にんにくたっぷりペペロンチーノ #2

麺を口にすれば、柔らかすぎず芯も殆ど感じられない程よい食感。

メニューにもあった通りににんにくの香りが非常に強く香ってくる。

しょっぱすぎず、しかし薄すぎない。その塩梅にはいつもながら感嘆する。


「……旨いな」

「えぇ、全く。このタンポポもいいアクセントよ。苦味が美味しく感じられるようになったのも、この店のお陰かもね」

「確かにな。薬師が使うハーブの一種ぐらいにしか考えてなかったが……中々どうしてこうして口にしてみると、悪くない」


食用でハーブを煮込んだ鍋を出す店に出くわしたことがある。

その時は、その地域で食べられている健康食品のようなものだろうと解釈していたし、実際にとても美味いものではなかった。


だが、こうして葉を麺と一緒に口に運んでみれば。

この微かな苦味が良いアクセントで、美味しく感じられてしまう。爽やかな味わいに錯覚するほどだ。

花も添えられているが、決して彩りだけでなく。

口に入れるとフワッと花の香りがほんの少し、非常に弱く鼻に抜けていく。

だがそれだけでも十分、春の香りを楽しめる。


「にんにくがたっぷり入っているというから、もう少しガッツリとした感じを想像したんだが。中々どうして繊細な作り方だ」

「その点は相変わらずよね。絶対に肉だけとか魚だけみたいな料理って出てこないもの。あっても前菜とかでワンクッション置くようにするものね」


何度となくこの冬に口にした美食。その数々に思いをはせるが、やはりそのどれも個性的で、その時の体験が鮮烈だった。

記憶に残る味で、何度でも食べたい味。そして、何度食べても驚きがある。


この奥深い店から暫く離れるかと思うと、ニコラといえど惜しく寂しく感じられる。


「そういえば、この前は何を食べたんだ?」

「あ、春のアヒージョってやつよ。師匠はオイル煮って言ってたわ」

「へえ、どういうメニューなんだ?」

「オリーブオイルの入った器にアスパラをはじめとした野菜やキノコ、ホタテまで入ってたわね。贅沢なメニューだったわ」

「ここのものはどれも具だくさんだからな」


違いない。そう言って笑い合う。


「ん?ってことは具材が油に浸かっているのか?」

「そうそう。面白いわよね。その時にも思ったし、これもそうだけど。油ってそれ自体に味があるのねえ……」

「言われてみればそうだな。こうやって食べると良い油っていうのは味があるんだな、ってわかる気がする」


塩を使った味付け。それだって悪くないんだが。

こう具材のそれぞれの持つ味わいと複雑な調理工程から生まれる豊かな風味というのは、やみつきになってしまうものだ。

ルイーズの言った通り、意識して口にしてみれば、あえてオリーブオイルでパスタが和えられている意味というものを強く感じられる。


「んー!春キャベツもいい感じ。すごく柔らかいのに、食感が少し残っていて歯触りが良いわ」

「それに甘いな……。それも自然な甘さで、パスタ自体の味を邪魔していない」


野菜の甘味にトウガラシの辛味、そしてオリーブオイルにベーコン、そして麺自体に備わる塩気。

それらが複雑に絡み合い、口の中で広がっていく幸福感。


これを極上といわずなんというのだろうか。


「ヤバいわね……私たち、この街を離れて食事に満足できるかしら」

「……懸念はあるな」


元々ニコラもルイーズも、それほど食にこだわりはなかったはずなのだが。

随分と染められてしまった。

昔ならなんとも思わなかった携帯食料も、きっと味気ないものに感じるだろう。

保存用に塩気マシマシになっている干し肉やら、カチカチのパンやら。

それらをスープに入れて何とか食べていくことを今から思えば、少しばかりげんなりとしてしまうのも確かだった。


「店主に相談してみるかねえ……依頼料は勿論出して」

「あ、それなら私個人からも出すわ。パーティのお金は使えないでしょ」

「だな。何かしらうまい方法は考えてくれるだろ」


いよいよとなれば、向かいのホーク商会で売り出している吸熱箱というのも買おう――ややお高いが、セリーヌの料理が旅先でも食べられるならその価値はある。


そうニコラは考え、そこまで考えてしまう自身に苦笑した。


「雪が溶けて、商隊がまた動き始めて。それに乗じて護衛の仕事でもしながら移動して。……また季節が巡るわけだ」

「そうね。けど、ここには定期的に寄れると良いわね」

「そうだなあ、物流も良さそうだし、ギルドも仕事をおろしてくれる。ホームタウンにするには悪くなさそうだ。遠方で稼いでここでまた準備して、また違うところにいって、というサイクルでも良いかもな」


ニコラら一党『緋色の熊』はこの辺ではそれなりに名を売っているが、ホームタウンと呼べるほど腰を落ち着ける場所は今まで持っていなかった。

強いて言えば一党のそれぞれの故郷は時にそれぞれ様子を見に行っているが、大きな街を出身とする者が居ないこともあり、一党全体で落ち着くということはなかった。


それなりに実績もあげた。後はできる限り稼いで、この稼業を続けられるだけ続けて、その後はどこかで考える。

それぐらいの展望だったが、中々どうしてこの街を半ば拠点とすることは悪くないアイデアだと思えた。


「美味い店があるっていうのもまあ半分あるが……大きなダンジョンを中心に経済が回っている点もでかいな。小さな仕事なら幾らでもあるわけで、それこそ冬なんかは丁度いい場所だったわけだ」

「そうね。でかい仕事があればそっちに行って、そうじゃない時はこっち、でいいんじゃないかしら」

「――うし。んじゃまあ、メンバーとも相談して今後の動きを色々考えますかね」


話しながら、いつの間にか皿も空になる。

説得材料として、などと言い訳もしつつ、テイクアウトのお土産を買いこみ。

ニコラとルイーズは未来を明るく語るのだった。

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