第30話:天神降臨
夜空の果てが白み始めた。
夜明けが来る。
だけど、
「……」
ソロは仲間をすべて失いたった一人。別に長い付き合いだったわけではない。ヴァイスとは通算それなりの付き合いではあったが、その頃もべたべたとしていたわけではなくお互い暇を持て余した時に酒や煙草に興じていたぐらい。シュッツはあの村以降の付き合い、ソアレはさらに短くアンドレイア王国から。
仲良しだったか、と言われるとどうなのだろうか。
気が合うか、それもよくわからない。
「……」
ソロは地面に寝そべり、腕で目を覆いながら考えこむ。ショックを受けるほどの関係性か、と。そもそも自分はいつからそんなに弱くなった、と。
ずっと一人だった。
物心ついた時から親兄弟なし、友達もなし。
だから――
「……ふー」
大きく息を吐いた後、ソロは身軽に、軽快に立ち上がる。
何でもない、そう見せつけるように。
「うし、とりあえず地下が埋まる前にお姫様の回収に行くかぁ」
『オイラにゃわからんけど、たぶん天使は嘘つかんぞ。あ、真っ当なのね』
クリファが浮かび、すぐさまトロは補足した。
「まあこのまま薄気味悪い木の下でってのも可哀そうだろ」
『そういうもん?』
「たぶんな」
もう、いつものソロである。さすがにへらへらと笑っているわけではないが、仲間の死に、たった一人の孤独に押し潰されそうな気配はなかった。
それがどぶ底育ちの強さであり、哀しいところなのかもしれない。
ずっと嘆き悲しむことが出来ないのだ。
それが許されない環境であったから――
「これから君はどうするんだい?」
地下へ赴こうとするソロの背にアラムが声をかける。
「いやぁ、俺が聞きたいんだけど……そうだよなぁ、俺が考えなきゃなんだよなぁ。そりゃあそうだ。ま、お姫様回収しながら考えるよ」
立ち直る速さ、そして眼に浮かぶ強い光。
一人になり、誰にも頼らなく、頼れなくなったことで、路地裏でただ一人君臨していた頃の光と影が戻ってきた。
あの頃よりも、より強く。
ゆえに、
(……本当は、このままの方がいいんじゃないか?)
アラムは少し迷っていた。この提案をすることを。無論、今の自分はもはや翅無し、天使の残滓すらも手放した以上、そもそも論理すら破綻している可能性はある。
だが、一つだけあるのだ。
この蒼の大地アスールでは唯一、アラムのみが知る『真実』と引き換えならば、奇跡を願うことが――
提案すれば一も二もなく彼は飲む。
だけど、ひとりぼっちの力強さを、先ほど見せた力強く輝いた可能性からは大きく遠ざかる気がした。
彼はきっと一人の方が――
「また仲間を探すのかい?」
「それはない」
きっぱりと断言するソロの背中に滲むのは、
「……そうか」
痛み。苦しみ。悲しみ。
それが彼をさらに強くする。
そしてそれらはかつての彼には、ひとりぼっちの彼にはなかったもの。
ならば――
「仲間を救う方法があるかもしれない」
きっと、一人に戻るのはまだ早い。
アラムは自分にそう言い聞かせた。決して自分が見出した子どもが苦しんでいる様を見たくない。嘆き悲しむ様を見たくない。
そんな私心ではないのだと。
「……マジ?」
簡単には信じないぞ、でも一応聞くね、と警戒心満々のソロ。とは言えすでに目の感じがへにゃっとしている。
ちょっと間違えちゃったかな、とアラムが思うほどに。
「……君が本気で私の指示に従えるのなら」
でも一度口に出しちゃったから――
「従う従う! 何でもしちゃうぜ、なあトロ助!」
『オイラはオイラが損をすることはやりたくないぜ』
「……何でもやるってさ」
「私にもトロールの声は一応聞こえているよ。でも、大丈夫。必要なのはソロだけだ。そして大事なことは心の底から……よいしょすることだ!」
「『よいしょ?』」
