俺たちは、異世界に転生する。転移かもしれない。いずれするからには、備えなければならない。
呉万層
第1話 異世界に送られる可能性も、チートももらえない可能性は、充分ある。
早朝のボクシングジムで、男がサンドバックに、コブシを突き出している。
手にグローブは、はめずバンテージだけだ。
「シュッ、シュッ」
鋭い息吹と共に、ジャブ、ストレート、フック、アッパーを、華麗なステップと共に、繰り出していく。
男の打撃によって生じるサンドバックの音と揺れは、中肉中背の体格からもたらされたとは思えぬほどの威力を示していた。
サンドバッグを叩き、トレーナーのミットに打ち込み、シャドーと縄跳びをこなし、クールダウン後のストレッチとシャワーを経て、男は休憩に入る。
エネルギー補給として、無調整豆乳と干し芋を摂取する男に、中年のトレーナーが声をかける。
「なあ、外山クン。真面目にプロ目指さない? キミならいい線行くと思うけどな」
「遠慮するよ。色々と、やらなきゃならないこともあるしね」
男・外山浩二が、外見と同等以上にさわやかな声で、返事をした。
「色々って、格闘技関係だよね。レスリングと……なんだっけ?」
複数の格闘技を習っていると、外山から何度か言いているはずだが、トレーナーは、覚えていなかった。
「グレコローマン・レスリング、剣術、弓術、棒術、手裏剣術、色々さ」
「声優だよね? 武士とか騎士とかじゃなくて。ああ、演技の幅を広げようってことか」
「それだけじゃないよ」
「じゃあ、なんで、そんなに沢山、格闘技とかを習うんだい?」
「備えているんだ」
「護身術かな? 声優って人気商売だから、変なファンとか多いんだろうな。ストーカー対策か」
頷くトレーナーを、浩二は否定する。
「もっと、恐ろしいもモノに備えている」
「もっと、恐ろしいモノ?」
「異世界召喚ですよ」
「イセカイ?」
首をかしげるトレーナーに、浩二は微笑する。
「日本人なら、誰もが経験するアクシデントです。じゃあ、これから仕事なんで」
「ああ、お疲れさん」
異世界召喚を恐れる青年・外山浩二は、こうしてボクシングジムをあとにした。
顔は、戦場に向かう武士のように、真剣だった。
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