第29話:輝け!

 速さとは力。

 誰も目視が出来ぬほどの速さで財布をかすめ取る。凝視しているのにイカサマを看破出来ない。そういう速さを持つ者が、その速さを相手の打倒に使う。

 するとどうなるか――

「ぶ、が、ご、あぎ⁉」

 こうなる。

(み、見え、ない⁉ この左手は駄目だ。見た目もアシメながらスペシャルだが、その速さと重さはもう……筆舌尽くし難い!)

 左手一本での連打。あまりにも速い、速過ぎる。

 クリファは一旦後退を選ぶ。下等な人間相手に不愉快な選択肢だが、この不可解な速さを、その理由を暴かねばならない。

 まさか種も仕掛けもなく、天使である己の眼を謀れるなどは思わない。

 恥を捨てた後退に対し、

「プロクゥ・ファング!」

 ソロは魔法を唱えながらその距離を詰める。逃げるのとは違い、追いかけるための前へ詰める動きは得手ではない。

 が、今の状態なら関係がない。

 圧倒的速度有利。

 そして、炎をまとった両腕で、

「は、早過ぎる⁉」

「喰らえ!」

 ぶん殴る。

 技術もクソもない喧嘩殺法。腕を振り回す輩の打撃。きちんと訓練を受けた人間の教科書にはない。無論、きちんと闘法が確立された天使にもない。

 獣と紙一重、叫ぶように力ずくで拳を叩き込む。

「……よかろう。認めてやる。たかが人間も、主の御力により生まれた魔剣を握れば、それだけの力を、速さを得ると言うことを」

「四の五の言ってんじゃ――」

「六枚だ。光栄に思え」

 片翅とは言え元最強の天使、『天界大将』アラム・アステール・ウドゥをほぼ完全に上回った状態。身体への負荷は大きいが、今は勘違いした下等生物への教育、殲滅が優先される。漲る力、迸る神力。

 供給が途切れる前にケリを付けたいのはクリファも同じ。すでにコアを失い、枯れ落ちることは確定している。

 今、残存した力を吸い上げて、自らの翅とする。

 そして、

「千手、千般……ギガ・ドルイド・ゴッドォ!」

 自らが思う神を生む。

 木彫りの、

「パーフェクトな造形、ひれ伏せ人間ン!」

 クリファそのもの。ナルシストここに極まれり。アラムとの戦いでも開帳したが、あの時よりもより精巧に、より大きく作り出した。

 自身の守護神として、自分を作り出す。

「なあ、トロ助」

『おん?』

「言うほどあいつ、イケメンか?」

『雰囲気だけ』

「だよなぁ」

 人間と天使では美的センスが違うのだろうか。それとも人間と天使、そしてクリファでは違うのだろうか。おそらく後者、独特な感性をしていた。

「千の手に千の武器、これぞギガ級、人間には到底届かぬ至高の領域ィ!」

「届いていた奴ならいたさ」

「ハァ? ありえぬよ、下等な人間風情に」

 ソロはあの日見た景色を脳裏に浮かべる。自分の常識が崩れた日、今までもヴァイスのような少し外れた力を持った人間を見たことはあったが、あれほどの衝撃はなかった。自分の眼をしても、動きを追うので精一杯。

 怪物と怪物同士の戦いだった。

 自分にとっての力の象徴があの景色。

「ラァァァッシュゥ!」

 クリファの号令と共に放たれた無数の手による猛攻。

「……どれだけ手があっても意味ないだろ、タイマンじゃ」

 ソロがツッコんだ通り、ソロ一人に手がどれだけ沢山あろうと、あれが細腕であればまだしも立派なサイズでは、正面での打ち合いとすれば多くても四、五本が限度。となると割と普通の打ち合いとなってしまう。

