第47話

 どこの世界いつの時代においても式典と言う物は長いらしい。


 入学式と称して体育館の壇上でお偉方が入れ替わり立ち替わり祝辞の言葉を述べてくれているのを右から左に聞き流し、段々遠くなる意識をたまに気合いで覚醒させる時間が続いていた。


 「そう言えば知ってるか?新入生代表挨拶はその年の貴族科で一番爵位が高いところの子供がするらしいぞ」


 「そうなんだ、でもそれがなんだって言うの?」


 「ロバートが新入生代表挨拶をするかもしれないってことさ、あれでも公爵子息だからな」


 そんな中、どこで聞いてきたのか仁にコソコソ耳打ちされて思い出す。そう言えばジョンは公爵なんだから、その息子のロバートは公爵子息になるのか。


 『新入生代表挨拶』


 そんなことを言っていると件の新入生代表挨拶が始まり、僕達の期待とは裏腹に白いセーラー服に長い白髪の少女が壇上へと向かう。


 「どうやら違うみたいだね」


 「と言うことはあの嬢ちゃんは公爵子息より上になる訳だ」


 元の世界のと大差無い形式ばった定型文を少女が読み上げる。僕達は後ろの方なので姿は良く見えないが、その声はハキハキとしていて一言一句に自信が感じられる。きっと時間をかけて練習してきたのだろう。


