閑話 事切れるはずだった運命

 もう自分の命は長くない。彼女はそう自分の運命を悟る。彼女はこの森で生まれてからというもの、長い一生をこの森で過ごしてきた。それゆえこの森の生態系については知り尽くしている。自分は死ぬ。だから自分のお腹の中にいる我が子が少しでも長く生きられるように比較的弱い生き物が多い森の浅層まで重い足取りで進む。そして比較的浅い所まで進んだ頃、体に限界が訪れる。ここまで来れば比較的安全だろう。最期に殺気をばら撒いておく。これでしばらくは周囲に何も寄ってこないだろう。


 長い一生だった。自分の役目は果たせただろう。悔いの無い一生だった。いや、1つ悔いが残るとしたらもう少しで産まれてくる我が子を1目でいいから見てみたかった。


 ☆


 ヒト族も、自然に生きるエルフ族も恐れる森その森でソレは産まれた。その森の生き物は、魔物でない普通の動物ですら圧倒的な力を持つ。魔物に至っては更に隔絶した力を持つモノも多い。そんな生態系の中でもソレは圧倒的強者に分類される。しかしソレも最初から強者として産まれたわけではない。


 その生き物の出産は生き物の中でも最もと言って良いほど過酷を極める。雌雄の交尾で妊娠するわけでは無い。長い生の間、徐々に自分の命を削り腹部に我が子となる命を創造していく。少しでも生存競争に生き残る確率を上げるべく出来るだけ多くの命を。


 腹部に子の命を創造してから、およそ5年の期間を自分の腹部の中で子を成長させる。それまでの生涯で、森の至る所に糸を張り巡らせ自分の領域とする。腹部に子がいるため新たに糸を創り出すことは出来なくなるが、それでも今まで張り巡らせた糸によりある程度の獲物は獲れる。しかしある程度獲れるといっても5年間、自分と、そして我が子が必要とする栄養が獲れるほどの量はない。だからさらに自分の命を削って子へと与える。


 そして子が腹部の中で成長するにつれて体の重さは増していく。普段なら糸が無くてもその身1つで狩れる獲物も、こうなっては狩ることが出来なくなる。


 そして糸が最大の武器である理由は、糸と魔力の繋がりにより1度創り出した糸はどんなに離れていても自分の手足の1部のようになることだ。更に維持に必要な魔力はいらない。そのため創り出す時に消費する魔力だけでいいという破格の性能を誇る。


 だがそんな糸も創り出したモノがいなければ意味を持たない。だからこそそれまで安全だったとしても、自分が死んだ時に我が子たちにとって安全な場所とはならない。だからこそ出来る限り安全な、弱い生き物が多い場所へと移動する必要があった。


 そしてその場所へとなんとか辿り着いた。ここならば我が子たちはなんとか生きていけるだろう。産まれた同胞の中で己だけしか生き残れなかった自分とは違い、この子たち全員とは言わずとも複数は生きていけるだろう。


 そう安心していたのにふと気配を感じそちらを見ると、2足歩行の生き物と4足歩行の小型の生き物が近付いてきた。向こうは明らかにこちらに気づいている様子だ。これも弱った影響か。昔なら相手に先に気づかれるという事もなかったのに。


 あの2足歩行の生き物は昔によく見た忌々しい生き物だ。森の外からやってきて、大した力も持たないのに一丁前に実力差も分からず勝負を仕掛けてくる愚か者。


 だがアイツらはこちらを認識した途端敵意剥き出しに襲いかかってきたが視界の先にいるソイツからは敵意を感じない。それどころかある程度までの距離しか近づかず、近付いてきたと思ったらどこかに行ってしまった。


 そして数時間後、肉の1部を持ってきて置いていく。最初は罠かと警戒した。ただその肉からは特に変なものは感じない。それにこのまま死ぬのなら、生きられるかもしれない道を選ぶべきだろうと肉へと齧り付く。久しぶりの食事に食べる口が止まらない。生きる為には食事を選り好みしたことなんてない。食事は生きるためのものであって娯楽ではないのだから。だが久しぶりに食べたこの肉は今まで食べたどんな物よりもうまいと感じた。飼ってからすぐに持ってきたのだろうと思われる新鮮さ。更には皮の上から齧り付くのとは違い、邪魔する物なく食べやすいその肉は何の抵抗もなく自分のお腹へと収まる。ただ1つ惜しいとすれば、肉の量が少ないことか。久しぶりに食事を出来て良かったが生き残れるほどではない。


 しかしそれから何度もあの生き物たちが現れては肉の1部を置いていく。何度も繰り返し、日が暮れてその生き物たちが来なくなった頃には動けるほどには回復していた。


 そして翌日、彼の者を探していた。水が欲しかった、そして更に欲を言えば我が子たちが安心出来る棲み家を。


 ようやく見つけた昨日出会った者は、水も棲み家も用意してくれた。それからも定期的に食事も水も分けてくれた。そのおかげで我が子たちが無事に産まれた。決して見ることは出来ないと思っていた我が子たち。自分の命も、そしてこの子たちの命も救ってくれたと同然のこの者には感謝してもしきれない。


 死ぬはずだった自分の運命。我が子たちのため、そしてこの者たちのために使わしてもらおう。

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