第71話:バカンスで有頂天の助

「青い海、青い空、素敵じゃない!」

 炎天下も何のその、暑ければ暑いだけ力とやる気が出ると豪語する異常者、ソアレ・アズゥは元気よく亀から降り立ち、大きく伸びをした。燦燦と降り注ぐ陽光を受け、どうやら彼女の活力は漲りまくっている模様。

 なお、

「あっちー」

『オイラの柔肌が焼けちゃう!』

 一般人であるソロと一般剣であるトロは憎たらし気に太陽を睨む。されど、太陽の光は陰ることなく、白い砂浜に、青い海に降り注ぎ照り返しがエグイ。

 目も焼く気かよ、と激怒したくなるほどに。

「ソロ、猫がぐったりしてる」

「……お前、とうとうやったか」

 ヴァイスの腕の中でぐったりと息絶えるソロのお師匠様、むっちりとしたナイスばでーがだらんと垂れ下がっている。

「治して」

「お前が加護使えよ」

「やったけど動かない」

「……本格的に死んだか?」

 ソロが覗き込むと黒猫スティラは片目をバチバチ、とウィンクして合図を送る。師匠を助けろ、今度無視したら殺すぞ、と。

 末弟子、どうしようかと迷うも、

「貸してみそ」

 師匠の報復を恐れ、救い出すことに決めた。

「治ったら返せよ」

「バケモンかよ。愛情表現を抑えられるまでしばらくは俺が預かる」

「……悪魔か?」

「お前ほどじゃねーよ」

 無事、愛情を抑え切れぬ化け物から師匠を回収する。

「亀の上でわしのこと無視しておったじゃろ?」

「いやぁ、大海原に見惚れていまして」

「嘘つけ。わしゃあ許さんからな」

 何と恩知らずな師匠でしょうか。

 うっかりソロは、

「……おーい、ヴァイス。猫が――」

 化け物を召喚しかけてしまう。

「ま、待て! 今回はまあ、最後の最後でわしを救ったことにより不問としてやろう。わしは寛大な師匠として有名なのじゃ」

「わーお、初耳」

 ソロの定位置に戻ったスティラはようやく生きた心地を取り戻す。嗚呼、放漫なぼでーを万力の如し腕力で拘束され、徐々に締め上げられる絶望感は筆舌に尽くしがたいものがあった。自由を得た猫はのんびりとくつろぐ。

 正直、

(首、結構きついんだよなぁ)

