夜パフェを食べる
私が行きたかった店がある。
夜にショコラティエが開いているパーラーだ。
なにがあれって、夜間限定で出しているパフェがあるってことだ。
夜。私残業。カフェインで荒れた胃に、夜のアイスクリームはきつ過ぎると、涙を飲んで見なかったことにしていたのだけれど。
ぴちぴち十代の胃袋だったら、夜のアイスクリームもいけるじゃあないか!
私は一応リリパスに尋ねた。
「一応聞くけど、私の今の格好、本当に誰も見てないんだよね?」
「はい。フェアリーバリアは元々魔法少女に闇妖精と戦ってもらうためのバリアですから。闇妖精は妖精の羽の鱗粉を浴びせると目が利かなくなりますから。同じように人間も発光した魔法少女を、いることは認識できても、顔は覚えられません」
「なるほど……ちなみに十代がいるってことも認識できないのかな?」
さすがにコスプレで「夜中にJKがなにしてるんだ」と補導されるのは格好悪過ぎる。個人証明書はアラサーのものしか用意してない。
それにリリパスは「いることは認識できても、年齢まではわかりませんよ」と教えてくれた。
だとしたら、よーし。
パーラーに行くと、仕事帰りの女の人たちが静かに食事を楽しんでいた。夜にパフェは少しずつ広まりつつある文化だけれど、未だに背徳的だと思う人は多い。
この文化、ちゃんと成熟して欲しい。
そんなことを思いながら私はメニューを開いた。リリパスも覗きに来る……この子周りにはなにに見えてるんだろう。こちらをちらちら見てくる人もいないし。
「これが私の食べたいパフェね」
「チョコレートパフェ?」
「そう。ショコラティエがプロデュースしたパフェなの」
チョコレートソースをかけ、ミルクチョコアイス、ピターチョコムース、ビスコッティで味を整えていると知り、食べたくて食べたくて仕方がなかった。でもいくらチョコレート主力のパフェとはいえど、チョコレートオンリーだと飽きが来るしお腹も冷えるから、なにかしら仕掛けがあるはず。
食べてみないとわからない。
私は店員さんに「チョコレートパフェと紅茶をお願いします」と注文した。
「かしこまりました。紅茶はいつお持ちしますか?」
「パフェと一緒にお願いします」
パフェは一生懸命食べるとお腹が冷える。ちゃんと温かいものと一緒に食べないと食べきれない。私はムンッと握りこぶしをつくっているのを、リリパスは怪訝な顔で眺めていた。
「今まで魔法少女をしてくださった中で、夜にパフェが食べたいと魔法少女姿のままで店に突撃した人はいなかったんですが……」
「だって、若くないと夜にこんなこってりしたもの食べられないし。でも毎日毎日麦茶スープだけだと悲しくなってくるのよ。麦茶は好きだけど」
「麦茶スープですか……」
「胃に優しいもの、胃が荒れないもの。体にはいいとわかってる。私もアラサーだから無理できない。知ってる。でも」
生きることは食べることだ。
食べられなくなるということは悲しいことだ。
私は若い頃に食べることができなかった。なんか塩味の野菜しか食べられなかったし、白米なんて贅沢品だった。五穀米は体によくてもおいしくないんだ。
私はリリパスに力説する。
「だから食べられるときにちゃんと食べる。それが生きることだから」
「……そこまで食い意地張るようなものなんですか?」
「妖精はそこまで張らないものなの? 闇妖精はなんか人を襲ってるけど」
「はあ……そういう欲求はあまりないほうなもので」
私がリリパスとしゃべっていても、私が声をかけない限り誰も気にしないし、もしかしなくってもフェアリーバリアってものすごいものじゃ、と思える。
そういうしている間に「お待たせしました」とチョコレートパフェと紅茶が届いた。
紅茶はミルク付きだ。本当は紅茶にミルクを入れると冷めやすいけれど、紅茶にミルクを入れると胃が荒れていても飲みやすい……今は若返っているから胃壁が普段より頑丈とは思うけれど、なんだかんだ言っておいしいからミルクティーばかり飲んでいる。
