貝の旨みたっぷりなクラムチャウダー

料理屋「テーベ」。その店への定期的な訪問は、冬を過ぎてからも続いていた。

魔導技師イザベルはその都度、魔導コンロや吸熱箱のメンテと改良、そしてセリーヌの思いつきを実現するためのアイデアの検討を続けていた。

時には魔法使いのルイーズに意見を貰ったりもしており、日々充実している。

そういえば彼女、この街を離れると言っていた。今ちょっとツテをあたって代わりの協力者を探してるとか言っていたけれど……。


予想以上に、ホーク商会からの吸熱箱の発注が多く目を回していた時期もあったが、今ではそれも慣れたもの。少し大変だが、自分の腕が認められたような気がして、楽しんで仕事をしていた。


今日もまた、セリーヌの店で各魔導具の点検を行い、それを終わらせたあとのこと。


「あぁ、そうだ。新作があるんですよ」

「お、楽しみね」


その度に振る舞われる料理もまた、楽しみの一つだった。

店主のセリーヌはチャレンジ精神が旺盛で、店にまだ出していない試作品をよく出してくる。

それはどれも絶品といえるもので、試作品とは思えない斬新な味わいのものばかりだ。

時折感想を参考にして客に提供するときの味や盛り付けを変えていると言っていたが、役に立っているのかは正直よくわからない。

だが、働いた報酬、その役得で有り難いものとしてイザベルは受け止め、享受していた。


「今日は何の料理なの?」

「クラムチャウダーです!野菜と貝でいいのが入ったのでちょっと作ってみようかと。美味しいんですよ?」

「そこは疑ってないわ」


美味しく、興味深い。彼女の料理がそういうものだということはよく知っている。

セリーヌがイザベルを信頼してこの店の調理用の魔導具を任せてくれるように、イザベルもまた、セリーヌの料理の腕を信頼している。

試作だからといって手を抜いたものが出てくるなんてことは想像もできなかった。


セリーヌがカウンターの奥の深鍋から何やら盛り付けている。

アレを見るに、スープを使った料理だろうか……?


「お待たせしました!クラムチャウダーです。是非スープを味わってみてください!」

「頂くわ」


相変わらず、湯気がもう美味しそうなのだ。

香りが鼻に抜けていく、それだけで食欲が刺激されるし、味気のない塩だけのスープでないことがよく分かる。

そして不思議な見た目だ。真っ白なスープとは。これは何を使っているのだろう?


「なんで白いの?」

「牛乳を使ってるんです」

「そういえばだいぶ前に牛の乳を使ってるって言ってたわね。こういう風にも使えるんだ……」


正直なところ、自分では料理に使ったことなどない食材だが。

既に何度も使ったことがあると言っていたし、何よりセリーヌが作ったものだ。

イザベルはたまらず匙を手に取った。


匙を入れてみれば、確かに貝類と春の野菜がゴロゴロと入れられている。

贅沢なほどに具材を入れられたスープだが、味は……。


「こくん……あー、流石ねえ……」


力の抜けた声が出るほどに美味しい。

貝の旨みがギュッと詰まっているだけじゃなくて、玉ねぎなどの野菜の甘味がしっかりと滲み出ている。

吸熱箱の恩恵もあって、ここで貝を食べる機会というのは増えてきたものだが、それでもまだまだ馴染み深いとはいいがたい。

だけれど、牛乳の味わいが思っていたよりも優しく貝の旨みを包み、また野菜の味もしっかりと舌に残るようだった。


魚臭さも獣臭さもない。ただ優しく濃厚で美味しい。

そんな感想を抱いた。


「どうでしょう?」

「すごく美味しいわ。このアスパラも良いわね。緑色のアスパラの歯ごたえが少しあるところが、良いアクセントになってる」

「ホワイトアスパラも美味しいんですけれどね。大分柔らかいので、こちらを選択してみました」

「どっちでも美味しいとは思うけど、これでいいと思う」


決して硬すぎず。ちゃんと噛み切って、寧ろ程よい食感で心地よい。

こういったアスパラは皮が張って食べづらいこともあるはずだが、まるでそんなことはなく、食べやすくなっている。


「牛乳を使ったスープって美味しいのね……」

「これはクラムチャウダーですけど、もっとゴロゴロ大きな具材を入れたホワイトシチューも作りたいですね。ちょっと暖かくなっちゃって時期を逃しちゃいましたが……」

「温かいスープ自体はいつでも食べられているもの。あんまり違和感はないんじゃないかしらね。冷たい料理っていうほうが珍しいし」

「そんなものですか。なら時折出してみても良いかもしれないですね」


同じ材料を使った似た料理でも、きっと凝り性な彼女のことだ。

ただ似たようなものが出てくるわけではないだろう。

ホワイトシチューというものが何かはわからないが、同じように白い煮込み料理なのだろうし。


「ホッとするわね」

「そう言ってもらえると嬉しいですね」


昼下がりの、平和な午後であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る