『まあ諦めろ。お師匠のお気に入りだ、相棒の頭は』

 常に頭の上に猫が、しかもなかなかのわがままぼでーが乗っているのはなかなか厳しいものがある。一度首がきついと言った時は修行じゃ、と言われた。

 絶対修行じゃないことぐらいソロにもわかる。

「あれ、どしたん、とっつぁん。元気ないぜ」

「むう……空から、海原から、果ては砂浜から、襲い来る陽光をな、この格好だと全部吸い込んでしまうのだ。端的に言うと、暑くてしんどいのである」

「へえ。じゃあ脱げばいいじゃん」

「騎士ゆえ、それは出来ぬ」

「……大変だねえ」

 女神様印の鎧は戦闘時にシャキーンと展開する仕組みであるが、それは兜が展開、フルフェイスになるだけで、他は常に身を包まれている状況。

 この炎天下、地獄の苦しみであろう。

 そんなシュッツはさておき――

「しっかし……なるほどね。夏も冬もきついしクソだな、って思ってたけど、そうじゃなかったな。常夏、最高じゃねーの」

 ソロは周りを見渡しながら、クソ暑い環境に対しての所見を述べる。

 それを聞きつけ、

「そうでしょ? ソロも暑いと活力が漲るのよね! わかるわ!」

 もう一人の化け物、ソアレが近づいてくる。

「おう」

「でしょー!」

 彼女の発言の意味は微塵も理解できない。と言うかよく聞いていなかった。適当に相槌を打っただけである。

「なかなか貴方もわかってきたじゃない。それでこそ私のパーティね。……あのね、ソロ。ちょっと遅くなったんだけど、その、二人きりで話が……ん?」

 気が合うわね、とソロを見つめるソアレ。

 だが、ソロの視線は自分ではなくあらぬ方へ向いていた。

「……?」

 それを彼女は辿る。

 すると、

「うへへ」

 ボンッ! キュッ! ボンッ! な肌を焼いた褐色の女性が本当に水着なのか、と言う布面積の装いで砂浜に寝そべっていた。

 ソロの視線はくぎ付けである。よく見ると鼻の下も駄々伸びである。

「……ソロ」

「おん?」

「暑いの好き?」

「好き好き~」

「褐色の女性は?」

「好き好き~」

「水着の女性は?」

「好き好き~」

「……そう」

 炎天下、からっとした空気、こんな日はよく火が燃え盛るもの。炎の化身、ソアレ・アズゥはスケベ男への怒りを込めて拳を放つ。

 しかし、

「当たんないよ~ん」

「んなッ⁉」

 人を馬鹿にした返事をしつつ、水着美女を凝視していたソロ。ソアレの攻撃動作を見ていないはずなのに、読みを入れていたのか予備動作なく、何かに引っ張られるように回避し、そのまま――

「ばーいばーい」

「ふぎぎぎ」

 どこかへ飛んで行った。ただでさえ小回りの利く男であったが、超魔法使いに師事し魔法を修めてからはこんな感じに隙がなくなっていたのだ。

 隙の無いお調子者、大変不快指数が向上した様子。

「なんじゃ、ボインが好きなら言えばよかろうに。わしゃボインじゃぞ。頭を垂れ、必死に乞うなら特別にひともみ一万オロでよいぞ」

「……ノーサンキュー」

「ふん、わしの真の姿を知らぬからの、そなたは」

 師匠を頭に乗せながら、

(南国美女見学&ナンパツアーだ。興味あるだろ、トロ助)

『正直、興味しかねえよ、相棒』

 ろくでなしペア、マレ・オピスを縦横無尽に駆け回る。

 そんなソロたちのせいで、

「ムキィィイイイイイ!」

「そ、ソアレ様、落ち着いてくだされ!」

「こっちがそろそろ謝ってやろうと思えば調子に乗りくさって! 絶対絶対ぜぇぇぇったい謝らないから! むしろ私に謝れ!」

「もはや意味がわかりませぬぞ!」

 爆裂火の玉女、ソアレは怒り狂い正気を失っていた。シュッツが必死でなだめるも、その火勢は留まるところを知らない。

 すでに爆発を予期していたヴァイスは、

「……猫吸えたら禁煙できたのに」

 その場から離れぶつぶつ言いながら喫煙所で煙草を吸っていた。マレ・オピス、ナーウィスと異なり喫煙可で、分煙化がしっかりなされているらしい。

 先進的である。

「猫吸えねえからヤニ吸うしかねえ」

 猫さえいれば禁煙できた、猫を奪い、猫に愛されているソロが憎い。ソロの頭が憎い、と言うか羨ましい。自分の頭でものんびりしてほしい。

 住んでほしい。

 そうしたらきっと煙草を止められる気がする。

 そんなよくわからないことをつらつらと彼女は考えていた。

 カオスである。

「ちょ、ちょっと目を離した隙に……何が起きたんだ?」

 水先案内人、色黒ボンボン、と言いつつこの辺じゃよくある色合いであり、アイデンティティを欠如し単なるボンボンとなった青年は茫然としていた。

 そりゃあまあ、

「ぎゃおおおおおん!」

「て、手に負えぬ!」

 こうなっていればそれも仕方がない。


     〇


 常夏の島、開放感に満ち溢れたバカンスで誰も彼もが浮かれポンチ。それはドスケベ盗人、ソロも同じであった。

 右を見ても左を見ても皆さん開放的な恰好をしていらっしゃる。

 最近、彼は絶好調であった。

 超魔法使いに師事し、威力範囲こそ控えめであるが彼女たちすら舌を巻く汎用魔法を編み出し、それを上手く使うことで騎士ムスちゃんからトロを取り戻した。勝ち負けつかずだったけど強そうな魔物ともいい勝負をした。

