第16話

 カインがカルセオラリアへ出立して一ヶ月。


 情勢については逐一ボルドーが教えてくれるが、第三国を挟んでの睨み合いだけで結局大きな動きは無いままもうすぐ帰ってきそうだとのこと。


 その間、僕達の生活に普段より静かになった以外の大きな変化は無く、似たような毎日が過ぎていった。


 「う〜ん、勝てないなぁ」


 ワーナーにもらった氷嚢でタンコブを冷やしながら頭を捻る。


 いくら打ち合いとは言え、木剣を振り回してる以上こういう事故はつきものだ。ただ、最近は特に増えた気がする。僕がうまく集中できてないのかもしれない。


 「ごめんね、大丈夫だった?」


 「大丈夫大丈夫、ワーナー先生も大丈夫だって言ってたし」


 ロバートが心配そうに聞いてくるが、所詮はタンコブで回復魔法による治療も必要ないと言われた。


 ワーナーは治療できる怪我には治療で対応し、あまり回復魔法は使わない主義らしい。回復魔法は使いすぎると倦怠感が出るのだとか。聞いてみると初日に僕達を襲っていた倦怠感も回復魔法によるものだったと思われるそうだ。


 「どうせ暑いから氷で涼みたかっただけだろ」


 「仁こそ集中できないならそよ風で涼んでたら?」


 仁は当然のように地面に埋まっている。渡されたメニュー表には、しっかり集中して焦らないこととまで注意書きまでされていた。


 「仁も煩いし、そろそろ再開しようか。今日こそ一本取りたいし」


 「うん、まだまだ一本はあげないけどね」


 結局一本も取れないまま今日も時間が過ぎて行き、修行が終わると勉強をして、それも終わると食事と入浴があって、ロバートが部屋に遊びに来る。


 「〜♪」


 今日のロバートはやけに機嫌が良く、鼻歌混じりで部屋に入ってきた。


 「今日はやけに機嫌が良いね、何かあったの?」


 「えへへ、実はねぇ〜」


 よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの表情で勿体ぶる。よほど嬉しい事があったのだろう。


 「今度、お兄様が学校の夏休みで帰ってくるんだ。それにお姉様もボクの誕生日パーティの為に帰ってきてくれるんだって」


 上機嫌だった理由はこれらしい。お兄様とお姉様と言えば僕達が来る前のロバート様の主な話し相手だったはず。


 「それはよかったね、それで二人はいつ帰って来られるの?」


 「再来週の金曜日帰ってくるんだって、楽しみだな〜」


 部屋の隅に掛けられたカレンダー見ながら言う。以前出かけた時にカレンダーを買ってもらって分かったのだが、この世界でも一年は十ニか月だし、一か月は約三十日だし一週間は七日らしい。


 そんなロバートとは対照的に、仁は一人でカインに渡された魔導教本を読み耽っている。


 「ねぇ仁、ロバートの話聞いてるの」


 「あ?聞いてる聞いてる、姉兄が帰ってくるし誕生日が近いんだろ?」


 ちっとも興味なさそうだった割に一応聞いてはいたらしい。


 「そう言えば誕生日パーティもあるんだっけ?それはいつなの?」


 「誕生日パーティは再来週の日曜日だよ。それでね、二人にお願いがあるんだ」


 ロバートが急に改まってこちらを向き直す。


 「二人にもボクの誕生日パーティに参加してもらいたいんだ」


 「僕達に参加して欲しいって誕生日パーティに?」


 「むしろ良いのか、俺たちなんかが参加して?」


 「うん、二人にはお世話になってるから」


 それにと何かを言いかけて口籠る。一体どうしたのだろうか?


 「でも俺たち正装持ってないから普段着で出ることになるぞ?」


 「あ、その辺は大丈夫。お母様とボルドーに話しておいたから用立ててくれてるはずだよ」


 アメリアとボルドーに話しておいたって事は誰かのお下がりかな?と言うかちょっと待ってよ…


 「パーティの正装って、もしかして僕はドレスを着ることになるの?」


 「そりゃそうなるだろうな」


 「大丈夫、メイドたちが着せてくれるし、アスカならきっと似合うよ」


 ロバートが気遣ってくれるが、違うそうじゃない。僕としてはドレスが似合ってもらっても困るんだ。


 「ぼ、僕は普段着じゃダメかな?」


 「お前はドレスコードって言葉を知らないのか?摘み出されるかそうでなきゃ注目の的になるぞ」


 仁からダメ出しされる。クソ、他人事だからって好き勝手言ってくれる。


 「恥ずかしがらなくても大丈夫だよ、僕の誕生日パーティだからそんなに大勢が来るわけでもないし」


 問題はそういう事ではないんだけど、当然ロバートが分かってくれるはずはない。まぁ分かられても困るが。


 結局断りきれないまま流されていくのだった。

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