これで、わたしも

 



 ※最終話です。

 ―――――




 狭いダンジョン内の通路に小さいながら荒い息遣いの音が響く。


「これで……終わ…り?」

 

 四方八方から触手にくすぐられ息も絶え絶えになりながらどうにかトラップを抜けた銀髪の幼女が、少し先に見えた次の階層に進めた目の階段を見てそう漏らした。


「っぅくふっ」


 幼女は生まれたての子鹿のように震える足でどうにか立ち上がり、壁伝いにその階段に向かって足を進めていく。


 未だうまく力が入らない足でどうにか階段を降りきると、その先は今までとは打って変わり小さな空間があるだけだった。

 周囲を見渡しても他の空間に繋がるっているような通路は見当たらない。

 

 ただ目の前の空間の中央に置かれた宝箱がじっと幼女を待っているように鎮座しているだけだ。


 幼女が恐る恐るといった様子でその宝箱に近づいていく。これまでトラップの全てを看破してきたとはいえ、ここ何度かのトラップを受けて少々宝箱に苦手意識が芽生えていた。


「……宝箱」


 ダンジョンの多くは最奥の間に踏破報酬として、このように宝箱などが設置されており、過去に女の子が踏破したダンジョンでも同じように宝箱が置かれていた。

 ただ、最下層で戦いもなく宝箱がそのまま置かれている経験は今の一度も経験していない。


 しかし、詳しく調べても目の前の宝箱からはトラップの気配はない。今までの経験から女の子は危険はないと判断し、ゆっくりと宝箱を開けた。


「これ……?」


 宝箱の中に入っていたのは、1枚のカード。そしてトラップに掛かった際にはがされた装備品。

 幼女は自分の装備品を取り出すよりも先に、その自分の手のひらより少し大きなカードが気になり取り出した。



【このカードはこのダンジョンを踏破した者のみ手にすることが出来る証明書である。

 このカードは、所有することを許された者を【大人】であると証明する。


 注意! このカードに書かれている内容は所有者のみ確認することが出来る。ただし、このカードに書かれている内容を他者に知らせた場合、このカードは効力を失う。


 踏破おめでとう。ダンジョンマスターより】



 カードに書かれていた内容を読むとニンマリと幼女は笑みを浮かべた。


「これで私も……!」


 普段からあまり表情の変化が少ない幼女であったが、そう言葉を漏らしたときの表情は実にわかりやすく喜びを表していた。

 

 カードを大事そうにしまった後、幼女が宝箱の中身をすべて取り出したと同時に、宝箱は解けるように空間に消えていった。そして少し奥、幼女の足で数歩の場所に魔法陣が浮かび上がる。


 そして幼女はカードと一緒に手に入れた物を持って出現した転移陣に乗り、その空間から姿を消した。





「勇者さま!?」


 幼女が転移でダンジョンの外に出ると、そこにはこれまで一緒に過ごしてきた従者たちがぞろぞろと焦った表情で向かってきているところだった。


「……?」


 その従者たちの焦っている表情が理解できなかった女の子は首をかしげる。

 そうしているうちに従者のうち一番女の子の世話をしている女性僧侶が駆け寄り、女の子を抱きしめた。


「よかった。心配したんですよ! なんで1人で勝手にダンジョンに向かったんですか!」

「えっと」


 まだ現状を理解できず混乱しているうちに強く抱きしめられたことで、幼女は少し体を振るわせた。


 思い返してみればこのように自分1人だけでダンジョンに来たのは初めてだった。そんなことを考えている幼女に対し、女僧侶は幼女を解放しその体を確かめるように手を触れた。

 その触れた手のひらは女僧侶の手の動きに合わせてピクリと反応を示した。


「勇者様。もしかして感覚……戻ったのですか?」

「ん?」


 そう問われ、何のことかすぐに理解できなかった幼女であったが、女僧侶に触られた手の感覚がはっきりしていることに気付く。

 ダンジョンのトラップに嵌っている時に治療されていたのだが、実のところそれ以上にパニックになっていたため、ほぼ失っていた触覚が回復していたことを幼女は自覚していなかった。


