第49話:騎士ムスちゃんだよっ

「上上下下左右左右、で、これを同時押しっと」

 ポツンと一軒家の扉、其処に仕込まれていた隠しボタンで、隠しコマンドを打ち込むと、その扉は外とは別の場所に接続される。

 その先に試練が待ち受けていると言うが――

「これ、いちいち押さないといけないの?」

「試練を突破するまではの。先に言っておくが今回も一日で突破できるものではない。そして第三段階は一日九十分、人間の集中力の持続時間だけしか出来ぬ」

「半日ぐらいなら続けてもいいっすよ、師匠」

「駄目じゃ」

「なんでさ?」

「試練を授ける方も暇ではないのだ。ごちゃごちゃ言わずに、この時間集中して試練へ向かうことじゃ。何度も言うが楽ではないぞ」

「ルーナはどれだけでクリアした?」

「半年ぐらいかの」

「……え?」

「だから言うとるじゃろ、楽ではない、と」

 扉を潜ると、其処には円筒形の、まるで塔の中のような構造の建物に繋がっていた。ただ、外壁には至る所に扉があり、そのくせ大半の扉の前には階段が接続されていなかった。と言うか、ソロたちが出てきた場所にも階段がない。

 降りることも登ることも出来ずに立ち往生。

「あの、師匠」

「焦るでないわたわけ」

 猫師匠があわてんぼうに叱責し、扉の前で待つこと十秒ほど。

 少し上層の扉に向けて、壁の飾りと思っていた石が勝手に動き出し、足場に、階段になって二つの扉を接続した。

「おっしゃれ~」

「そうじゃろう、そうじゃろう」

 得意げな猫師匠。ソロも妹分の譲りのヨイショを見せる。

 このデブ猫がヨイショに弱いのは学習済みである。かつて狼であった男は円滑な生き方を、技術を習得したことで牙を抜かれ逃げることを覚え、癖になった。

 そして今、逃げ癖に加え妹分から受け継いだヨイショが輝く。

 逃げ癖、ゴマすり、この男は何処へ向かっているのだろうか――

 階段を上り、一人と一匹は別の扉を潜る。

 其処には、

「はえ~、なんかお金持ちのお庭って感じ~」

 花々が咲き誇る庭が広がっていた。ただし、豪奢な建物の中であり、天井は光を取り込むためかガラス張りとなっている。

「全部造花じゃ。あれはあまり生ものを好かんからのぉ」

「そうなんすか?」

「そうなんす」

 そしてその奥には、

「で、あれは何?」

「騎士ムスちゃんじゃ」

「ん?」

「騎士ムスちゃん。一応設定上は女の子じゃな」

「だとしたらデカ過ぎん?」

 シュッツがガ級の鉄魔法を使った状態よりさらに一回り大きな全身を覆う鎧姿の騎士が鎮座していた。正座で、まるでソロたちを待っていたように思える。

「あれが試練其の三」

「倒せっての!? 無理無理、素手だもん!」

「ギガ・シュタール・クシポロンヒ」

 騎士ムスちゃんから声がして、突然地面から何十、何百の鋼鉄製の武器が生えてきた。まるで庭に咲く、草花のように何もないところから。

「今ギガって言った! 聞こえたもん! 無理無理!」

「倒す必要はない。ただ出し抜けばよい」

「出し抜く……?」

 じっとソロは騎士ムスちゃんを眺める。えげつない達人オーラが出ている。先ほどギガ級の魔法を唱えていたし、何か下手するとルーナより強そうに見える。

 ソロもこれでなかなか人生経験豊富、相手の戦力を推し量るのは苦手ではない。ルーナに憧れたのも、フェルニグがトラウマになるほど恐れたのも、どちらも相手の戦力をある程度把握できてしまったせい、とも言える。

