冷めても美味しい豚のビール揚げ #2

「ほう」「あら」「ふむ」


三者三様、箱を開けて思わず声を上げる。

見れば箱の中に仕切りがあり、その中にはサラダが一品。

もうひとつの区画に幾つかの薄切りにされたフライらしきものが見て取れた。


レオナールは冷めても美味しい……と言っていたが、揚げ物は温かいものを食べるべきではないだろうか?

フラヴィは疑問に感じた。

そういう意味では以前食べた冷製パスタなど向いていると思うのだが……。


「娘は持ち帰り用に肉料理のバリエーションを増やしたいと言ってましてな。その過程で出来た自信作だそうですよ」

「ではこのフライは肉なのですか?」

「そのとおりです。手に入りやすい豚肉を薄切りにしたものだとか言ってましたな」

「なるほど……」


肉の揚げ物。となると、冷めると大分油が気にならないだろうか?

しかし、これほど自信有りげに出されたものだ。それも、かの料理屋で用意してくれたものだという。

となれば、これもまた美味しいのだろう。


そう思いつつも、フラヴィは半信半疑で口に入れてみる――


「!」


(確かに冷たい――けれど、何故かそれでも肉が固くなっていない……?)


それに油もそれほど気にならない。

ザクザクとした衣の食感が実に軽く、それでいて肉につけられた味がしっかりと主張してくる。

少し口の中がくどく感じたらサラダを口にしてリセットするとちょうどよい。

肉汁もしっかりと感じられてパサパサした感じがしておらず、ハーブも使っているのか、冷えた料理であるのに香りまで感じられた。


「美味しい……? うん、美味しい」


どこか不思議な感覚だ。温かい揚げ物を食べた時みたいな問答無用な、暴力的な旨さではない。

だがしかし、こうして料理屋でもないただの会議室で口にするには十分過ぎる美味だ。

そしてどこかこの冷えた味わいも、癖になるというか、味わい深いように思えるというべきか。


間違いなく普段食べているものよりも美味しく、それをこのような場で食べられているということ。

不思議な体験であった。


「コレは、単に普段お店で出してくださっているようなフリッターではないですよね……?」


もしそうならそれはそれで驚くべきことだが。

恐らく違うのだろうとフラヴィは確信していた。

これは温かい状態で食べるのではなく、計算して作られたものではないか、と。


「はい。衣から工夫して、こういうお持ち帰り用に特別に作ったとのことです。コーンスターチを衣に使っているとか、ビールも使っているとか、下味も味付けを濃いめにしているとか……色々工夫しているようなことを言っていました」

「どういう意味をもった工夫かはわかりませんが……お見事ですね。冷えても美味しい揚げ物ですか。考えたこともありませんでした」


会議でどこか神経を尖らせていたのだろう、それがこうして満足感のある食事を摂ることでほぐれていくのを感じる。

それだけではない、肉を食べた、という感覚が活力に繋がっている感覚をフラヴィは自覚した。


小休憩で食べるものとしては悪くない――どころか極上だろう。

もう少ししっかり食べたいとも思わなくはないが、そこまで望むならば事前に手配すべきであるし、これはレオナールからの厚意のようなものだ。

こうしていただけるだけでも有り難い。


「いや、見事ですな。流石はレオナール殿の娘、いやかの小料理屋「テーベ」の店主というべきか。私も何度か食べに伺いましたが、その時とはまた違うタイプの美味しさですな」

「全くだ。こういう食べ物もあるとは。是非冒険の際に持っていきたいぐらいだ」

「過分なお褒めの言葉、恐れ入ります。娘にも必ず伝えます」


食事はやはり人の心を軽やかにする。

先程までと一変し、弛緩した雰囲気が流れ始めた。

それを見計らってか、レオナールが口火を切る。


「まぁ、正直なところ。どのようなお話をしたいかは承知しています。ギルドの方で吸熱箱の有用性について再認識されたということで、まとまった数が必要になる――その為の対応を検討したい。場合によっては、我々の商会から生産の権利を買い取りたい。そんなところでしょう」

