ねっとり濃厚レバーパテ #2

後日改めて話させてくれ。

そう言ってレオナールが残りの酒を飲み干して去っていった後。

ダニエルから注文を受け取り、幾つかの料理をハーフリングの男に提供する。


「レバーパテとアンチョビキャベツをお持ちしました」

「ありがとう!それレバーパテ、見ていて美味しそうだったんだよね」

「この街に来たばかりなんだろう? 最初からお酒とそのつまみで良いのかい?」

「こんな時間だしね、保存食は結構齧りながら来てたから、ガッツリ食べるのはまた今度で。それに、豚と魚の取り合わせなんてある意味贅沢だよ」

「ああ、確かに。ここに通ってるとつい忘れがちになるけれど」


先に出した赤ワインを既に飲みはじめており、マルガレータとパウリーネと話し込んでいた彼はニカッと笑った。

トラウと名乗った彼はどうやらこの店の名前をどこからか知って興味を持っていたらしい。


「最近さぁ、変わった魔導具を持っている冒険者を偶に見るようになってね。なんでも持ち運べる氷室みたいなものなんだって? 高いっていうけど便利だとかで評判なんだ」

「吸熱箱のことかい」

「あぁそれそれ。そんな名前だった。そんで、そういう魔導具がこの近辺で売ってるっていうじゃないか」


そう言いながら、レバーパテを口に放り込み、トラウは目を丸くした。


「これは旨いな……。噂に違わずというか、噂以上というか。このねっとりとした滑らかな食感と深い味は凄いね。その割に臭みがいい塩梅だ」

「幾らでもお酒が進んじゃうわよねえ」

「マル、お前さんは飲み過ぎだがね」

「いいっこなしよ」


つまみと酒が美味しいのが悪い。

そう言って悪びれずにマルガレータはワインをまた一口含んだ。


「そういえば常温でって言ってたけど。ワインって冷やすといまいちなのかしら?」

「そんなことはないんですが、温度によって香りの印象とかが変わりますからね。私も専門家ほど詳しくはないですが、こういう時に飲む赤ワインなら冷やさない方が楽しめるかなと」

「なるほどねえ」


マルガレータの疑問に、セリーヌが答える。

その答えに彼女は「へー」と、納得の声を上げた。


「んー、アンチョビキャベツも良いね。この薄く揚げられたニンニクがいいアクセントだ。それにアンチョビの強い味だけじゃなくて、しんなりして甘いキャベツがうまい具合にマッチしてる。レバーパテもそうだけど、いくら食べても飽きなそうだね」

「それも美味しそうねえ、セリーヌ、もう一皿出せる?」

「勿論です。ちょっとお待ちを」


そうなると思い、予め仕込んでいたのが良かった。

ササッと炒め、フライドガーリックを最後に散らす。

カウンターまで持っていき、マルガレータに提供する。


「お待たせしました」

「ありがとう」

「それで、吸熱箱がどうしたって?」

「あぁ、そうそう。魔導具が流行り始めるってことはさ、当然その材料も売れ始めるよね。それに、そこには何やら随分と美味そうな料理屋があると来た」


パウリーネの疑問にトラウは実に面白そうに語り始める。

その横ではマルガレータがアンチョビキャベツを摘んで「んー」と幸せそうに目を瞑っていた。


「まあ、端的に言えば面白そうだし、人も集まりそうだなって」

「なるほどねえ。外で噂になるほどになってきたかい」

「まだもう少しかかるとは思うけれどね。ほら、オイラは結構耳が早いから。数ヶ月ぐらいのスパンで少しずつ増え始めるんじゃないかな~」


トラウのその言葉に、セリーヌはレオナールが語っていた内容を思い起こした。

吸熱箱の売れ行き、魔石の価格調整。

それと今の話はダイレクトに繋がっているようだった。


それに、この店もそこまで評判になっているのか。

そのことにセリーヌは嬉しさを感じると同時に、少し考え込んでしまう。

繁盛させてもらってはいるし、近頃は人手も増えて何とかやれている。


だが、パンクするほどになるとしたら、何か方策を考えなければならないだろう。

店が賑わうのは料理人としてはこの上ない幸せであるし、街に人が集まる一因になるほどに評判となるなら、それは喜ばしいことだ。


けれども、父が語っていたことを考えるとただ喜んでばかりもいられなさそうという感想を抱く。


(これは確かに直ぐにどうこう、じゃないにしても相談が必要になりそうね……)


「セリーヌ。もしかして、さっきレオナールさんが来てたのってそれ絡みだった?」

「まぁ、そうですね。吸熱箱が大分売れてるとは」

「今のままちょっとお高く売るならそこまで大きな問題にはならなそうだけれど、色々考えてそうだねえ」


この二人も今や魔導具開発の貴重な協力者だ。

また酒のない場で意見を貰ったほうが良いのかもしれない。

トラウはその会話を聞いて疑問を持ったようで、んん?と疑問の声を上げた。


「ん? もしかしてお姉さんたちはその魔導具の関係者?」

「正確には、そこのセリーヌだね。発案者だよ」

「へえ! それは面白い。色々話を聞かせてもらっても?」


キラキラとした目で見つめられ、セリーヌは少し後ずさった。


「話せる範囲なら……」

「全然大丈夫だよ。あ、ちなみにお姉さんはうたで詠われるのダメな人だったりする?」


詩?

一瞬セリーヌは疑問に思ったが、少し考えて納得する。

そういえば耳が早いと言っていたし、そうか。


「お前さん、吟遊詩人かい」

「そんなところ。オイラのハープは中々のもんだよ? と、それはともかく。店主さん、どうだい。魔導具のこととかは無闇に話しちゃ不味けりゃ黙ってるが、暫くここに通って料理について詠いたいなと思うんだけれど」

「それは構わないけれど……」


セリーヌは少し考え、了承した。

変なことを詠わないなら寧ろ光栄な話ではあるだろう。

少し気恥ずかしくも思うが。


「有り難い! もちろん詞曲が出来たら確認も兼ねて真っ先にお姉さんに披露するよ」

「料理で詩なんて作れるものなの?」


セリーヌは思わず疑問を投げかけた。

勿論、ああいうからには出来ないわけではないのだろう。

けれど、あまり吟遊詩人が詠うところに遭遇してこなかったから気になったのだ。


「もちろんさ! 詩は自由なものだしね。それに、これほど美味しい料理なら題材としても魅力的だよ」


トラウはニカっと笑い、再びレバーパテを口に放り込んだ。


「んー、やっぱりこのネットリした肝臓の味がたまらないね! オイラも旅して長いけど。ここはものすごく面白そうだって直感が働いている。実際料理屋は評判通りだったし、魔導具の実物も見に行きたいところだ。それに他にもメニューはあるんでしょ?」

「そこらじゃ見ないようなものが沢山ね」

「なら制覇したいところだね。なんて、いっても懐次第だけれど。是非詞を作らせて欲しいね」

「出来たものを聞かせて、確認させてくれるなら」

「なら決まりだ。これから通い詰めるから楽しみにしてておくれよ」


なんならここで演奏させてもらうこともあるかもしれないね。

そう言って、トラウは笑った。

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