 ソロの方が速く、対処も楽々間に合う。

「ぐ、ぬ。小賢しいッ」

「天使ってのは馬鹿なのか?」

『ひっひ、かもな』

 だが、

『でも、付き合ってらんねえぜ』

「時間制限だろ? わかってる」

 本人にそのつもりはなくともこんなのに付き合っていてはすぐ時間切れになってしまう。それゆえにソロは優勢であっても後退し、間合いを作った。

「ふぅー……イメージ、イ、メージ」

 魔法は想像力らしい。シュッツがそんなことを言っていたような気がする。自分の積み重ねには自信がない。所詮は付け焼刃、それでもやるしかない。

 なら、やる。

 全力でイメージする。

 裏技で得た力、限界を超えた今、限界の先にあるものをイメージする。

 背中越し、見えるは――

「ちっ」

 力のイメージ。強く、色濃く、自分に刻まれたそれ。

 黒き龍。

 かのドラゴンが放つ全てを寄せ付けぬ劫火を想像する。

 それに伴い、

「……また形が変わった。ふふ、懐かしい面構えじゃないか」

 アラムは微笑む。懐かしき敵の姿が見えた。かつては自分の方が強かったが、それでもあの燃え盛る闘志には一定の敬意があった。

 何よりも――

「君も当然、気づいただろう? これもまた、因果だ」

 狼の中に龍が混じる。黒き龍、その姿を見てクリファは身震いする。天魔の大戦、その折圧倒的な暴力を振るい、天使を食い千切ったドラゴン。

 自分の翅もまた、あの憎きドラゴンに引き裂かれた。

 混じるは、

「否、怖れなど、私は抱かない。私は、天に立つ男ぞ!」

 怖れ。

 そんなこと知る由もないソロはただ集中し、より強き姿を追い求めていた。ソアレの獅子の咆哮、あれも凄まじかったが、生憎自分は獅子を見たことがない。

 ならば、獅子と龍を置き換える。

 両の手で、獅子の口腔改め、龍の口腔を形作る。

 その中に、

「ガ・プロク――」

 炎を生む。

 練り上げた炎は手の内で盛り、溢れ出した。

 それを見て、

「……あれが、ガ級だと? 馬鹿な、それにしては規模が、あまりにも――」

 クリファはたじろぐ。

 級位に見合わぬ火勢、それが見て取れたから。

 逃げる。一瞬過ぎる、下等な人間を相手にあってはならぬ選択肢。

 その考えは――


「ドラグニス!」


 その竜炎の火勢により飲み込まれてしまう。

 自分のギガ級、六枚翅で生み出した至高の神が、人間如きの一撃でぶち抜かれてしまった。腹に大穴、しかし皮肉にも威力が強過ぎたことで形が残る。

「げげ、範囲を絞り過ぎたか」

『意外と生木は燃えねえもんだぜ』

「そんぐらい知ってるわい! 何年浮浪児してたと思ってんだよ」

『知らんがな』

 気合の乗った一撃は相手を貫いた。が、継戦は可能なように見えた。手落ちだ、とソロは歯噛みするが、その一撃が与えた影響は、

「ふ、ふ、ふ、ふ」

 彼が想像するよりも大きかった。

 クリファの中で明確な、怖れを刻み込んだのだ。

「あ、ありえな、ぃぃぃいいいいいい!」

 それを振り払うように、無数の腕を伸ばし、今度は包囲するように攻撃を繰り出した。距離を詰めさせてもいけない。しかし与えすぎてもダメ。

 近づけさせず、さりとて離れず――半端な攻撃である。

『相棒』

「こんなもんに捕まるほど、柔な環境で生きてねえよ!」

 それをかわす。

 かわす。

 かわして、さらにかわす、潜り抜ける。

 あの歪な鎧姿でも関係なし、今更クリファは思い出す。あの脆弱な体で大樹の自動防衛、それを潜り抜けていた姿を。

 身軽、俊敏、何よりも、上下左右を上手く使った立体的な動きが、狭所を巧みに利用し、見えぬ隙間を易々通り抜けていく機動力が、

「……なんでェ」

 クリファを追い詰める。

 戦況的に、それ以上に心を――

「八マァァァァアアアアイ!」

 追い詰められた心がクリファにその選択肢を取らせた。死に瀕したカース・オークからさらに吸い上げ、膨れ上がった姿はどう見てもアンバランスである。

 が、一応シンメトリーは維持。

「無敵! 究極無双のォォォオ、アウターマッスォォォル!」

 筋骨隆々、膨張した肉体で相手を迎え撃つ。

 アラムすら反応すら許さなかった最強の形態。究極の暴力、人間如きが対処できるわけがない。無理を通して、道理を蹴っ飛ばす。

 抱いた怖れごと、敵を打ち砕く。

「よ、久しぶり」

 包囲殲滅攻撃すら潜り抜け、今一度己の前に立ったソロ。許し難い、とクリファは怒りと共に拳を振るう。

 筋肉とはパワー。

 パワーはスピードも生む。

 フィジカルこそが大正――

「……?」

 だのに、拳が当たらない。当たらないどころか、全部上手くカウンターを差し込まれ、ただ一方的に殴られているだけ。

 割に合わない。理解が及ばない。

 どうして、

「ゴ、ヴァアアアアアアアアアアアアアア⁉」

「うげ、汚」