 幼女の触覚が希薄になったのは親を失った後の栄養失調の影響で起きたことだった。その後、教会に保護され、勇者としての訓練を受けている間に回復すると思われていたが、どうしてか回復しなかった。幾人かの僧侶が幼女の治療を試みたが、終ぞ回復することはなかった。

 

 この女僧侶も治療を行ったうちの1人であり、幼女の付き人になってからこれまでずっと幼女の感覚が戻るよう治療を続けていたのだ。


「そういえば」


 幼女が女僧侶の手を小さな手でにぎにぎと揉んで戻っていた感覚を確かめる。


「本当に戻ったのですね」


 どしても治してあげたかった。

 できれば自分の手で、という気持ちがないわけではなかったが、それ以上に治ったことが女僧侶は嬉しかった。しかし、その喜びの中、女僧侶ははっとした表情になった。


「って、感覚が戻ったのはよかったですが、勇者様! 一人でダンジョンに向かうのは危険すぎます! 特にこのダンジョンは……あの…その、とにかく危険なんですよ!」


 内容が幼い子供に教えるようなことでもないので、言葉を濁しながら顔を赤らめた女僧侶が幼女を優しく叱る。


「何もされていないようなので、中には入らなかったようですが本当にここは危ないダンジョンなので、次に近くを通りかかったとしても小手は駄目ですからね!」

「…うん」


 自分の様子を見て安心している女僧侶の様子を見て、実はダンジョンの中に入っていて、さらに踏破してきたとはとても言える雰囲気ではなかったので幼女はダンジョンの中であったことを言うのをやめた。


「勇者さま、酒場での発言、本当に申し訳ありませんでした」


 女僧侶が幼女を離したところでその様子を伺っていた一団の中から男が一人、気まずそうな様子で近づいてきて、幼女に頭を下げた。

 一瞬、どうしてそのようなことをされたのか理解できなかった幼女だが、その男の顔をまじまじと見つめた後、昨日の夜自分に対して愚痴をこぼしていた男であることに気付いた。


「ふふん!」

「えっと? なんで俺どや顔されてんの?」


 謝罪するために近づいてきたはずのに、幼女の自信に溢れたどや顔を向けられて、酒場で愚痴をこぼしてしまった男が困惑する。


 幼女からしてみれば、直接不満愚痴を向けられたことはなかったとしても薄々感づいていたことだったので、行動を起こすきっかけになったとはいえ、男に対して恨みのような感情は存在していない。


 ただ、自分はこのダンジョンを踏破して大人と認められた。

 自分が手に入れたあのカードがそれを証明している。もう自分は子供ではないのだから文句は言わせないと。もう嫌な気持ちにはさせないと。

 その気持ちが幼女の表情に現れたのだ。


 その男の他、目の前に居た女僧侶もどうして幼女がどや顔をかましたのかは理解はできなかったが、このままダンジョンの入り口付近に居続けるのは危険だと判断して、現在拠点としている村に帰ることになった。


 ダンジョンからある程度離れた場所で幼女は誰かに見られているような気配を察して振り返った。


「どうしました? 魔物の気配でもありましたか?」


 隣を歩いている幼女が後ろを気にしていることに気付いた女僧侶が声をかける。しばらく気配がした場所を見つめていた幼女であったが、すぐにその気配を感じることが出来なくなったので、首を振って何でもないとそのまま足を進めていった。


 こうして、幼女勇者によるエロトラップダンジョンへのソロ突撃騒動は幕を閉じた。

 その後、この幼女勇者は各地で悪さをしている魔物を討伐したり、別の魔王軍幹部を撃破したりと、素晴らしい功績を残していくことになる。



 なお、この幼女が成長した後、お礼参りよろしく再度このダンジョンに挑みに訪れ、強引に最下層(本物)まで突破してくるのは、もう少し先の話。




 ―――――

 本編はこれにて終わりです。

 ここまで読んでくださりありがとうございました。 


 次話はおまけの人物紹介になります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る