それはさておき。私はチョコレートパフェを見て「おー……」と声を上げた。
チョコレートアイスだ。まごうことなきチョコレートアイスだ。
層によって色が違う。それはチョコレートのカカオ量が違うからだろう。私はリリパスに尋ねた。
「私の変身前の荷物って出せる?」
「なにするんですか?」
「会計とスマホで写真撮影」
「ま、まあ……それくらいなら?」
リリパスは困った顔で、私の荷物を取り出してくれたので、私は喜びいさんでスマホでこのキラキラしたチョコレートパフェを写真に収める。
「それでは、いただきます」
最初にチョコレートパフェに突き刺さっているマカロンとクッキーを横に避ける。
「食べないんですか?」
「というより、これからお腹が冷たくなってくるから、命綱として残しておくの」
「お腹が冷たくなるのに食べるんですか? あとお茶でお腹を温めないんですか?」
「というか、パフェに焼き菓子付けている意図って、口休めだからね」
そう言いながら私はまずは一番上のチョコレートアイスにスプーンを突っ込んだ。
「……おいしい。チョコレートが濃厚」
「ふぁあ」
「ああ、そうだ。リリパスも食べる?」
「よ、よろしいんですか?」
「というか、妖精ってご飯食べられるの? これはおやつだけど」
「妖精は食事は嗜好品ですから、する人もいればしない人もいますよ。動物みたいに体によしあしはありません」
「なるほど。それじゃあどうぞ。あーん」
リリパスにもスプーンでアイスをあげると、目をパチパチさせはじめた。
「……おいしいです! でも甘くって、苦い?」
「そうだね。これはミルクチョコレートだから、どちらかというとチョコレートの甘さは強めだけれど、甘い物は冷えると少し甘さが落ち着くんだ。チョコレート自体が比較的苦いものを糖分いっぱい入れて甘くしてるから」
「おいし!」
「それじゃあ、アイス食べたら次の層に言ってみようか」
パフェは宝探しだ。スプーンですくってザクザクお宝を見つけていく。
次の層はビターチョコのムースだと思ったけれど、間に薄い層が入っている。
チョコレート菓子やケーキで定番なのは果物のジュレだ。多いのは柑橘系とベリー系。この香りは。ひくっと匂いを嗅いでから、下のチョコレートのムースと一緒にすくって食べる。ああ、これは。
「……オレンジのジュレだ」
ほら食べてとリリパスにもすくってあげると、またしても目をぱちぱちさせた。
「甘くて苦いですけど、この黄色いのは?」
「オレンジのジュレだね。オレンジとチョコレートは相性がいいから」
オレンジの甘い香りと酸味、それが下の層のチョコレートムースと合わさると、一気に華やかな食べ物になる。甘さと苦さと香りが三位一体になって、口の中が華やぐんだ。
私はマカロンもいただきながら、しみじみと思った。リリパスにはクッキーをあげた。
「やっぱりここ、食べに来てよかったぁ。若返らないと、これだけ食べるのは無理だった」
「それは大変ですねえ」
「うん。まだ層があるし!」
チョコレートムースの下には、今度は砕いたビスケットとくるみが仕込まれていた。じゃくじゃくした食感がおいしく、最下層に仕込まれていたチョコレートクリームとの相性もいい。そして底まで流れてきたオレンジのジュレとも混ざって、なんとも贅沢な味となっている。
最後まで食べてから、紅茶を飲む。
……はあ、たまんない。
「また来ようね。パフェもいいけど、今度はラーメンもいいなあ」
このところ、夜にラーメンは全然食べてない。でも食べたいなあと思ってしまった。
リリパスは「左様ですか?」とやっぱり困った顔をしていた。
会計を支払ってから、足取り軽く店を出る。
おいしいものを食べると心から満たされる。これで明日も頑張って働けそうだ。
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