 あと、よくよく思い返してみるとモテていたのかもしれない。少なくとも妹分には絶対好意を寄せられていた。ヴァイスもそう言っていた。

 つまり、モテ期である。

 実力もつき、流れも来ている。

 なら、

「見とけよ、トロ。俺のテクを」

『ヒュー、相棒かっくい~』

 此処が勝負所。嗅覚には自信があるのだ。

 勝つぜ、そう思い出陣した。

 戦場は此処マレ・オピス。戦術目標は当然、水着褐色美女。

「お姉さん。俺とお茶しない? 今なら猫ちゃんとも遊べちゃうんだな、これが」

『で、出たァ! ペットをダシにナンパし奴ぅ~』

「猫パンチ!」

「ふげ⁉」

 まず、師匠をダシに鉄板ネタで勝ちを取りに行こうとしたら、当然の如くぶちぎれた師匠が肉球を研ぎ澄まし、全力でパンチを叩き込んできた。

「ウケる~」

「へ、へへ。怪我の功名ってもんよ」

 まず戦場から師匠が離脱。何処かへ去っていく。だが、ソロは猫パンチを代償に得た話の取っ掛かりを逃すまい、と食い下がる。

 自分は凄腕の盗人。

 この開放的な空間で一丁決める。

 何でも盗める男なのだ。女性のハートぐらい盗んで見せるさ、と。

 めちゃモテぬすっとの技、魅せちゃうぞ、っと。


     〇


 夜も更け、アイデンティティを失ったただのボンボンが手配してくれた高級宿、その玄関口で今なお燃え盛るソアレが仁王立ちで待ち構えていた。

 あの浮かれたお調子者を必ず成敗する。

 成敗するまで一睡もしない。

 その眼は高潔な覚悟に満ち満ちていた。

「なあ、オレが勝ったら肩の上の猫をくれ」

「別に構わぬが、いだだだ……も、申し訳ありませぬ、スティラ殿。ご安心召されよ。某、こう見えてボードゲームには少々自信がありますゆえ」

 ちなみにヴァイス、シュッツ(の肩に乗るスティラ)の両名はエントランスの休憩所でソアレを見物しながらチェスに興じていた。

 麻雀と同じくアスールで大人気のボードゲームであるチェス。王とか女王とか、騎士やなんちゃらの駒を使って戦う知的な遊戯である。

 もしかしたら別世界に同じような遊戯があるかもしれない。

 もしかしたら。

「むぅ、存外、筋のよい手を」

「こんなの勘だ」

「おい、シュッツ。負けたら許さんぞ」

「しょ、承知」

 そんな感じで暇をつぶしていると――

「いらっしゃいませ……せ⁉」

 百戦錬磨のボーイが驚き、眼を剥くほどにボロボロとなったソロが宿にやってきた。その足取り、とぼとぼと今にも消え入りそうである。

 さすがのソアレも、

「……」

 怒りが鎮火するほどの有様。

「な、言ったろ」

「む?」

「お調子者なだけのあいつはただのあほだからモテるわけねーって」

「……そのようであるなぁ」

「いい気味じゃのぉ」

 しゅん、と肩を落とすションボリソロ。なんと哀愁漂う姿であろうか。たぶん彼氏持ちにでも声をかけ、彼女と同じく日焼けしたウェイに恫喝、絡まれ、もみ合いになったのだろう。襟元が伸びに伸びている。

 悲惨、あまりにも哀れ。

「だ、大丈夫? 怪我してない?」

 怒り狂っていたはずのソアレが心配するほど可哀そうに見えた。

「うん。最終的には魔法で失神させたから」

「それはやり過ぎよ」

「ごめんね」

「……その、ご飯食べる? おごるわよ」

「ありがとね。非モテでごめんね」

「……げ、元気出して、ね」

「ありがと、ごめんね」

 ソアレが肩を貸してあげねば倒れそうなほど、憔悴した様子のソロ。魔剣トロール君もあまりにも悲惨な光景の連続に、とうの昔に心を閉ざしていた。

 何度もアタックした。

 何度も砕けた。

 それでも足掻き、藻掻き、最終的に理解させられる。

「俺、真っ当に生きるよ」

「……ちょ、調子狂うわね」

 モテ期など幻想であった、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る