旨みしみ出す絶品ダブル鶏鍋(と食後のフルーツシャーベット) #5

「最後はデザートです。シリル様に献上させていただいたシャーベットになります」

「楽しみにしていましたわ」


並べられた皿を見れば、色鮮やかな橙色と紅色の雪がこんもりと乗せられていた。

それだけでなく、スライスされたオレンジが散らされており、中々華やかな一皿となっている。

更に黄金色に光る何かがかけられており、キラキラと綺麗にきらめいていた。


「まぁ……」

「これは盛り付けの妙ですね……」


シリル様の感嘆に、アンヌ=マリーは心中で同意した。

それにしてもこの雪のようなものがシャーベットということだと思うが、上にかけられたものは何だろうか?

仄かに香ばしく甘い香りが鼻孔を擽っているが、その出処がこれなのだろうか?


「口にしなければ始まりませんね。シリル様、先日食べたというシャーベットはどちらですか?」

「まさにこちらの橙色のものですね。オレンジシャーベットとのことで、確かにオレンジの味を感じられました」

「なるほど、では私はまずそちらから」

「自分はこの紅色のものから頂きます」


そういって、二人で別々のものを食べる。


――口に含むと、思わず目を瞑ってしまう。

まず広がるのはひんやりとした冷たさ。

その後に、果物の爽やかな風味と酸味、そして甘みが駆け巡る。

口当たりも非常に柔らかく、雪を食したときよりも遥かに洗練されたまろやかなそれは、口に入れた瞬間にホロと溶けていく。


ベースは凍ったオレンジ。だが、それをこうまで食べやすく、また深い味わいに仕立てているとは。

果物が凍るとこれほどまでに幸福感のある食べ物になるというのか。


「……凄い、ですわね」


なるほど、シリル様が天上の菓子というわけだ。

彼もまた、雪菓子を食べた経験があるはずの貴族だが。

これはそれを遥かに上回る体験といえる。


「それにこの黄金色で半透明のソース……」


かけられたところを改めて口にすると、シャーベットという菓子とは別の甘味とほんの少しのほろ苦さ。

砂糖が単にかけられているわけではなく、恐らく砂糖水を加工したものだとは思うが。

だがこれほどまでに粘度があり、存在感のあるソースになるものなのだろうか。


「このソースは一体? 砂糖水から出来ていますよね?」

「キャラメルソースですね。そんなに難しい加工はしていないんですが、甘味を素晴らしく引き立てるものです。それだけでなく、独特の香ばしさと風味は中々やみつきになるものかと」

