リザードマンとサボテンステーキ #3
「お待たせいたしました。メインの一品、サボテンステーキです」
「おぉ、ステーキか!」
大皿には薄い平型のサボテンが1枚そのまま載っていた。
だが、よく見れば繊維にあわせた切れ込みが入れられており、またしっかりと熱を通されている。
色味が少し落ちて、鮮やかな色味が褪せ、黄緑色になってこそいるが、これこそがしっかり火を通して調理された証。
こうして一枚のサボテンをそのまま食べようとするなら、こうして青臭さを飛ばしたほうが美味しいということを知っていて、そうしたのだろう。
先程の料理の完成度から不安はなかったが、コレをよく見るとよく分かる。
元々知っていたのか、約束の日までの5日間で試行錯誤してくれたのかはわからないが、店主は間違いなく調理法を心得て、丁寧に手間をかけて饗してくれているのだと。
「立ち上るバターとニンニクの香りが食欲をそそるな……」
いそいそと切れ込みから1枚切り離し、口に入れる。
本来もっている青臭さが随分となくなり、自然な酸味とソースの味わいが一体となっている。
たまご炒めのときよりも大ぶりで、上にかけられたソースだけで食べているから、より強くサボテンの味わいを感じられる。
塩だけでなく、ピリリとする刺激が少し感じられる。コレは胡椒か。
「故郷では流石にスパイスを使って食べたことはなかったが……これはなるほど、味がボケない」
ともすると、このサボテンステーキというのは、ただただ青臭さや粘りが気になって食べづらかったり食べ飽きがちなものだ。
大きい割にあっさりとした味わいであるし、不慣れな調理では美味しく食べられない。そんな料理だと思う。
だが、これはニンニクがすり潰されたと思われるソースの強い味わいと、バターの風味、下味としてつけられている塩味が、サボテンの味を殺すことなく支えているし、少量入った胡椒が味を引き締めている。
サッパリとしていながらも満足感がある。そんな不思議な体験を堪能できる料理だった。
そう思い、ウンウンと頷いていると給仕の少年が何やら青い果実を持ちながらやってきた。
「もし宜しければ、軽くライムを絞ってみてはと店長が」
「ほう、ライムか」
この上に更に酸味のある味わいを足すというのか。
試したことはないが、面白そうだ。
果実を受け取ると、既に半分切られており、絞れるように配慮されている。
試してみようか、と思ったところで。
キィ、と木製の扉が開く音がした。
「いらっしゃいませ」
「おう、今日は一人で来たんだが……と?」
「む?」
聞き覚えのある声が聞こえたので、ラデクは顔を上げた。
すると、やはり想像していた顔が見え、思わず目が合ってしまった。
「ニコラ殿か」
「おお、ラデク!来てくれてたか。相席しても問題ないか?」
「無論だ」
冒険者仲間のニコラ。
この街で出会ってから幾つかの仕事を一緒にした一党『緋色の熊』のリーダーだった。
ラデクほどではないが十分に大柄なその身体を活かして戦う一級の戦士。
この店を勧めてくれていたのも彼だ――故に、断る道理などなかった。
「それでどうした?故郷の味ってのは食べることが出来たのか?」
「あぁ、こうしてな」
既に半分ほど食していたサボテンステーキに視線を向け、答えた。
それにあわせてニコラもそちらを見やり、「ほう」と声を漏らす。
「野菜っぽいが。どんな料理なんだ?」
「サボテンステーキだ。……食べたことはないだろうな」
「サボテンってーと?」
ピンと来ていない様子のニコラに対し、ラデクは頷く。
無理もない、寧ろその存在を知り、調理法まで心得ていた店主の方がおかしいのだ。
「我が故郷によく生えている植物だよ。これはトゲを抜かれているが、刺々しく水を蓄える植物だ」
「ほぉ……確かに珍しそうだな」
ニコラは興味深そうな声をあげた。
「んー、今日は別のものを頼もうと思っていたんだが。同じものを食べてみるかな……」
「それなら試しに一口食べてみるか?もしよければ、だが」
「良いのか?」
無論だ、とラデクは答えた。
故郷の味をリザードマン以外にも知ってもらうというのは悪いことではないように思えたのだ。
勿論、口に合う合わないはあるだろうが。まずは知ってもらうこと自体にも価値があろう。
「んじゃまあ、一口……」
小さく切り分けたそれをニコラは口に入れたが、その瞬間に「うお」、と声を漏らした。
やはり合わなかっただろうか?
