セリーヌの『神の手』料理譚

雪月/Yukiduki

開店前~冬

なんちゃってトンテキ #1

「食材持ち込み歓迎! ご要望も可能な限り承ります」


そんな変わった触れ込みの看板を掲げるという料理屋があると、最初に噂で聞いたのはいつだっただろうか。

ダンジョン都市ペアリス。

そこで躍進を続ける新進気鋭の大商会、ホーク商会の向かいに位置するというその料理屋「テーベ」。


ペアリスに訪れたならば一度は訪ねたほうが良い、と聞いたのは何度あったか。


「よほどの味なのだろうな」


門番と数度やり取りし、通行証を受け取った男、アランは髭をさすった。

久方ぶりの大都市だ。快適な寝床にありつけるというだけで期待が膨らむというものだが、どうにも気になってしまう。


「まずは寝床の確保からだが。荷物を置いたら行ってみようか」


幸いにも懐はそれなりに余裕がある。評判の飯屋といっても余裕を持って払いは出来るだろう。

ふと周りを見渡せば相変わらず活気に溢れた都市の有様が伺える。

数年は訪れていないはずだが、町並みも記憶のものから大分変わっているようだった。

そして、その数年で名を馳せた料理屋――。


偏屈なドワーフが。高慢なエルフが。

人になじまぬリザードマンが。気まぐれなハーフリングが。

戦士も魔法使いも探索の専門家エクスプローラーも、人種も好みも性格も異なるだろうに。

無論、同族のヒューマンにも。


幾人か、道中に出会った仲間の顔を思い浮かべ。

彼ら彼女らが一様に絶賛した食事というのがどういうものなのか。

いまいち想像はつかないが、同時に酷く楽しみに思っていたのだった。


――新しいダンジョンに挑むのと、同じぐらい。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


友人の娘が料理屋を始めるので、支援をお願いしたい。

マルクがその話を耳にしたのはしばらく前のことだった。


商会仲間のレオナールが「目に入れても痛くない」と公言するほど可愛がっていた娘。この街に店を構える商人で、その存在を知らぬ者はまず居まい。

幼い頃から利発で、容姿も整っている。レオナールの親ばか話は何度聞いたかわからないほど。

間違いなくそれなりの縁談の話があったはずだが、その娘は何故か料理屋を始めるというのだ。


レオナールが娘可愛さに縁談を断って、身を立てさせようとしているのではないか。

話を聞いた時に真っ先にそう邪推した自分は悪くないと思う。


とはいえ、話も聞かず断るのも据わりが悪い。無理筋の話であれば忠告の一つもしてやるのが友情のうちだろう。

そんなことを考えつつ、ようやく時間が作れたマルクは会談の場を持つことにした。


この大都市ペアリスでも大店が立ち並ぶエリア。レオナールが営むホーク商会の向かいで、その料理屋は開店するらしい。

もう箱は出来ているというのだから本気度が伺える。

立地条件として見るなら、大店が並ぶというだけあって、人通りの多さも客層も申し分ない。

だが、飲食店に向いたエリアとは言い難い。

そもそも旅籠でもなければ、飲食店というのは旅人や冒険者向けの業態だ。

わざわざ外で食事を摂る習慣がある家庭など殆どない。よほどの評判でもあれば別だが。


こういうところからも、どうにもレオナールが娘の趣味に合わせて暴走しているだけのように感じられる。

店構えは悪くないようだが――


「お待ちしておりました!マルク様ですね?」

「あぁ。レオナールは?」

「既に席に着いております。こちらへどうぞ」


恐らく商会の下働きだろう。ソツのない身のこなしで出迎えた少年の案内に、マルクは素直に従った。

ウェイターのような格好をしているが、実際にオープンした際も働くことになっているのだろうか。


案内された席には既に、レオナールが座っていた。

相変わらず鋭い目つきでムスッとしているが、別にそれは不機嫌を意味しないということを、マルクは既に知っている。

その証拠に。


「やあ、調子はどうかな?」

「最近は少し忙しいな。だがよく来てくれた、座ってくれ」


声をかけてやれば、落ち着いた声で答えてくれる。

よく勘違いされるが、我が親愛なる友人は元々こういう顔つきなのだ。


「それでは失礼して」


席につき、周りを見渡す。

もう開店間近だといわれても不思議でないほどに、随分と整えられている。

カウンターの奥では例の娘、セリーヌ嬢が何やらゴソゴソとしていた。

こちらに気づいて、頭を少し下げたのが見えたので同じく頷く。

その内に、ウェイターの少年が木製のコップを持ってきた。


「何かね?」

「お水のサービスとなります。当店の売りにする予定でして、是非」

「ふむ、有り難くもらおう」