「言うとおりですわね。これは素晴らしい」

「もし宜しければレシピ……というほどではないですがメモ書きをお渡しいたします」

「是非お願いしたいわ」


このソースだけでも、収穫といえる。

それほどのものだと、アンヌ=マリーは感じた。


「そちらのシャーベットはどうでしたか?シリル様」

「ザクロの味がしましたよ。元の果実が持つ甘味と程よい酸味が十分に引き立てられていて、尚且つオレンジシャーベットに引けを取らない完成度だ」


笑顔で頷くシリル様に、アンヌ=マリーも思わず微笑む。

無理もない、目当てのものとそれに勝るとも劣らないものにまた出会えたのだ。

それに、これならば最初の一口だけが美味しいということもないだろう。何度でも食べたい味だ。


この外が寒い中、暖炉の火にあたり、そしてこのような冷たく甘いデザートを頂く。

なるほど、贅沢だ。そしてそれを生み出したのはこの側に控える平民の料理人……。

金髪で線の細いその様子は、まさに富裕層の令嬢といった雰囲気であるというのに、それがこれほどの料理で歓待できる職人である、というギャップ。

アンヌ=マリーはこの店とその職人の魅力に惹かれるものを否応なく感じていた。


ザクロのシャーベットもまた絶品だった。

果実が違うだけであれほどに味わいが変わるのかと驚いたし、甘味というものはただ甘ければ良いのではないのだ、と考えさせられた。

果物が生来持つ酸味が寧ろこれほど美味しく感じられるなんて、不思議な体験だった。


そして、両方のシャーベットを食べ終え。

満足感に胸がいっぱいになり、一息つく頃合いになったところで、アンヌ=マリーは口を開いた。


「……一応、聞いておきましょうか。セリーヌ、と言いましたか。この娘とシリル様以外はこの部屋を退出いただけますか?」


まずは場を作る。ここからの話は証人が居てはならない・・・・・・・・・・

それは自分の信用する使用人たちでも同じことだった。


その場に居た少年、ダニエルや部屋の前で控えていたのだろうレオナール。

そしてアンヌ=マリーやシリルの連れてきた人間がそれぞれ去っていくのを気配で感じる。

そして、王族だけが持つ魔導具で気配を探り、確かに周辺に人がいなくなったことを確認。

同時に、盗聴防止用の魔法までかけておく。


王族である、ということはここまで気を使わねばならない。非公式な話でも、その事実にやはり苦笑いを浮かべてしまう。

そして、当然だが。このような対応は初めてだろう。

セリーヌの身が硬くなるのを感じた。


「さて。人払いをした理由。……何となく察していただけてるかしら」

「はい」


声色も硬い。だが、気にせずに言葉を続ける。

続けなければならない。

――これほどのもてなしを受けたのだ。誘いをしない、というのも失礼に当たる。

アンヌ=マリーの読みでは望まれていないとは思うが、その真意は確認してみないとわからないのだ。

だから、本題に入る。


わたくしの専属になる気はありませんか?」

「……恐れ多い話です。ええっと……」

「あぁ、勿論選択権はあなたにあります。私の立場でこれを言ってしまうと殆ど強制権のある命令に近いということは理解しています。だからこそ、このように聞かなかったことにする・・・・・・・・・・・ことが出来るようにしているのです」

「ちなみに僕からも補足すると、アンヌ様の言っていることは本当だよ。といっても同じく初対面の貴族の僕が言っても説得力はないかもしれないけれど……。そもそもこうして呼びつけるのではなく店に向かったのは道楽の面もあるけれど、こういう話になる可能性を考えてのことでもあったんだ」


シリル様の言葉に頷く。彼があそこまでいう甘味、シャーベット。

その存在を知ったアンヌ=マリーは自分もそれを賞味したい。そしてそれを作った料理人の店に行きたい。

そう考えたのは勿論だが、その裏で別の考えもあった。


――自分が保護しなければならない。


シリル様の貴族としての権威と自身の王族としての権威。その2つをもって、かの料理人を保護する。

その手段は幾つかあったが、その為にも一番手っ取り早いのが自分たちの専属にしてしまうことだった。


「もちろん、シリル様にお仕えするのでも良いでしょう。非公式の場ゆえに話してしまいますが、私はシリル様に嫁入りする予定になっています。あまり遠方に離れるということはないと思いますから、家族に時々会うことも叶うでしょう」

「そ、それは話してしまっても良いんですか……?」

「元々宮廷では十分噂になっている話ですし、平民一人が騒いだところで何かが変わるような国でもありません」

「なるほど……」


だが、この道は恐らく彼女の望む道筋ではないだろう。

それがわかっているアンヌ=マリーは続けた。


「ですが、断って頂いてもなんら問題はありません」

「え?」

「……正直なところ、これほどとは思っていませんでした。環境が良くなることや食材の手配、或いは望む地位。メリットを提示することは可能だと思っていましたが、恐らくそれらは不要なのだろう、と。私は感じざるをえませんでした」