「無理だな、うん」

「逃げ癖出とるぞ」

「キチンと向き合って、冷静に考えこんだ結果の逃げは許されるんす」

「ほーか。じゃが、逃げてもよいのか?」

 猫師匠がぷにっとした肉球で指し示す先には――

『タスケテ タスケテ』

「あっ」

 騎士ムスちゃんの背後、ご丁寧に用意された台座に突き立つは、ソロの愛剣であり、相棒の聖剣セイン・トロールこと、トロ助であった。

 お久しぶりの再会。

 が、

「大事な剣なのじゃろう? ほれ、さっさと試練を」

「あ、いっす」

「……ん?」

「普通に逃げるっす」

 ソロ、普通に逃げるっしょ、というキョトンとした表情で小首を傾げた。

『オィィイイイイイイイイイイイイッ!』

 トロの絶叫が迸る。さすが御年三百歳、何処か古風さすら感じるツッコミであった。あまりにも懐かしい、平成の香りがする。

「……四の五の言っとらんでさっさとやれィ! わしが噛み殺してやろうか?」

「師匠、こわぁい。ストレスで太っちゃうよ?」

「あの剣を抜けば勝ち。あと、わしの裁量で今扉を消した。九十分、逃げ場なしじゃ。存分に騎士ムスちゃんと戯れよ」

「ちょっとした冗談じゃん。怒り過ぎだってぇ」

 騎士ムスちゃんを倒すのはちょっとどころかかなり大変そうである。ただ、猫師匠の言う通り騎士ムスちゃんを出し抜き、剣を台座から引き抜くだけなら何とかなる。自分は凄腕(自称)のぬすっとである。

 要は――

(あのデカブツからトロ助を盗めばいいんだろ? それなら、何とかなる)

 これは盗み。それならば勝ち目はある。

(足には自信があるんだよ。しかも今は魔法も――)

 あの図体、機動力ならば魔法を体得し、しかも言葉も解禁された自分の方が――

「参ります」

「へ?」

 ドン、重厚な鎧の騎士が、跳ねた。軽く、まるで痩身で、軽装な武人の如し軽快な動き出し。頭が、あまりの想定違いに混乱する。

 そのまま、

「ごべ!?」

 騎士ムスちゃんの大矛、前進の加速を乗せた突きがソロを撃ち抜く。

(あ、死んだ)

『あ、死んだ』

 受けた本人、見ていた無機物もソロの死を確信。多分体に大穴が開いている。粉々に砕けていても驚かない。

 しかし、

「……あれ?」

 ソロは生きていた。確かにあの巨体から放たれた突きを、あの速度の突きをまともに受けた。どう考えても即死である。

 受け身がどうこうの世界ではない。

「伝え忘れておったが、此処では自身に受けるダメージが百分の一となる特殊な空間じゃ。まあ、体験した方が手っ取り早かったじゃろう。うむうむ」

 わしは悪くない、と猫師匠の言い訳。

 ただ、言い分は真っ当である。言葉で説明されてもわからなかったが、今ほどぶっ飛ばされなければ真の意味でも理解には至らなかった。

 何せ、

(……いや、生きてるのは不思議だし、思ったより痛くはねえけど、普通に腹痛いよ? これの百倍って言ったら、やっぱ楽々死んでるわ)

 軽減されていると知らなかったから生存の喜びが勝ったが、冷静になるとお腹が痛い。こんなの何回も食らいたくない。

「メガ・シュタール・クシポロンヒ」

「ちょ!?」

 大矛二刀流、言葉が大きく間違っていそうだが細かいことはどうでもいい。だって、二つの手が大矛を握っていると思えば、新たに生えてきた鉄の腕が三つ、四つと伸び、大剣を掴み、握りしめていたのだから。

 騎士ムスちゃん、殺意しかない。

「ほれほれ、あれはガンガン来るぞ~」

「ぐっ!」

 ソロは地面から伸びた剣を引き抜き、

『浮気者~!』

 トロのくだらない叫びは無視しながら集中する。多分この百分の一、試練を受ける者のためにあるのではない。試練を授ける者が加減をするのが面倒だから、自分が全力で戦える環境を設定してあるだけなのだろう。

「ブリッツ・ソード!」

 雷の剣を握りしめ、立ち向かうは騎士ムスちゃん。

「にゃっにゃっにゃっ」

 腹を抱えて笑うデブ猫師匠。

『ヘルプミー!』

 人質ならぬ剣質のトロ。

「ひぃ!? ば、化け物ォォォオオ!」

 これまでとは違い王道中の王道、勝つまで終わりません、試練其の三が始まる。

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