第55話


 ルテキの街の避難は、ほぼ終わっていると言っていい。

 既に戦えない女子供や老人達の待避は既に済んでいるのだ。


 隣街も同様にエンゲルド伯爵が治めているため、移動は魔物の軍勢がやってくる前には速やかに終わっていた。

 難易度は小学校の時の避難訓練の比じゃないはずなんだが、驚くほど鮮やかな手腕だ。


 伯爵はどちらかと言えば内政特化型で武力面でのことは寄子であるツボルト子爵に任せている。

 適材適所という言葉がこれほど似合う二人もいないだろう。


 残っているのはルテキの街に残ることを決めた有志、そして街と共に死ぬと言って憚らない老人達だけだ。


 昨日も支援を行いながら彼らにも目を配ることができるよう、ある程度の数の低ランク帯の冒険者を城壁内に配置されている。リエルがいるのもここだ。


 今日、俺がいなくなることで空での戦いは一気にこちらに劣勢になるだろう。

 恐らくだが打ち漏らしも発生するだろうし、市街地戦も想定することになるはずだ。


 一応その対応のために、高ランク冒険者である『紅蓮の牙』もすぐに市街地に向かえる位置に配置されている。

 ホームの街を守れるとあって、明らかに落ち込んでいた彼らの機嫌もある程度は直ってくれているようだ。


 そのあたりは流石ツボルト子爵ということだろう。

 人間の機微を人一倍気にかけてくれている。


 ただヴォルは相変わらず俺に敵意むき出しだった。

 できれば俺のことを睨まないでいてくれると助かるんだがな……。

 魔物の軍勢を乗り切ったら背中から刺されないことを祈ろう。


 そう、今回は有志も結構な数がいる。

 徴兵されたわけではないのだが、街への愛着がそれだけ強いということなのだろう。


 彼らは騎士がまとめる形で運用する。

 城壁の上からの投射であれば、戦力として数えることができるからだ。

 高低差を利用した投擲なら、戦う力がなくとも魔物を苦もなく倒すことができる。


 そして彼らが街を守ってくれている間に――俺達が統率個体を始末する。





 ぐっすりと眠った次の日の早朝。

 城壁の外から日の出を見ながら、俺達討伐チームはゆっくりと準備を整えていた。


 向こうは奇襲をしてこないが、こちらがしてはいけない道理はない。

 なので視界が確保できた時点で、俺達は朝駆けをさせてもらう。


「ふぅ……」


 ゆっくりと柔軟をしながら、目の前に堆く積まれている死体を見つめる。

 朝日で視界が確保できるようになった段階で、有志と騎士達は総出で死体の除去を行っていた。


 罠の効果を発揮させるために必要な作業なので、皆死に物狂いでやっている。

 幸いまだ気温がさほど高くないこともあり、死体が腐るようなこともないようだ。


「……きゅあ?」


「食べちゃダメだぞ、皆ピリピリしてるからな」


 目の前にある大量の魔物を食べたそうにしているスカイだったが、今目を血走らせながら死体処理をしている彼らの下に飛び込んでいくのは得策とは言えないだろう。


「……ふむ、意外と落ち着いているな」


「これはツボルト子爵、おはようございます」


「うむ」


 彼は死体処理の様子を一瞥すると、そのまま素振りを始めた。

 は、速い……というか、まったく太刀筋が見えねぇ……。

 一体どんな剣速してるんだこの人。


 身体強化の出力が完全にぶっ壊れている。

 この人……本当に純粋な人種なんだろうか?

 フルスロットル出してるエヴァと良い勝負できるくらいの速度が出てるんだが。


 『紫電一閃』の面々は、少し離れたところで打ち合わせをしていた。

 俺や子爵とは違い、パーティーで動く彼女達は綿密な打ち合わせをしているらしかった。


 話し合いを手早く終えると、こちらへやってくる。


「おはよう、エヴァ」


「ええ、良い朝ね」


 こういうことに慣れているからか、彼女はさして気負ってもいない様子だった。

 俺とは踏んできた場数の数が違う、ってことだな。


「頼りにしてるわよ、アルド。あなたが踏ん張らないと、私達が削っても逃げちゃうからね」


「……期待に応えられるように頑張るよ」


 斥候が捉えた姿は間違いなくドラゴンだったようだ。

 カラーリングからある程度候補は絞れるが、少なくともどいつもSランク相当の魔物だ。

 間違いなく死力を尽くした激戦になるだろう。


 俺も事前に打てる手は打っておくつもりだ。


「皆さん、これを……」


「これは……?」


「……極めて低品質のエリクサーです。極低品質エリクサーだとちょっと仰々しいので、俺は劣化エリクサーと呼んでいます」


「「「――なっ!?」」」


 皆が驚くのも当然のことだ。

 何せこの世界ではエリクサーは幻の薬とされている。

 恐らく主人公周りのごく限られた場所でしか存在していない、レア中のレアアイテムだ。


 ツボルト子爵が驚いていることから考えても、まず間違いなく市場に流通するような者ではないだろう。


「部位欠損も治せますし、死後五秒以内であれば蘇生も可能です。出所を黙ってもらうことを条件に、これを配らせてもらえたらと」


 俺が作れた劣化エリクサーは合わせて十五。

 子爵とミラ、エヴァ達前衛組に三つずつ、アンジェリカとフラウに二つずつ。

 そして俺が二つという分配にする。


「アルド、あなた……ううん、なんでもない。助かるわ」


「ああ、俺もドラゴン退治をするのは初めてだからな……ありがたく使わせてもらおう。後で使用料はしっかり経費に入れておくから、安心しておけ」


 皆色々と聞きたそうだったが、先ほどの俺の言葉を思い出したからかしっかりと口を噤んでくれていた。


 ちなみに劣化エリクサーを手に入れた方法の言い訳は、今のところ考えついていない。

 戦いが終わった後の俺に期待することにしよう。


「よし、それでは……行くか」


「「「はいっ!」」」


 俺達は統率個体の待つ森の先、イヴァプール湿原と呼ばれている決戦の地へと出発するのだった――。

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