第8話

 「疲れた〜」


 全身の筋肉が疲れでピクピクしている。少しでも動いたらどこか攣っちゃいそうだ。


 「あのくらいで情けねぇな」


 「あのくらいって仁は地面に埋まってただけでしょ」


 カインから受けていた修行メニューは二人で違った。魔導士向きの仁は、魔力を制御する訓練と称して首から下を地面に埋められていた。それが一体何の訓練になるのか見てるだけじゃ分からなかったが、本人曰く効果はあったらしい。


 「こっちは動き回って大変だったんだから」


 一方僕が受けていた訓練はもっと実戦的な物だった。木剣を振り回したり、走らされたり、筋トレさせられたり。そんな違いがあれば当然疲れにも差が出ている。


 「はぁ、いつまで続くんだろうこの生活…」


 「そりゃお前、戻る方法を見つけるまでじゃね」


 仁の返事からはちっとも反省の色が見られない。そもそも誰のせいでこんなことになっていると思っているのか。


 そんな話をしていると部屋に軽いノックの音が響く。


 「どうぞ、開いてますよ」


 「失礼します〜、お風呂の用意が出来てますよ〜」


 シアンが着替えを持って入ってくる。いやそれより待って、お風呂?お風呂だって?


 「ねぇシアン、お風呂って個別じゃないよね?」


 「はい〜、でも男女別の大浴場ですから安心してください〜」


 それはちっとも安心できない答えだった。つまり女湯に入れと?僕に?


 「ぼ、僕はお風呂はいいかな〜」


 「ダメですよ〜、お風呂は週三回しか張られないので〜次は明後日まで入れないんですから〜」


 「そうだそうだ、汗臭くなっても知らねえぞ」


 事態に気づいた仁が揶揄ってくる。こいついつか恨みを晴らしてやるからな…


 「じゃあ、僕も男湯に…」


 「ダ〜メ〜で〜す〜よ〜、バラバラで寂しいのは分かりますが〜皆さん優しいので大丈夫ですって〜」


 僕一人が恥ずかしい目に遭えば済む苦肉の策だったが、それもシアンに止められてしまう。その皆さんの為にも僕は一緒に入らない方がいいのに。


 「は〜い、それじゃ行きますよ〜」


 あれやこれやの必死の抵抗も虚しく、シアンに半ば強引に連れ出されてしまう。


 こうなったら僕も男だ、腹を括ろうじゃないか。なるべく周りを見ないようにしてどうにか乗り切ろう。


 脱衣所に着くと当然ながら数人の先客がいた。


 カイン曰く、女騎士は珍しいがいないわけでもないらしいのでこの城にもそういう人たちがいるだろうし、単純に住み込みで働いてる人たちもいるのだろう。


 と言うか、このお城ってどのくらい人が住んでるんだろ?


 だが、あまりキョロキョロする訳にはいかない。なるべく誰とも目を合わせずに適当な籠に着替えを入れて素早く服を脱ぎ、ついでに朝結ばれた髪も解き、さっさと浴場に入る。


 浴場の中にもやはり数人の先客がいるが、こちらもなるべく見ない様に洗い場の端っこで体を洗い始める。固形だが一応石鹸もあるみたいだ。


 そういえばまだ自分の裸を一度も見ていなかったけど、いくら自分の体とはいえ、幼い少女の裸を見るのは罪悪感が半端ないのでなるべく見ない様にしよう。


 幸い、洗い場に鏡は付いていないので前を向いていれば見ることはない。体を洗っていて所々敏感でくすぐったかったりする場所もあったが、無事洗い終わる。


 次はこの長い髪の毛を洗って仕舞えば終わりだ。長い髪の手入れってしたことがないけど、とりあえずシャンプーすればいいのかな?


 「ちょっとちょっと、アスカちゃん!」


 くそっ、ここまで順調だったのに誰かに捕まってしまった。


 「え〜っと、朝食堂で会った…」


 「騎士のエルゼよ、エルゼ。それよりアスカちゃんダメじゃない髪の毛そんな洗い方したら。せっかく長いんだからちゃんとお手入れしないと。ほらお姉さんに任せない」


 そういうとエルゼに後ろから髪を解かれる。これ自体は気持ちいいのだが、申し訳ないのでなるべく前だけを見る。時折柔らかい何かが背中に当たってる気がするがきっと気のせいだ。それより長い髪の洗い方を覚えておかないと。


 「私の妹もねアスカちゃんたちと同い年くらいで、よく髪を洗ってあげてたんだ。その子も騎士になるって言ってるんだけど、妹は魔法の才能がなくてね、騎士はちょっと難しそう」


 やはり魔法の才能が無いと女騎士は難しい物らしい。まぁ体格差とかもあるからそれも仕方ないよね。


 「はいできた、アスカちゃんも湯船に入って行くでしょ?髪結っといてあげるね」


 「え、いや僕は髪と体を洗ったから上がろうかと…」


 湯船の中に一緒に入るのは流石にマズいから洗い終わったらすぐ上がろうと思ってたんだけどエルザに止められてしまう。


 「ダメダメ、ちゃんと暖まらないと湯冷めしちゃうでしょ。ほら入った入った」


 結局また強引に連れて行かれ隣に座らされてしまう。湯気と水面で見難いとは言え、罪悪感が…


 「今日修行付けられてたの見てたよ、頑張ってたねー偉いねー」


 「あ、ありがとうございます」


 目のやり場に困るのでとりあえず下を向いておくことにしたが、それはそれで自分の体が見えて落ち着かない。うぅどうしよう。


 「あれ?顔赤いけど大丈夫?のぼせちゃった?」


 「そ、そうかもしれないので先に上っちゃいますね」


 これはチャンスとばかりに湯船から抜け出し、逃げるように脱衣所に戻る。


 (ごめんなさいエルゼさん…)


 本当のことは口が裂けても言えないので心の中でエルゼに謝りながら早々に着替える。


 シアンに渡された着替えは昨日のとはまた違うネグリジェと、廊下を歩く間に着る物だろう丈の長いアウターだった。下着のフィットする感覚や、こういった服を着る抵抗感が段々薄れてきたのが悲しい。


 長い髪の毛を拭くのには時間が掛かりそうなので、雫が垂れない程度に拭いたら、なるべく更衣室にいないで済むように残りは廊下で部屋に戻る道中歩きながら拭くことにして、早々に更衣室を後にした。

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