラヴは今分かった。彼女が高嶺の花なんて言うのは偽りの仮面に他ならない。その下にある彼女の本質は、どうしようもないほどの嵐のような強かさ。手段は選ばぬ豪胆さにあった。
ラヴはふと自分の頬に触れた。僅かに口角は上がっていた。
ふと目を下ろす。この席についてから一口もつけていないコップの水面は鏡のようで、その鏡面に浮かび上がっている自分自身の顔もまた狂気をはらんだ笑顔だった。
ラヴは確信していた。リリーの言っていることは間違いなく本当だと。そして、彼の心は大きく傾いていた。
「......は、ははは!マジなのか?それ」
「大マジよ。で、どうかしら?この依頼、受けてくれるかしら?」
リリーはそう言って手を差し出す。この手を握れば契約成立ということとなる。
その手をまじまじと見て、ラヴは逡巡する。だが、その瞬間に彼の脳裏に言葉が浮かび上がってくる。
『怖がらないで。ずっと君の側にいるさ、進んでよラヴ』
「......。そうだな、乗った。やろうじゃないか、その依頼」
そしてラヴはリリーと握手を交わした。握って初めて分かった、もう汗でびしょびしょであった。
このリリーは、小さな少女はそれなりの覚悟を持って、それこそ禁忌ギリギリの「お忍び」という行為をしてまでも、この状況を作りたかったのだ。
だが、そんな張り詰めたはずの緊張であったはずなのに、今度はコロッと明るい声色に変えて、リリーは言い放った。
「それでは、早速で悪いけれど。まずはテストさせてちょうだい。ハル!!」
その言葉の直後に酒場の扉が蹴破られ、1人の女性が突入してくる。
長身で長髪のメイド。しかしひどく不機嫌そうな仏頂面の美人が眉一つすら動かさずにラヴの下へと飛び込んでくる。
「うぉ!?」
「突然なことで大変失礼いたしますが......お手合わせ願います」
「あっぶねぇ......!お、お前も性悪だな!?」
「フフッ......でしょ?さ、私の側近のハル相手に何処までやってくれるのかしら?」
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