開催、マロンフェア! #1

ある日、ダンジョンで異常が発生したとの報せが届いた。

報せを受け取ったギルドは調査に乗り出し――結果として、取引のある商人たちに連絡を取った。

その内の一人であるレオナールは、セリーヌに話を持っていき。

結果として――


「話には聞いていたが、凄まじい数ですね……」


荷馬車の中を覗いてダニエルが苦笑した。

その中には、大量のイガグリ・・・・が山と積まれている。


「これでもごく一部らしい。何せダンジョンがワンフロア分、丸々これで埋まっていたそうだからな」

「それは……」


なんとも。ダニエルはその光景を想像して、少しげんなりした。

足の踏み場もないような状態だとして、こんな刺々しい物体に埋め尽くされていては、いかな冒険者でも進みようはないだろう。


「この都市の人間でなければ燃やしてしまうなりして処分してしまえば良い、と思うのだろうがな。だがそうはいかない理由がある」

「『ダンジョンの恵み』。持ち帰っても何故か腐らず、一定以上に食べ尽くさなければフロアがもとに戻らない。それ以外で処分しようとすると、大変なことになると」


この都市に住むものであればよく知る話だ。

それほど頻繁にある事象ではないが、ダンジョンには意思がある――という俗説の根拠とされる事象の一つだ。

或いは、ダンジョンの神がいるという信仰に繋がっていたり。こういった事象をどのように受け止めるかは人それぞれだ。


「恵みは恵みだろう。だが、そんなわけで慣例に基づいて都市内ではしばらく栗尽くし……、というわけだ」

「それでうちでも買い取ることになった、と」


秋の味覚として優れた食材ではあるだろうが、そんなに食べるものでもない。

無論、食べ物があるだけでもありがたいという層には喜ばれるかもしれないが、しかし一つ一つは小粒な食材だ。

これだけで腹をふくらませるというのは一苦労というものだろう。


「セリーヌには相談して、今回は多めに買い取ることになったが……使い切れるだろうか?」

「お嬢様がいうからにはアテはあるのでしょう。ずいぶん張り切っておられましたから……」


そう。料理屋「テーベ」で大量に使おうという目論見である。

そして当然――


「実を取り出すのは皆でやらねばならないからな。商会の人間を何人か寄越す。頼んだぞ」

「かしこまりました、旦那様」


イガグリである以上、まずはそのイガを取り除かねばならないのだった。


※ ※ ※


「それで、マロンフェア、ってわけ」

「はい」

「私としては有り難いわね」

「エルフとしては食べやすい食材ですか」

「えぇ、単純に焼いて食べても美味しいし、一食にしても甘味としても貴重な食材ね」


常連のエルフの冒険者ユーフェが肩を竦める。


「暫くは都市で頑張って消化するんだっけ」

「えぇ、他の街ではこういう事象はあります?」

「少なくとも私は聞いたことがないわね。偶々遭遇したことがないだけかもしれないけれど」


ギルドからはイガグリ拾いのクエストが発行されている。

冒険者たちがこぞってダンジョンで栗拾いというのは中々シュールな光景で、ユーフェも好奇心に任せて参加した帰りだ。


「でまぁ、話題の栗を食べに来たってわけよ」


ユーフェの言葉には言外に、「当然エルフ向けのメニューもあるのよね?」という響きがあった。

ユーフェからしてみると信頼を含めているつもりである。

ダニエルは困った様子もなく頷いた。


「お任せくださいませ。メニューは特に?」

「えぇ、オススメのものを一通り貰えれば嬉しいわ」


秋の味覚を堪能して、もし出来れば自分の食生活の参考に。

そんなことを考えつつ、ユーフェは楽しみに待つことにしたのだった。


今日のことなどを思い起こしながら待つこと暫し。

それほど経たずにダニエルが2つの料理を運んできた。


「あら、早かったわね」

「まずはこちらをご賞味頂いてほしいと。栗の渋皮煮、そして栗の甘露煮です」


出された皿の上には2つの栗の煮物。

同じ煮物とは思えないほどに色味が違う。片やブラウン色で、片や黄色。だがそのどちらも同じ栗の煮物であるという。

ユーフェは首を傾げる。


「この色味の違いは何かしら……?」

「内側の皮を剥かずに煮るか、剥いて煮るかでこうも変わるようです。是非食べ比べてみてください」

「へえぇ……」


渋皮煮と呼ばれた方を掬い上げてみる。

艷やかなシロップに浸されていると見えて、渋い色味ながらも輝いているように見える。

丁寧に調理されていることが一目でわかるそれは、一つ一つ味わいながら食べるべき料理のように思えた。


「まずはこちらから、もぐ……」


口の中に入れた瞬間に、ほんのりと栗の香りが鼻に抜ける。

舌で真っ先に感じられるのはシロップの甘さ。

贅沢に砂糖を使っているのだろう、これだけでも幸せな味わいだ。

シロップの甘さが贅沢であるが、もちろんそれだけではない。

ころころと栗を舌で転がした後に歯を入れてみれば、感じられるのは強い香りと微かな苦み。

これが皮を残したことによる効果なのだろうか、仄かな苦みが何故か美味しく感じられる。

甘みの中にあるアクセントとして有効に働いているのか、その理屈まではわからないけれども、確かにこれは面白い。


「栗の香りも、不思議とより濃く感じられる気がする……」


内側の皮があるだけでここまで変わるのか。

そしてこれは相当丁寧に煮込まないと美味しくならないものだろう、とユーフェは感じた。


「そして甘露煮……これは普通に皮を剥いたもの、ということよね」


それなら親しみやすい味かしら……と口にしてみれば。

こちらはこちらでまた完成度の高い味わい。


ホクホクとした食感で、崩れていく栗の甘さが心地よい。

渋皮煮の強い香りと味わい深い渋みとは対照的に、ただ優しい甘味がホロリと口の中に広がっていく。

その中に栗の確かな甘みと味わいがあり、シロップの甘みに殺されず、栗の実の醍醐味ともいえる味わいが存分に楽しめる。


ただ栗の実が甘く煮られた料理であるにもかかわらず、そこにかけられている工程は執念を感じさせるほど。

実を食べるだけでここまでの満足感を得られるとは思いもしなかった。


「確かに焼き栗なんかは、それだけでも大分お腹が膨らむものだし、美味しいけれど……。これはまた、それとも違う上品な美味しさね……」


マロンフェア。

セリーヌの料理で栗尽くし、というのは思っていた以上に楽しめそうだ。

ユーフェは目を細めて、次の料理を楽しみに待つことにした。

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