第24話
現実と理想の間に広がっている壁は高く、そして険しい。
小さい頃は無邪気に憧れているだけでよくても、いざそれを成すとなると尋常のことでは不可能であることがほとんどだ。
けれどもその時の俺は、未だに夢に夢見る冒険者の一人でしかなかった。
「ねぇアルド、あなたは将来何になりたい?」
「俺は……やっぱり有名な冒険者になりたいな。そしていくつもの伝説を残して、王国中で吟遊詩人に語り継がれるような存在になりたい」
「神剣フェネクスのサーガにあてられた口かしら?」
「当たり前だろう? 冒険者なんて碌でなしをやろうとする男っていうのは、多かれ少なかれ憧れるもんさ」
この頃の俺は良くも悪くも現実を知らず、それ故に輝いていた。
若い頃の熱意というのは、失って初めてわかる大切なもののうちの一つだ。
成長しても熱量が消えるわけではないが、あの頃のような激烈な思いをもう一度宿せるかと言われると、微妙なところであろう。
「それならエヴァはなんのために冒険者なんてやるんだよ? お前くらい美人なら、いくらでも嫁のもらい手がいるだろう?」
「私?」
成人である十五歳の頃、田舎を出てきた俺は同じくデビューしたての女の子とコンビを組んだ。
彼女――エヴァは、なんで俺なんかと組んだんだろうと思うほどに才気に溢れていて、そして強く、美しかった。
「私はね――」
そうだ、この時エヴァは、なんと言っていたのだっけ……。
「――アルド殿! 大丈夫か!?」
気付けばそこには、心配そうにこちらを見上げるリーゼロッテの姿があった。
どうやら俺は昔のことを思い出しているうちに、ぼうっと物思いにふけっていたらしい。
流石にこれでは職務怠慢だ。
謝りながら改めて警戒を再開すると、リーゼロッテが再びスカイと戯れ始める。
「アルド殿にしては珍しいな」
「少し心労が溜まっていまして……あ、もちろん護衛以来とは別口ですよ?」
「ほっ、それなら良いのだが……」
心労の原因はもちろん、突如として我が宿の隣部屋にやってきたエヴァである。
彼女はフェイトがいなくなった空き室を使っており、いかなる手練手管を使ったのか既にピンチョスじいさんのことを懐柔してしまっていた。
大量に家具を運ばれて魔改造を施されたエヴァの部屋は、きっとすごいことになっているのだろう。
お互い仕事があるので、顔を合わせることはさほど多くない。
けれど生活音というのはどうしても隣から聞こえてくるものだし、その度に彼女がそこにいるのだとわかって妙な気持ちになる。
俺の今のエヴァへの気持ちは……一言では説明しきれないほどに複雑だ。
彼女は俺のかつてのパーティーメンバーで、俺を置いていってしまった天才で、そして……いや、いい。それ以上の言葉を並べるのは無粋だろう。
俺自身、彼女への身の振り方に悩んでいる。
俺と彼女の道は一度分かれ、そのまま大きく方向が変わっていったはずだった。
今やエヴァは押しも押されぬAランク冒険者であり、対し俺は少し盛り返しこそしたもののその肩書きは未だCランク。
もう二度と交わることもないと思っていた。
もし見つけても、他の群衆と同じく遠くから見守ることくらいが関の山と……。
俺は彼女の目的がまったくわからない。
(……まぁいい、何か目的があるなら、あちらから接触してくるだろう)
もしかするとかつての男を笑いに来たのかもしれないし、俺に新しくできた男ののろけ話でもするつもりかもしれない。
ただどんな形になるにせよ、彼女とまた同じ時間を過ごせるのなら、多少都合良く使われることくらいのことは許そう。
俺は彼女に、それくらいのことをしたのだから。
その日の夜、寝入ろうとしていると控えめなノックの音が鳴った。
「入っていい?」
「……ああ」
そこにはピンク色のクッションを持った、エヴァの姿があった。
ネグリジェ姿にもかかわらず身体の凹凸が浮き出ている。
……相変わらず、スタイルいいなぁこいつ。
「軽くお酒でも飲まない?」
「別に構わんが……」
睡眠薬もないこの世界では、寝酒はわりと一般的な風習だったりする。
あまり酒が好きではない俺も、こいつには幾度となく付き合わされたことがある。
エヴァが差し出してくるグラスを受け取り、ガラス瓶から酒を注いでもらう。
舌に触れさせると、蒸留酒特有のピリリとした感触が身体を震わせた。
二人で床に座し、ちびちびと酒を飲み始める。
おつまみの類いは必要ない。
酒の肴は、積もり積もった話だけで十分だ。
「アルドはここ最近王都で活動してるのよね?」
「ああ、まあそうだな」
「だったら声をかけてくれてもいいでしょうに……」
「いや、普通に考えてそりゃ無理だろ……」
「どうしてよ? 私とあなたの仲でしょ?」
後ろのメンバーの様子を見ていれば、俺が『紫電一閃』の面子から良く思われていないことくらいはわかる。
エヴァが引っ越した先が俺と同じ宿だなんてしれたら、どうなることか……。
そんな俺の内心を先回りするかのように、エヴァが笑う。
「だからこれは……二人だけの秘密ね? イーリャ達には言っちゃダメよ?」
「後が怖いから、言いたくても言えないさ」
再会が喜ばしいからか、それとも酒の力か、数年ぶりに話したとは思えないほど会話は弾んだ。
「おやすみなさい、アルド」
「ああ……今度は酒を持って、そっちの部屋を尋ねに行くよ」
「ふふっ、流石ね。やっぱりアルドは私のこと、よくわかってるわ」
俺達は久方ぶりの会話を楽しみ、そして再び会う約束を重ねる。
他のメンバーにバレないように話をするのが、なんだか先生にバレないように女子部屋に特攻した高校時代の修学旅行の記憶と重なり。
俺は少しだけ胸を弾ませながら、寝酒の効果もありぐっすりと眠りにつくのだった。
エヴァの目的はなんなのだろうと、不思議に思いながら……。
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