「全力でごまを擦るとも言う」
「……誰に?」
「無論、我らが万物の母、偉大なる創造主であり、地平線よりも広い心と、あの天に輝ける太陽よりも神々しい御方、女神クレエ・ファム様に、だ」
「今、太陽まだ出てないよ?」
太陽不在の空をソロは指差す。
「出た体で」
「……俺、信仰心が、その」
「今だけだから! 今だけめっちゃ信仰して、お願い! 一応勝算はあるんだよ。とても珍しいことに。でも、あの御方凄く気分屋だから!」
「……そんなんでいいの?」
「いい。形だけ、大事」
「……なら、いいけど」
背に腹は代えられない、とソロは承諾する。
それを見てアラムはホッとする。女神は自分に噛みついてくる相手は好きだが、それはそれとして願いを通したければ頭を下げるのが必須。
気難しいのだ、色々と。
「心を込めて、私の所作を真似るように」
「へーい」
「心込めてね! もうないから、こんな機会!」
「うっす」
「……大丈夫かなぁ」
そもそも今の自分の祈りも届くのかは未知数。翅を失った自分を女神はどう見るのか。それはアラムにもわからない。
だけど、
「天に輝けし我らが母よ。我ら矮小なる子の小さき声を聞き給え」
今は三百年前まで隣に立っていた自分を一応認めてくれている、それに懸けるしかなかった。さっきも一応ね、会話できていたし。
あとはもう全力で祈るのみ。
両の手で円を作り、天へと掲げる。
ソロもそれを真似した。何処となくぎこちないのはご愛敬。生まれてこの方、女神へ祈ったことなどないのだから仕方がないのだ。
「全知全能、才色兼備、歩く姿は百花繚乱!」
全力でよいしょせよ。
「溢れる美貌、迸る深謀遠慮、存在そのものが奇跡! 腹筋石畳! 両肩に世界乗っけてんのかい!」
「……え?」
「ハムケツ絞れてる!」
「何言ってんだ、この人」
『……元々脳味噌筋肉なんだろ、知らんけど』
たぶんよいしょ苦手なんだろうなぁ、とソロは傍で見て思う。ちょっと期待できないから自分はやめて地下のソアレを回収しに、と考えた矢先、
「もうやめなさい、アラム」
天が裂けた。
「へ?」
『うげ、マジで来るのか』
夜明け、朝日が夜空を焼く、その時に、
「あなた、三百年経っても変わらなかったわね。危機感持った方がいいわよ」
天の裂け目から朝焼けと共に、
「ご無沙汰しております、我が主」
「ふふ、こうして対面するのは確かに久しぶりね」
女神クレエ・ファム、降臨。
黄金の髪、虹色の眼、ヴァイスがぶん回していた十字架の元となった杖兼剣を片手に、天より降り立つのだから疑問の余地などない。
一目でわかる。神の存在を疑っていたソロでも、
「我、神也」
これが神なのだと。
でも、
「腹筋、石畳どころか割れてもないぞ」
腹筋は割れていない。当然ハムケツも絞れていない。
むしろ、
『絞れているどころか前よりもぽちゃって――』
ちょっと肉感的過ぎる気も――
「シャラップ。スクラップにするわよ、聖剣セイン・トロールくん」
『ひ、ひえ、以前よりも、お美しくなられたようで。よござんす』
「よろしい。自ら与えられた名を変えるほどに自我を獲得したことは認めましょう。ただし、軽口は身を滅ぼすと知りなさい」
『へえ、おっしゃる通りで』
トロ、その後一切沈黙を貫く。それほどに恐れていた。いやまあ、そりゃあそうなのだ。天を割り、突如舞い降りてくるような存在である。
万物の母、全知全能の女神様なのだ。
畏怖せぬ方が間違っている。
一瞬、ソロは女神と目が合う。僅かな邂逅、ソロはどういう表情をしていたのだろうか。それに対し、女神はどう感じたのだろうか。
それは神のみぞ知る。
ただ、
「で、何用かしら?」
女神は問いかける。
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