リザードマンとサボテンステーキ #1

ラデクが初めてその店を訪れたのは、春めいてきて暖かくなってきた時期だった。


「たのもう」

「いらっしゃいませ」


給仕の少年が出迎えた際、笑顔は崩さなかったものの眼が泳いだことを見て取る。

無理もない。寧ろ丁寧に出迎えただけ、年の頃にしてはよくやっていると思うし、ラデク自身もそのような反応は慣れたものであった。


ラデクの出で立ちは、薄布を一枚身にまとった巨漢というべきものだが、何よりも特徴的な個性がある。

それは顕になっている肌や顔が鱗に覆われ、尻尾があることだ。

つまるところ、ラデクはリザードマンと呼ばれる種族であった。


「ここは近隣でも評判の飯屋と聞いた」


席に案内されたラデクは、背に負った背嚢を降ろし、どかりと座った。

そしてその低い声で、しかし怖がらせぬよう気を使いながら問いかける。

給仕の少年は、笑みを絶やさず頷いた。


「えぇ、有り難いことに多くのお客様にご来店頂いております」

「リクエストがあるのだが、聞いてもらうことはできるか?」

「もちろんです。店主に確認はさせていただきますが……」

「かたじけない」


ラデクは頭を下げた。

互いの身の上や種族をあまり気にしない傾向にある冒険者や行商以外には自分の種族が物珍しく見られることは知っていた。

だからこそ、このような商業区画にはあまり顔を出さないのだが、偶に一緒の仕事をするパーティから強烈に推されたから来てみたという経緯がある。

そうして来てみれば、こうして店の中に招き入れ、そして要望を聞くだけは聞いてくれるというのだから有り難いものだった。


「我は東の方にあるウツクム砂漠の出身でな。故郷の料理が少しばかり恋しいのだ」

「はあ」

「もしあればで良いのだが、我が故郷を懐かしむことができる料理を出すことは出来ないだろうか?無論、できる限りの礼はする」

「なるほど……。故郷でよく食べられていたものについて、教えていただくことは出来ますか?」

「もちろんだ」


そして、ラデクが幾つかの料理や食材の名をあげる。

少年は難しそうな顔になった。無理もない、そうなるだろうとも思っていたのだ。


「……念のため、店主に確認します。少々お待ちいただいてもよろしいですか?」

「無論だ」


こちらはお願いする立場だ。それも不躾な一見の客である。

ラデクはそれも当然のことと、頷いてみせた。


出された水に口をつける。ただで水を出すなど、ラデクが出入りするような店では考えられなかったことだ。

井戸水のようにひんやりとしており、美味い。

これだけでもこの店に来た甲斐はあった、などと冗談半分に考える。


給仕の少年が再び戻ってきた。


「ご要望の件ですが、今直ぐ対応することは難しいとのことです」

「やはりそうか……」

「ですが、数日お時間を頂ければ出来ると、店主から」

「本当か!」


それは僥倖、とラデクは目を見開いた。

少年は少し身を引いて、話を続けた。


「はい。伺った食材の中で、恐らくサボテンであれば手に入れて調理もできるのではないか、と」

「おぉ、サボテンか。良いな。是非お願いしたい」


故郷の砂漠でよく食べられていた食材。

若いものをサラダにしても良いし、焼いても良い。どのようにも食べられる万能食材。

だが、故郷を外に出てみれば、なぜだか一度も見たことがなかった。

時々会う同胞に聞いてみても、苦い顔で顔を横にふるばかり。

それが、こんなにあっさりと食べられるというのか。


「疑う訳では無いが、どのようなカラクリなのだ……?」

「当店は向かいのホーク商会と取引をしております。そして、かの商会には特別なルートが幾つかある、といえば良いでしょうか」


それ以上は話せません、と少年は頭を振った。

商売上の秘密、ということだろう。

それに、ラデクが個人的に手に入れられるルートではないということを誠実に教えてくれたということでもあった。


「かたじけない。感謝する。さて、店に入って何も食べずに出るというのも具合が悪い。何か頼みたいのだが、オススメはあるかな?」

「それでしたら、そうですね……ホワイトアスパラのバターソテーなど如何です?今が旬ですよ」

「良さそうだ。ぜひ頼もう」


※ ※ ※


やがてやってきた料理は実に美味しかった。


「うむ、柔らかなアスパラだが形が崩れておらぬし、味も良い。香りも良いな」


アスパラの甘みが殺されず、バターの香りもくどくない。

調理された野菜の旨味というものを存分に堪能できる。


ラデクはうむうむ、と頷きながら口に料理を運んでいった。


「散らされているパセリも見事だ。香り付けにも有効であるし、彩りにもなっている。この細やかさはプロ意識の高さを感じさせるな」


店主はどのような者だろうか。給仕の若さから見るに、恐らく同様に若者ではないかとは思うのだが。

そんなことを考えながらもラデクは完食し、店を後にした。


だがやはり、ラデクが抱いている渇きというべきものは満たされることはなかった。

こればかりは後日のサボテン料理に期待、というべきところだろう。

しかし、料理人の腕は評判に違わぬものなのだろうということは実感できたし、後日には念願を叶えてくれるともいう。


ラデクにとって、それはこれ以上ない福音であったし、似合わぬことだがソワソワと期待してしまうのも仕方のないことであった。

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