 『新入生代表メアリー・アルコーズ』


 長い文章を読み上げ、最後に少女が名乗ると会場が拍手に包まれる。それにしてもアルコーズって名乗るって事はもしかして……


 「まさか王女様と同じ学年とはな」


 「あ、名字聞いてもしかしてとは思ったけどやっぱり王女様なんだね」


 そりゃロバートが新入生挨拶できない訳だ、王様より偉い人は国にはいないんだから。


 メアリーが退場すると長かった入学式も遂に閉会となり、予定通りどの学科の新入生も一旦お昼休憩になる。予定では昼食を摂ったら一時からまた体育館に集合だったはずだ。


 朝食や夕食と違い、昼食はいつどこで摂るかが自由となっており、学校内には食事できるところも複数用意してある。その代わり大食堂以外は昼食代がかかるが。


 「お昼どうする?」


 「そうだな、とりあえず入試の時に食った大食堂に向かうか?」


 「ねぇねぇお二人さん、食事どうするか決めた?」


 二人でそんな話をしていると相変わらず顔がニヤけているペロとクローディアに呼び止められた。


 「僕達はまだ決めてないけど、とりあえず大食堂に行こうかって話してるとこだった」


 体育館の近くは今から混むだろうし、場所も慣れてないし、何より大食堂以外はあまり大きくなさそうだからなと仁が理由を説明する。


 「じゃあさ、私たちも一緒にご飯食べていい?」


 「二人のとこ悪いけど、ウチらもどうするかまだ決まってなくてさ」


 「なんだ、そんな事全然気にしなくていいのに。それじゃみんなで行こうか」


 四人で固まって話をしていると、今度は貴族科の集団の中から男女数人の一塊がこちらに向けて移動してくる。


 基本的に貴族科とそれ以外で白黒キッチリ別れていたから、出て来たその集団だけ異様だ。


 「ジン、アスカ、こんなところにいたんだね!」


 そんな異質な塊の中から赤毛の少年、ロバートが一人で飛び出てきて僕達の会話に入ってくる


 「ロバート、もうそんなに友達できたの?」


 ロバートと共に近寄って来た一団からはどう見ても友好的とは思えない視線が送られて来ているが、ここは敢えて無視しておこう。


 「う〜ん、友達と言うか……みんなとっても良くしてくれるんだけど」


 ロバートが口籠る。そうだよね、側から見ても友達には見えないもん。


 「ロバート、俺が前に言った友達の作り方って覚えてるよな?」


 「うん、覚えてるけど……」


 仁の言葉に何かを続けようとしたロバートを遮って一団から黒い短髪に背は仁と変わらない程度の少年が出てくる。


 「お前達、さっきから聞いていればロバート様に随分な口利きだな。礼儀ってものを知らんのか?」


 「これはこれはどこぞの誰か様、平民の我々ごときにお相手下さり恐悦至極でございます。ですがこれは他ならぬロバートが望んだ事ですので」


 ジンがゆったり頭を下げると少年の表情が瞬間湯沸かし器よろしく一気に厳しくなる。


 「キサマ、その口の利き方を後悔してもしらないからな」


 「待って、喧嘩は止めて!」


 ロバートが二人を止めに入るので僕も仁を羽交締めにして引き離す。身長差があるので締めるのも一苦労だ。


 「ほら仁、ムカつくのは分かるけどあんまりやるとロバートの迷惑になるよ」


 「そうだな、事を荒立てちまって悪かった。すまんロバート」


 そう言って仁がロバートにだけ頭を下げると、瞬間湯沸かし器君の怒りは最高潮に達する。


 「この俺をどこまで虚仮にするつもりだ!」


 「クロト君もストップ、勝手に着いて来ておいて喧嘩しないでってば」


 ロバートに諌められると「覚えてろよ」と吐き捨て、瞬間湯沸かし器ことクロトも引き下がる。


 「ごめん、本当は一緒に食事をしたかったんだけどそれどころじゃなくなっちゃった」


 「ううん気にしないで、もとあといえば仁が煽るのがいけなかったんだし」


 悪かったのはクロトの性格と仁の口の利き方だったんだからロバートが謝るところは一つもない。


 「本当はゆっくり話したかったけどクロト君もあの調子だしまた今度にしようね」


 「ああ、その時にはぜひ友達も紹介してくれや」


 「いつでも来て良いよ」


 そう言ってロバートと別れると、怨嗟の目を向けていたクロトと腰巾着の一団も離れていく。そんなに嫌なら近づいて来なければいいのに。


 おかげで平民の一団の中でもすっかり浮いてしまった。制服姿が恥ずかしいから、あまり注目はされたくないんだけど。


 「こ、怖かった〜」


 「なんだったのあの人達」


 ペロとクローディアもすっかり怯えてしまっている。可哀想にペロなんて震える尻尾を足で挟んでしまっている。


 「赤毛の子はロバートって言って僕達の友達なんだけど、後の腰巾着達は僕達も知らない」


 「大方ロバートの家柄に惹かれて来たんだろうな」


 二人とも怖がらせて悪かったなと仁が頭を下げる。


 「ごめんね、二人とも変な事に巻き込んじゃって」


 「ううん、それは良いんだけど……それよりそのロバート様とはどういう関係なの?」


 もう切り替えたクローディアが目を輝かせながら身を乗り出す様に聞いてくる。


 「お、落ち着いて。どういうも何もただの友達だってば、顔が近いよ」


 「男子二人も侍らせてただの友達はないでしょ、ほら吐け!吐け!」


 「ちょちょっとクローディア、どこ触ってんの!?く、くすぐったいってば」


 必死の抵抗も虚しく、セーラー服の隙間から手を突っ込んで来たクローディアに散々っぱら腹部をくすぐられる。


 「や、止めてってば!本当に、本当にただの友達なんだって」


 「まだ言うか!男女でそんなに友達ができる訳ないでしょ」


 「く、クローディアちゃん、そろそろ止めないと流石にアスカが可哀想だよ」


 僕のあまりの惨状をみかねたのか、ペロが止めに入ってくれたおかげでやっとクローディアの手が止まる。


 「あ、ありがとうペロ、助かったよ」


 「話は済んだか?済んだなら飯に行こうぜ」


 隣にいる癖に助けもせず我関せずを決め込んでいた仁が呆れた様に問いかける。


 その問いかけのおかげでやっと大食堂へ歩き出せるのだった。

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