水のサービスか。これをオープン後にすべての客に提供するというなら、良くやるものだ。

早速口に含む。日光に照らされて喉が渇いていたのは確かだ。美味い。


「さて、レオナール。呼ばれた用件についてだが」

「まあまて、マルク。そう直ぐに本題を話さずとも良いだろう。まずは食事でもどうだ?」

「……なるほど。実際に娘の料理を食わせて判断させよう、という趣向か」

「そういうことだ。あれこれ話すより早かろう?」


レオナールがニヤと笑った。

その猛禽類のような目つきと相まって、威嚇的にも見えるが、これは娘の腕を自慢したいだけだな……。


「ま、良いだろう。それで、出す料理は決まっているのかね?」

「あぁ。娘曰く、なんちゃってトンテキだそうだ」

「なんちゃってトンテキ?」

「簡単に言えば豚の炙り焼きローストのことのようだが、まぁ楽しみにしていろ」


ふむ?

炙り焼きローストなら、よく食べる料理だ。

あまりに無難な料理だが、逆に腕が分かりやすいとでも言うつもりだろうか。

とはいえ、豚をただ茹でて・・・焼くだけだ。そんな変わり映えのする料理でもあるまいが……。

レオナールの自信満々な態度が気にかかる。


「まぁ、食べてみないとわからないというのはその通りだしな。期待せず待ってるよ」

「言ったな?そんな態度を取れるのも今の内だよ」


ふふふ、と妙に楽しげなレオナールの様子に、益々首を傾げる。

(……まあ、今は昼時だ。午後の仕事に備えてそれなりに食べておくのは悪いことじゃない。その点、豚の炙り焼きローストというなら適した料理だろうさ)


それに、豚肉は街の料理屋で取り扱うのに適当な食材と言えるだろう。

なにせ価格も流通も安定している。

マルクは食材をよく扱う商人であるから、この都市の食糧事情にはそれなりに通じている。

その自分に出す料理としても決して誤りではない。豚を大量に卸してほしいという注文なら、問題なく請け負える。


「しかし、本当に娘の料理なのだろうね。これで実は雇ったシェフに全てやらせてます、なら興ざめだぞ」

「そんなことはしないさ。ほら、目の前で料理を始めただろう?」

「なるほど、実際に食べるだけでなく目でも見せようということか」


火が点けられ、その上に鍋が置かれる。

しかし、これはどこから火が出ているのか。

レオナールが、娘の仕事を愛おしげに見つめながら語り始めた。


「この料理屋を始めるに当たって、娘は随分と奔走したようでね」

「ほう」

「元々は私も妻も反対していたんだよ」

「何だと?」


話を聞いてみれば、セリーヌ嬢の強い意志によって今があるらしいことがわかった。

幼少のみぎり、少食なこともありあまり大きく育たなかった彼女に両親は過保護で。

初めて料理をしたいと言い出した時には全力で反対していたということ。

それでも諦めなかった彼女は周りを巻き込んで、両親を認めさせ、そして料理屋を開きたいという夢を形にしていったということ。

そのために商会と取引のある職人をも巻き込み、今までにない料理を提供する店を作り上げようとしていて、今はその仕上げの段階であるということ。


祝福ギフトを持ち、料理のために魔導技師まで巻き込んだと?良く認めたな」

「それだけの才覚がある、ということだ。まぁ、見ていると良い」


確かに、目の前の調理風景はあまり見慣れないものである。

マルクは自分で料理というものをしたことがないから、何がどうおかしいかはわからない。

だが、眼の前の道具が一般的なカマドではなく恐らく魔導具か何かであろうことはわかるし、セリーヌ嬢の手付きには迷いがなく、たしかに技術のある職人としての風格を感じさせた。

料理用の魔導具など聞いたこともないし、彼女の年齢ではまだどこぞの見習いをしていて然るべきはずだが。それでも、目の前で美味そうな料理が完成しつつある。


たちまちに何やら食欲をそそる、初めて嗅ぐ匂いがその場に立ち込める。

ジュウ、と肉の焼ける音と時折聞こえてくる油のはねる音が、更に期待感を煽ってやまない。


豚の炙り焼きローストは慣れ親しんだ料理のはずだ。

だが、この段になってマルクは自分が知る料理とは異なるものが出てくるのではないか、と考え始める。

レオナールの話を信じるならば、身内びいきな部分を差し引いても十分なものが出てくるはずだ。

そして、この香りと音はどうにもソワソワとさせてくれる。


これが狙った演出であるならば、なんて悪魔的な発想だろうか。

マルクは、せめて食べられるものが出てきてほしいと思っていた自身の願望が、今や「あれはどれほど美味いものなのか」と思考が変化していることを自覚していた。

それは隣の友人の笑みも相まって、どこか敗北感を伴うものだった。

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