「ふ、流石に露骨すぎましたな」

「でなければ私が呼ばれる理由がありませんからね」


あまりにも単刀直入な物言い。

しかし、ギルドマスターもそれに怯まず、笑みを浮かべるに留めた。

フラヴィには再び少しばかり、空気がピリついたものになったように感じられた。


しかし、食事を介しているからか険悪というほどでもなく。

レオナールは淡々と続けていく。


「現実的なところとしては、私達の方で増産体制を整えたいところです。その為に、腕の良い魔導技師をそちらのラインからいくらか紹介頂きたい。そちらで生産してもらったものを私共が買い取る。それをギルドに納入する。それで如何か」

「設計図をこちらで買い取る、或いは件の魔導具の開発者をこちらで雇うことは出来まいか。無論、相応の額を出そう」

「論外ですね。いえ、商売的にもということもあるのですが……」


レオナールはそこで言葉を区切り、この場に居る者たちの顔をそれぞれ見回した。

そして何故か小声で、こう続けた。


「この豚のフリッター。実に美味だと思いませぬか」

「あぁ、そうだな……?」


ギルドマスターが、意図を汲み取れないというような声をあげる。

が、それも数瞬。眉間に皺を寄せた。


「あぁ、そうか。既に唾はついているのか。その可能性は考えていなかったわけではないが……」

「はい。ややこしい利害関係はごめんでしょう?」


顔色一つ変えないレオナールに、流石豪商は違うなとフラヴィは感心した。

それに今の言葉の言い回しもそうだ。つまり彼は、自分の娘とその料理屋が無関係ではないと言ったのだ。

そして、それは同時に、かの料理屋の背景について想像を巡らせなければならないということ。


(――片翼のペガサス。確かに、それを考えれば。ギルドに魔導具の権利を全て寄越せ、など通した日には大変なことになるわね)


ギルドマスターは大きなため息をついた。


「良く言うわ。わかった。こちらから人員と材料については手配しよう。その代わり、優先的にギルドに卸して欲しい」

「無論、条件面で高く買取る者が居ればそちらを優先しますが……」

「それは勿論。商取引としては自然なことでしょう。ギルドも無闇に敵を増やすつもりはない。そこは上手くやってくれれば構わない」

「かしこまりました」


少しだけ回りくどい言い回し。

こういう場合に、高い金を積む者が居るとすれば、それを無視してまでギルドは優先しませんよ、というレオナール殿の意思表示。

そして、ギルドとしても同様にそれが出来る者の機嫌を損ねるつもりはない、という回答。

貴族や金持ちといった相手に立ち回るならば重要な認識のすり合わせ。

フラヴィは頭の片隅に入れて、議事録に残す際は気をつけねばならないな、と気を引き締めた。

このあたりのバランス感覚と機微を読み取る力、そしてその他の業務遂行能力と記憶能力を買われてフラヴィはこの場に立っている。


「ところで、つかぬことを伺いますが。材料の手配となると……?」


ギルドマスターは冒険者の男に視線を向けた。

男も深く頷き、自分がこの場に居る理由の一部と今後の予測について語った。


「無論、ギルドが公式に依頼することで魔石や材料となるものについては積極的に集める予定だ。それだけじゃない、話がまとまり次第、例の事故が起こったギルドから他の都市にも話が共有されるはずだ。そうすると、この都市では魔石と魔導具について、一種のブームになるだろう」

「人が集まり、その影響が出るということですか」

「悪いことではないのだろうがな。俺としては、あまり物知らずな冒険者が集まっては頭が痛い。……今のうちだ。まだ何かあるなら知っておきたい。もしそれらにダンジョン探索に有用な価値を見いだせそうなら、同時に取り組むべきだろう」


男の言葉に、レオナールは頷いた。


「確認してみましょう。……ただ、いかんせん規模が大きくなります。懇意にさせて頂いている取引先の方にも相談してみましょう」

「それは私の管轄ですな。こちらからも巻き込めそうな人には声をかけましょう。連携させて頂ければ助かる」


ギルドマスターが今度は頷く。

これもまた、つまりはレオナールと付き合いのある貴族を巻き込むということだ。

フラヴィはここまでの全てのやり取りを記憶し、後ほど議事録に書き起こす予定だが。

しかしまあ、なんとも。


大きな話になってきた。


改めて、最後の豚のフリッターを口に入れる。

見事に最後まで美味な料理だ。

温かくなくとも、丁寧な仕事によってここまでのものが出来上がる。


自分もまた、この大仕事に関わるのならばしゃんとしなければならない。

フラヴィはこれから忙しくなる未来を想像し、同僚たちにも危機感を共有せねばと拳を握った。

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