そう。ちょっとアイデアに優れただけの料理人なら。

それでも大分価値は高いのだが、だがもしその程度であるなら。

庶民の食堂などより、王族や貴族に仕える道というのは何よりも魅力的であろうし本人も望むだろう。

だが、彼女は違う。

自分の腕と発想、そして親からの支援でここまでのことを出来てしまう。


シリル様に聞いたところでは吸熱箱なる魔導具を献上されたという。

それは持ち運べる氷室といえるもので、その中に件のシャーベットが入っていたというのだ。

――恐らく。この娘の発想だ。アンヌ=マリーはほとんど確信を持っていた。


もしそうなら、彼女は自分の発想で魔導具を作らせ、この世にない概念を作り出せる人材ということになる。

恐らく鍋の熱を保っていた道具も魔導具だろう。

……何が何でも欲しい。そして、それは他の者も思うことだ。


「正直に答えていただきたいのですが、今日頂いた料理のコースの意図は『今の環境でもこれだけのものが出せる』『宮廷料理の枠には自分は囚われない』……だから、環境を変えることは望まない。そうですね?」

「どうしてそう……いえ、はい。そういう意味合いもあったのは否定できません。不敬だったかと思いますが……」

「いいえ。そういう形式張った話をしないための場なのですから。気にしないでください。それで、どうして宮廷を避けようと?」

「……怖いじゃないですか」


ポツリ、と零したセリーヌの言葉は本音のように聞こえた。

隣で、シリル様が困惑したような気配がする。


「こうして店に足を運んでいただけたことからも、ここまでのご配慮を頂いていることからも、お二方は人格者だと思います。ですが、全ての貴族がそうではないのではないか、と恐れるのです。私は……ただの商人の娘ですから」

「なるほど、平民ゆえの畏れと?」

「はい。そして、そうやって周囲を気にしながら生きて行きたくはないんです。仮にそれが栄達への道だとしても。私は、家族の側でこうして自由に料理ができれば、それだけで幸せなんです」


なので、申し訳ないのですがここから離れるつもりはありません。

そう言葉を紡いだセリーヌの眼は真剣だった。

年格好に見合わないような、強い意志を感じさせた。


シリル様の方を伺い、目配せをする。


(……予想通り、ですわね。私がもう少し強引な性格であったなら、いや。それならばまた違った話になっただけか)


「シリル様、残念ですが専属にしない方向で話を進めたいと思います」

「はい。私もその方が良いと思います。彼女は少し、素直すぎる。ただ、このままというわけにもいきませんから」


わかっている。

だからこそ、ここからの話が重要なのだ。



「少し、今日の献立はメッセージ性が強すぎ、いえ。露骨すぎましたわね。下手な相手でしたら激昂されてもおかしくないでしょうし、場合によっては強硬手段を取られていましたわよ?」

「う……」

「自覚はあったようですわね。まぁ、良いです。私にとってはわかりやすく。そしてとても印象的な食事でしたから、楽しませていただいた礼に気にしないことにします」

「有難うございます……」

「それでなのですけれど。私とシリル様はこの店をいたく気に入ったわ。お父上と所有権についてお話をしたいと思っています」

「え、えぇ!?」


目を丸くして驚く少女に、アンヌ=マリーは笑みを深めた。

さぁ、権力者らしく立ち回ろう。


「専属にする話は諦めます。ですが、この店とあなたは欲しい。であるからして、所有権について交渉をする。ほら、どこにも不思議はないでしょう?」

「え、ええっと……?」

「もちろん何処かに移って頂く必要はありません。寧ろ、シリル様の目に届きながらも、都市として発展しているここが望ましいですわね。何かあれば私達をオーナーとして頼っていただいても構いませんし、私達があなたにプロとして意見を伺うこともあるでしょう。――と、これでは孵る前の雛を数えるようなものですわね」


アンヌ=マリーはくすくすと笑う。

料理にあれだけ驚かされた意趣返しといったところか、あれほどの腕を持つ料理人がワタワタしている姿は、少しだけ楽しい。


「つまりこういうことだ。僕達は君に強い興味を持っているし、その腕前を認めている。だから横から誰かに持っていかれたくないわけだ。これは極めて貴族的な言い回しだけれどね。でも、わかるように言い換えるなら僕らは君の、この店の後ろ盾になることが出来る。これは、その為の申し出だよ」


シリル様のその言葉が非常に端的だ。

アンヌ=マリーは強く頷き、それを肯定したのだった。

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