店の偵察

 ひとまず私は偵察も兼ねて、立川さんとの夕食で、その店を目指すこととなった。立川さんには事情を説明できないとはいえど、私の指定した店のある通りは、普段から食べ歩きが趣味の立川さん的には大当たりだったらしく、「いいよ」とあっさりと言ってくれた。

 通りを歩いていたら、大行列が出ているのに気付いた。


「なんかすごい並んでますね?」

「若い女の子が多いね。この辺り新しく店はなかったと思うんだけど」


 私たちが首を傾げていたら、店員さんが「それでは、お名前と何人で来られたかをこちらに……」とタッチパネルとタブレットペンを差し出して記入してもらっているのが目に入った。どうも若い子に人気の店らしい。

 立川さんは帰ろうとする店員さんに「すみません、これなんの列ですか?」と尋ねると、店員さんは教えてくれた。


「はい、洋食店コットンです。お名前ご記入されますか?」

「いえ。今日は遠慮しておきます」


 店員さんが店に戻っていくのを見ながら「うーん」と私は唸る。


「洋食店であんなに若い子たち来ますかね? 若い子たちって、割とシェアしやすいイタリアンとか中華とかのイメージだったんですけど」

「いやあ……最近の若い子は、ひとりで食べるのも好きだから、その辺りは人に寄るんじゃないかなあ」


 まあ、私にしろ立川さんにしろ、ひとりで食べ歩きするのに抵抗ないし、なんだったら魔法少女姿で食べ歩きにすら行ってるけど。

 そして辿り着いた先。


「いらっしゃいませ」


 そう言いながら声をかけてくれたのは、私のブログにコメントを書いてくれたらしい店主さんだった。白いコックコートにコック帽。有名老舗洋食店で修行していたらしい店主さんの店は、洋食店の雰囲気を壊さないよう、調度品からカウンターまでしっかりとこだわりを感じられた。

 私たちが通された席のソファ。そこは沈み過ぎず固過ぎずの、かなりいい具合の弾力だし、テーブルから窓縁まで、本当にしっかりと掃除が行き届いているのがわかる。

 でも。こんなに雰囲気のいい店なのに、お客さんが私たち以外ひとりもいない。

 どう考えても、さっきの店に吸収されたとしか思えない。


「いらっしゃいませ。それではメニューはこちらをどうぞ」

「ありがとうございます」


 値段はそこそこするけれど、高過ぎる訳でもない。

 メニューも洋食店定番のものがゴロゴロ転がっている。


「俺はビーフシチューセットにしようかと思うけど。一ノ瀬さんはどうする?」

「ええっと……そうですね。ならハンバーグセットを。すみませーん!」

「はい」


 店主さんはにこやかに対応してくれ、私たちの注文の品を出してくれた。

 匂いをヒクリと嗅ぐものの、普通においしそうな匂いだ。ハンバーグセットにはグリーンサラダにレモンドレッシングがかかっている。そしてミネストローネもカップに添えられている。

 ビーフシチューセットには、私と同じグリーンサラダ。

 ひと口ミネストローネを飲むと、ほっとするような落ち着いた味がした。ハンバーグは繋ぎや香味野菜を使っておらず、粘りが出るまでひたすら捏ねたんだろう。肉の旨味がぎゅっと閉じ込められているし、備え付けの野菜はわざわざキャラメリゼされている丁寧具合。サラダがレモンドレッシングなのも、濃いめの味付けのメインに合わせて口直しのためだろう。食べると口の中がさっぱりする。