 一方的に殴り返され、自分だけ傷つき、肉体の限界も来て血と魔力を吐き出してしまう。こんなのあんまりだ、酷過ぎる。

 どうして自分がこんな目に合わないといけないのか。

 理解できない。

「どうして、邪魔するんだよぉ? 私はただ、ただ、永遠を取り戻したいだけなんだ。奪われただけの、被害者じゃないかぁ」

 だから、そんな言葉を吐くことが出来る。

「……どうして、か」

 この聖都に住んでいた数千、一万近くの人を殺し、自らの糧とした存在が言い放った言葉は、ソロにとって衝撃であった。

 怒りを通り越して哀しくなる。

「終わらせるぞ」

『あいよ』

 天使だから、魔物だから、そういう考えは持ちたくない。だけど、それでも目の前の存在は此処で散った数多の命をカウントすらしていない。

 自分が奪われたように、奪い去っておいてこれが言えるのだ。

 ならばもう、言葉に意味はない。

「……私を、天である私をォ、奪う気かァ? 殺す気かァ? 不敬、不敬不敬不敬不敬ィィィイイイ! 許さん、認めん。だから、寄越せ、私に、全部ゥ!」

 十枚翅、とうとうシンメトリーすら手放した化け物が其処に生まれる。天が震える。もはや原型すらなく、『魔樹』のクリファは自らの器を超えた力を手にした。

「エイ、エ、ン」

 勝利した先に何も残らぬ、虚しき巨大な化け物。

 それに対し、

『行けるか?』

「イメージはあるさ。ずっとな」

 ソロは天に左手を掲げる。

 イメージするのは自分が知る限り最高の勇者。彼女ならどうするか、そればかり考える。未だ考えは遠く及ばない。裏技を用いてなお、追いついた気もしない。

 だけど、少しでも近づける。

 勇者になるはずだった女、ルーナ・アンドレイアに――

「ギィガァ」

 左手が輝き始める。

「ブゥリッツゥ」

 黄金の雷が聖都を照らす。夜を消し飛ばすような、爆発的な黄金。

 煌めき、さらに高まる。

 追いかけるはあの背中、眼はいいのだ。自分は見た、あの天才の一挙手一投足を、神出鬼没で、ちょっと怖くて、どこか寂しそうな――

 ソロは輝きを手に、走り出す。

 もう、寄り道は要らない。逃げる必要もない。

 ただひたすら真っすぐに突っ込む。

「エイ、エェェェェェェエエエエン」

 クリファであったモノは巨大化した身体に搭載された拳を、さらに膨張させ真正面から突っ込んできたソロへと振るう。

 質量もまた力。

 圧殺する。

 だが、

「イン、パクトォォォォオオオオ!」

 ソロの必殺もまた凄まじい輝きと共に、その巨大な質量を持った手と正面衝突して見せた。聖都を、大地を、天をも揺るがす衝突。

 その煌めきは千里を越える。


     ○


 世界がその輝きを見た。

「シュラ様、あれは」

「ほう」

 剣士はその光に微笑む。

「お嬢、あれ」

「まあ」

 英雄を目指す者たちはそれに驚愕する。

「陛下」

「……」

 世界中が、見た。


     ○


 全部出す。

 もう、何も残さない。

 だから、もっと輝け。あの日、自分を守るために散った輝きの分も。

 今日、絶望と共に散った者たちの分も。

 誰かのために命を散らせた者たちの分も。

 意地を通すために抗った者たちの分も。

 全部。


『「輝けェェェエエエエエエ!」』


 力と共に声も絞り出して叫ぶ。

 そして――

「かえ、して」

 黄金の左腕が全てをぶち抜いた。相手の胸、真ん中を真正面から貫き、替えのない心臓を完全に殴り潰す。

 黄金の輝きが、

「しにたく、な、ぃ」

 その命を奪う。

 今度こそ『魔樹』のクリファを打ち倒した。崩れ落ちるクリファであったモノ、最後の一撃を前に、格付けは済んでいた。

 自らの矜持を捨て、そして意思を手放した。その時点で彼は命と、生きることと向き合うことをやめたのだ。

 結局、死への恐怖に彼は圧し潰されただけ。

 だから、

「お疲れ様。見事だったよ」

「……どーも」

 ソロの貌に笑顔はない。アラムの労いもあまり響いていない模様。

 虚しさだけが漂う。

 時間切れか、それともエネルギー切れか、いつの間にか鎧姿も解除され、トロは普段の定位置に戻っていた。

 一度きりの裏技は今、終わりを迎えたのだ。

「んじゃ、俺は急いで迎えに――」

「先ほどまではカース・オークそのものの力があったから、地下を見通すことが出来なかった。でも、今は違う。樹は死に、視界を遮るものは、ない」

「……だから?」

「もう、地下には誰もいないよ。生存者は、誰も」

「……」

 ソロはため息をつき、髪をかき、毟り、

「……意味、ねー」

 膝を崩し、倒れ込む。

「……また、ひとりかぁ」

 まるで――敗者のように。

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