「面白い味だな……!ちょっと酸っぱくて食感が独特だ。少ししんなりしているが柔らかいというよりはちょっと硬めの歯触りで、噛むとヌメッとして。そんでソースが絡んで美味い。それにバターとニンニクか?いい味出してるな」
これなら俺も頼んで酒のアテにしたいな。
そう言って、給仕を呼び寄せる。
それを横目にしたラデクは、気に入ってもらえたことが妙に嬉しく感じた。
故郷の味を一緒に楽しんでくれたからだろうか?
遠方の、それも異種族の。友人とまでは呼べないが頼れる仕事相手。
それでもこうして食べ物を共有するだけで、妙に心が満たされる気がした。
「おっと。残りも食べねばな」
いそいそと、手に持ったままだったライムを絞ってみる。
たらりと果汁がステーキにかかり、ほんのり酸っぱい匂いが立ち上った。
「それは?」
「店主からと給仕から渡されてな。試してみるつもりだ」
「ほう。美味かったら、その果実もちょっと分けてくれよ」
「うむ、勿論だ」
さて、と。口に入れてみれば。
「おぉ……これはまた。サボテンの酸味と果汁の酸味はまた別物なのだな。よりサッパリとした味わいになったぞ」
「ほおぉ……良いな」
「うむ、美味い」
少しぐらい飽きが来るかと思ったのだが。
この味の変化は実にズルい。
手が止まらず、あっさりと食べきってしまった。
「如何でしたか?」
気がつけば、案内してくれた給仕の少年が声をかけてきた。
要望通りのものを提供できたか、気になっているのだろう。
だからラデクは、強く頷き、更に少し大げさな身振りで満足したことを伝える。
自分はどうにも声色が低くなりがちで、喜びを伝えるにはこうした仕草が必要だということも、旅で得た収穫の一つだった。
「素晴らしい食事であった。まさしくサボテンのフルコースというべきもてなし、心より感謝する」
「有難うございます。ご満足いただけたならば幸いです」
そうして感謝の意が伝わってくれたのだろう。
少年の笑みも深いものとなり、ラデクは再び頷いた。
「店主は、もし時期であればサボテンの実もお出ししたかったと。他にも何かできればと言っていましたので、もし宜しければまたお立ち寄りください」
「おぉ、そう言ってくれるか。迷惑をかけてしまったと気に病んでいたのだ」
「そんな。こうして店に来て、美味しく食べてくださっただけでも、当店としては嬉しく思っています」
有り難いことだ。
それに、サボテンの実か……確かに夏場であれば実に甘露であっただろう。
あの水気がたっぷりで、つぶつぶとした種がたっぷりな、だが味わい深く甘いフルーツ。
ううむ、もしめぐり合わせが良ければ是非食べたい。
罪なことだ、ただでさえ欲深い要望を出した自分に、更に求めさせるとは。
ラデクは苦笑するほかになかった。
「ぜひとも、また来たいと思う。無論、料理はその時に出せるもので構わない」
「はい。ですが、またこういうものが食べたいというのがあれば教えてください。時間はかかるかもしれませんが、できる限りお応えしたいと店主も言っておりました」
「本当にかたじけない。その厚意に感謝する」
深々と、頭を下げる。
それに足るもてなし、そして申し出だったからだ。
恐らくこの街に来る度に。或いはこの街に滞在している最中は、何度となく足を運ぶことになるだろう。
それはもう、ラデク自身も驚くほどに執着してしまいそうだった。
そうして、給仕も一礼して去っていく。
ラデクは改めてほう、と深い息をついて。先程までの食事を振り返った。
「満足行く食事であった……」
「そう喜んでくれたなら、この店をオススメした俺も嬉しいぜ」
「あぁ、素晴らしい店を紹介してくれて感謝する」
頭を下げると、ニコラはやめてくれよ、と笑って言った。
「俺はただ良い店があると言っただけだ。んで、ラデクが求める料理を出したのはこの店。礼を言うのは俺じゃない」
「無論、店にも礼を言うつもりだ。店主に聞きたいこともあるのでな、暫し時間を潰しながら落ち着くのを待とうと思っている」
「なるほど?ならもう少し付き合ってくれよ。あんまりこういう機会もないし、街を離れたらまたいつ出会えるかわからないしな」
確かに。
彼らの一党はもう少ししたら街を出ると聞いていたし、自分も一処にずっと居るタイプではない。
一期一会、この機会を楽しむべきだろう。
「こちらこそ、我で良ければ」
「っし。決まりだ」
懐かしさの後は、誰かとの交流で食事の楽しみを堪能する。
旅の思い出としては素晴らしい一夜になるだろう。
自分が最初に考えていた期待を遥かに超えて、ラデクは己の渇きが満たされていくような感覚を覚えていた。
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