「無茶苦茶、おいしいです……」


 私がそう言うと、立川さんも頷く。


「うん、本当。ものすごくおいしい。最近食べた洋食の中でもひとつ抜けてる」

「でも……どうしてここお客さん入らないんでしょう? 普通、あれだけ並んでいたら諦めてやってきたお客さんがここまで流れ込んできますよね?」


 私はできる限り店長さんに聞こえないよう、ボソボソと立川さんに尋ねる。立川さんは腕を組んだ。そしてビーフシチューをもうひと口すくって飲み込んだ。


「多分だけれど、適切な宣伝ができてない。ターゲットが俺たちだったら来てたと思うけれど」

「……さっき通った店、ものすっごく繁盛していた上に、同じ洋食店で、並んでましたよね?」

「さっきちらっとあの店の店員さんが持ってたメニュー見たけど、ここより値段が安い」

「ああ」


 安いチェーン店は、値段を抑えている。味がよくて値段が手頃なら、まだお金を本格的に稼いでない子たちはそっちに行く。

 立川さんは続けた。


「同じ料理で、値段が安かったら、多分そっちにお客さんは流れる」

「そんな……」

「でも逆に値段を抑えてるってことは、別の部分で金を使ってないのは事実だ。たとえばチェーン店では飲み物が全部セルフサービスだったり、食器を全部食洗機で洗えて壊れないよう全部強化プラスティックに変更して値段を抑えたりしている。これで、そういうのにこだありがない客層はチェーン店に行くけれど、世の中はそういう人ばかりじゃないから」

「……私たちみたいな客っていうのは」

「調度品や食器の重みも料理のうちって考える客層だな。そっちに訴えないと駄目だけれど。多分チェーン店で店をつくった人間はそれも折り込み済みなんじゃないかな。多分頭がいいマーケッターがいるんだろうなあ」


 立川さんのまとめの言葉に、私は考え込んでしまった。


****


 その日、私は魔法少女として闇妖精と戦っていた。

 助けを求められたのに、未だにまともな回答が出せずにいる。

 今日の闇妖精は、地元で戦った怪獣みたいな大きさじゃなくって本当によかった。熊くらいの大きさなのは怖いけれど、うちには私とテンカさんくらいしか魔法少女がいないから。


「ほら、そっち行った!」

「は、はい! カレイドオーラウィンド!!」


 ぶわりとつむじ風を起こして、闇妖精を拘束する。その間にテンカさんが走って行き、カレイドタクトを突きつけて闇オーラを吸引していく。

 みるみる小さくなり、あっという間に猫に戻ったそれは、「ミャッ!」と鳴くと立ち去ってしまった。


「ふう、お疲れお疲れ」

「はい。お疲れ様です!」

「でもどうしたんだい、今日はずいぶんと悩んでたじゃねえか。彼氏さんと喧嘩でもしたかい?」

「し、してませんよ! 順調です! 今連休前進行のせいですこぶる忙しいので、夕食食べるくらいしかなんにもできてないですけど!」

「そりゃめでたいねえ。しかしじゃあなんだい、物思いに耽ってたのは」

「ああ、はい……」


 そうだ。元々あちこちの閉店した店の事業引き継いで仕事しているのがテンカさんだった。テンカさんだったら、この場合どうするんだろう。

 私はブログにやってきた相談と、見学に行ってきた店、近場のチェーン店との差別化についてざっとしゃべった。

 それにテンカさんは顎を撫ではじめた。


「ふーむ。多分これ、そこそこの富裕層に宣伝をかけないと駄目だけど、その対処法がないと」

「ああ、はい……私たちみたいな食べ歩き好きな人間だったらともかく。私がリリパスに許可をもらってはじめたブログも、人が来たり来なかったりで、あんまり参考にならないといいますか」

「この手の店は、いきなりドンッと来るよりも、毎日ひと組ふた組でもいいからリピーターが来てくれたほうがいいタイプの店だからねえ」

「はい……値段が大学生にはちょっと高めなせいか、近くのチェーン店に並んでいる子たちが待ちくたびれて流れてくることもありませんし」

「どちらかというと、この手の店は高級感を大事にしたい人たちに宣伝したほうがいいだろうしねえ。この手の店は口コミ以上上の宣伝はないよ?」

「ですかあ……」

「でもお前さんところの会社の人間だったら、普通に入って差し支えないんだったら、夜にそこで飲み会に行けばいいだろ」

「……あ」

「店のメニューは見てないが、ディナーで強気な値段でやってるんだ。アルコールはあるはずだろう?」


 そういえば。そのときは店のメニューを食べることで精一杯だったけど。

 普通にアルコール、あったな。


「ありがとうございます! 一度彼氏にも相談してみます!」

「はいはい」


 私はぺこぺこテンカさんにお礼を言ってから、明日でも立川さんに相談してみることにした。

 連休進行明けの飲み会の場所、まだたしか誰も取ってなかったなと。

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