魔法少女の食道楽
石田空
アラサーだって食道楽したい
「一ノ
「あっ、はい。レポート出します」
「いやいや。本当にごめんね?」
「いえ……」
経理というのは忙しい。
特に会社の利益には貢献してないものの、ここが頑張らないと会社のお金の流れが迷子になる。最近は財務処理に関することが次々変わるために、そのたびに研修研修研修と出かけなくてはいけない。
頑張って仕事をしようとすればカフェインドリンクに頼らないといけなくなり、カフェインドリンクばかり飲んでいたら胃が荒れてご飯が食べられなくなる。
このところ、私の胃は昔以上に小さく細くなった気がする。
「はあ……」
残業がたぎり、今日も会社を出たのは六時過ぎだった。一時間はオーバーしている。その中でうきうきの大学生たちとすれ違った。
「どこ食べに行く?」
「イタリアンイタリアン。そこでねえ」
「ええ、どこの店教えて教えてっ」
いいなあ……。私は思わずその子たちの後ろ姿を眺めていた。
都会に出てきて思ったこと。それは。
「ご飯って、むっちゃおいしい」
我が家のご飯生活に、少々問題があったことだった。
****
私は元々両親と兄の四人家族だったけれど、兄がなにかにつけて病気になるものだから、母は神経質になってしまった。
特に兄のために料理が神経質になり、「体にいい」と聞けば、母はなんでも試すようになった。
おかげで。野菜には塩だけで充分。ご飯だけだと体によくないから雑穀ご飯が基本。味噌汁は塩分過多でよくないからできる限り出汁で薄めたものを飲む。
体に悪いからと、母はうちでは頑なに肉を食べたがらなかった。
根を上げたのは、当事者のはずの兄だった。
「うちのご飯マズい。もう無理」
そう言い残して、とうとう家出してしまった。
母は当然ながら泣いたものの、泣きたいのは私もだった。
父は母の極端な料理を見て、夜に外食してきて滅多にご飯を食べなくなり、母の味のないご飯を食べるのはいつも私だった。
給食のほうがおいしい。コンビニ弁当のほうがおいしい。カロリーは摂り過ぎると体に毒しかもたらさないが、成長期に肉がないのは駄目で無理だった。
私が進学を機に都会に出て、台所のものが整うまでは学生でも食べられるレベルの安い店を探して食べていたものの、出されたもの全て、家だと食べられないものだった。
「……無茶苦茶おいしい。味がある」
肉の脂の甘さに、私はひとりで泣き出し、店員さんや店内で食べていた他のお客さんに心配されたけれど、私は首を振るだけだった。
うちの家のご飯のマズさと、肉の偉大さ、外食のご飯のおいしさを知り、大学時代は服よりもご飯、コスメよりもご飯に励む毎日で、バイト代も必要経費以外は専らご飯につぎ込む生活を送っていた。
でも。会社に入ってからは、カフェインドリンクのせいでどんどん胃が弱くなり、大好きな外食もままならなくなってしまったのである。
「こんなことなら……こんなことなら。もっと早くに家を出て、外食に目覚めていたらよかった……」
ちなみに兄には、一度だけ再会したことがある。
家にいたときはひょろひょろだった兄は、私と同じく肉の美味さに目覚め、肉をたくさん食べられるよう体がムキムキになっていた。
「肉って美味いよな」
「そうだね」
連絡先は交換し、定期的にアプリでやり取りはしているものの、それ以降は特に会う用事もないので会っていない。
食欲はあれども、体がそれに見合わない。胃に優しいスープを飲みながら、「若い頃にもっとご飯を食べればよかった……」と、しょぼくれているときに。
私はリリパスに出会ったのだ。
****
麦茶はいい。カフェインも入っていない上に香ばしい匂い。ちょっとの塩分と具材を出せばそれだけで素晴らしいスープになる。
胃に優しいスープのレシピばかり検索するようになり、麦茶スープに凝っていた私がリリパスに出会ったのはたまたまだった。
「ミャア」
このところ猫は見なくなった。保護されたのか、地域猫としてきちんと地元でお世話されてるかのどちらかだろう。
私が足下を見ると、白い毛玉がいた。
耳は長く、ネズミにもウサギにも似ていた。なのに鳴き声は「ミャア」である。
「なにこれ?」
「見つけた。ぼくと契約して、魔法少女になってくれませんか?」
「私、アラサーで少女ではないんですけど」
私は怖々と言ったら、ネズミのようなウサギのようななにかは頷いた。
「大丈夫です。ぼくと契約したら、若返りますから」
「えっ、そうなの?」
「正確には魔法少女の全盛期に戻りますので」
「えっ。なにそれ。詳しく聞いてもいい?」
「ミャッ、ミャアッッ??」
私はガバッとネズミとウサギの合いの子を掴んだ。
若返るということは、見た目だけじゃ駄目なんだ。
「臓器も若返る? 胃も、胃も若返る?」
「ミャッ、若返るのは、筋力も体力も全盛期に戻りますから、当然胃も若返りますが……」
「それ、乗った!」
「あっ、あのう!? たしかに魔法少女は必要なんですけど、なにするか聞かないでいいんですかあ!?」
「多分日曜日の朝みたいなことするんだと思うから、その辺は心配ないけど」
「そうなんですかあ?」
今時日曜朝のあれにお世話になったことない子のほうが少ないと思うけど。
とにかく私はネズミとウサギの合いの子に言った。
「私を魔法少女にして。そして、胃を若返らせて」
「ミャミャア?」
ネズミとウサギの合いの子は、とても困っていた。
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