第21話:災いはいつも突然に

「ぷはぁ」

「美味」

 ソロは吟遊詩人の案内で聖都の内側に存在する隠れた酒場に足を運んでいた。発見されたら一発アウトゆえ、かなり入り組んだ小道の先にあり見つけるのは難しい。ソロでさえ見つけられたか、と考えこむほどには。

 客層は宗教都市ゆえ当然であるが牧師やシスターばかり。

 どいつもこいつも何だかんだ好きものである。

「いやぁ、聖なる場所で飲む酒ってのは格別だな」

「背徳感を一つまみ、だねえ」

 仲良く酒を酌み交わしているが、この二人以前少しニアミスした程度の関係性でしかない。それでも酒は人を繋ぐのだ。

 ビバ、お酒。

「今日も歌うのか?」

「んー、今日はそういう気分ではないかな」

「吟遊詩人でもそういうのあるんだな」

「もちろんさ。気が向かない日は唄わずに酒を嗜む。自由を謳歌してこその旅だよ、君。君は違うのかい?」

「おん? あー……そういう旅ではない、かな? いやまあ、どういう旅なのか正直よくわかってないって言うか……たまに思うよ、俺何してんだろって」

「ほほう。迷いがあるのだね」

「あるね。迷いまくりだ」

 自信満々に迷いがある、と言い切ったソロを見つめ、吟遊詩人は微笑みながらじっと彼の眼を見つめる。

「なら、そんな旅はやめてもいいんじゃないか?」

 その深奥を覗き見るように――

 それに対しソロは、

「でも、やることないからさ、俺」

 苦笑しながらそう答えた。

 その貌に、

「ふむ……なるほど。人生色々、だね」

 吟遊詩人はくすくすと微笑み、何故か納得したような表情となる。

「何の話だよ」

 ソロは意味がわからずにツッコミを入れる。

「苦みは味わい深い。何事もね。笑みも、そしてお酒もそう。奥行きが出る」

「……酒の方は同感だ」

「では、かつての君に、今は亡きひとりぼっちの王様に、乾杯」

「……? よくわかんないけど、乾杯」

 よくわからないけど乾杯のコールには乾杯で返すのが酒飲みのルールである。頭の中は疑問符しか浮かんでいないが、まあそれも酒で流し込めばいい。

 此処は酒場なのだから。

 とりあえず酒飲みかわし、よくわからない流れはザーッと終わらせる。底が見えたらおかわり、またぐびぐび飲んで、底か見えたらおかわり。

 それを幾度か続けた辺りで――

「……っ」

 突如吟遊詩人の手が止まる。

 年齢不詳、性別不詳、その他諸々不詳なミステリアスな吟遊詩人も酒の強さは自分の方が上だったのか、とソロは得意げになる。

 酒飲みあるある。飲酒量が上の方が強い。

 悪習である。

「ん、どうした? もうギブか? 代わりに飲むぜ、俺。ってか飲ましてくれ」

「いや、奇縁は重なるものだ、と思ってね」

 ただ、よく見ると酔っているようには見えない。

 声色もはっきりしている。

「おん?」

「少し酒は控えた方がいい。そして、いや、さて、どうしたものか」

「……酔ってんなぁ。そっちこそ控えた方がいいぞ」

「これは私のエゴだな。私は君に逃げろと言うべきなのに……あの時感じた予感に、苦みを知り深みを得た君に……この試練に向き合って欲しいと思う」

「試練?」

「……君ひとりなら逃げられる。が、全員は逃げられない」

「……おい。何の話――」

「来る」

 哀し気に吟遊詩人が微笑んだ瞬間、

「え?」

 景色が、一変する。


     ○


「なあ、ばば……マイカ司教」

「まったく、いつまで経っても粗忽なままで……なんですか?」

 先ほどまでシュッツもこの部屋にいたが、巡礼札の発行などのやり取りを終えて退出していた。それまで同席しつつも沈黙を保ってきたヴァイスであったが、二人のやり取りを聞き少し気になったので口を開いた。

「とっつぁんと知り合いなのか?」

「とっつ……シュッツのことですか?」

「たぶんそんな名前だったと思う」

「あなたという人は……シュッツは今でこそ役無し、どころか国を追われた騎士ですが、あれで存外それなりの人物だったのですよ。誰ですか、そんな呼び方をあなたに教えた者は。あなた一人なら愛称すら使わないでしょうし」

「あー……昔の、知り合い」

「知り合い? ああ、あなたを人間にしてくれたって言う」

「そ、そんなこと言ってねえ、いや、言ってない、です」

「照れなさんな」

「照れてもねえ! ねえです!」

 表情をころころと変える自分の弟子の姿にマイカは苦笑する。まず、普段何があろうと、誰に怒られようと平然としている人間が、話を振られただけでこのザマでは「そうです」と言っているようなもの。

「あの黒髪の子ですね」

「だから、違うって!」

「愛嬌はあるけど人相が少し……ご職業は?」

「……ぬすっと」

「……ん?」

「スリ師」

「……そう言えば喧嘩屋でしたね、あなたも」

「おう」

「……ハァ」

 喧嘩屋時代の知り合いと言えば真っ当な職業ではないのは自明であったが、まさかシュッツやソアレとの旅に同行しているのがぬすっととは。

 あの男はどういうつもりなのか、とマイカは頭を抱える。

「って言うかあいつはどうでもいいだろ。オレはババアととっつぁんの関係性を聞きたいんだよ」

「何故聞きたいの?」

「ん? あれ、なんでだ?」

「普段考えも、疑問も持たないあなたが珍しい」

「……なんか、仲良さそうだった、から?」

 自分で言っていて、やはり疑問符を浮かべるヴァイス。首をあっちにこっちにかしげる姿を見て、やはりマイカは笑みを深めてしまう。

「ただの腐れ縁ですよ。幼馴染です」

「ババアにも幼い頃があったのか?」

「あるに決まっているでしょうに。あなたと同じですよ」

「確かに、オレも昔はチビだったな。ソロはチビのままだったけど」

「たぶんあっちも伸びてはいますよ。あなたが伸び過ぎなだけで」

「そうか? 昔のままだろ、たぶん」

 なお、ソロもそこそこは伸びている。

「ま、あなたと同じです」

「それはさっきも聞いた」

「関係性の話ですよ。幼い頃からの腐れ縁なのでしょう?」

「……あっ」

 仲良しに見えた二人と同じ。

 師の言葉を聞き、

「そっか」

 小さく笑みを浮かべるヴァイス。それを見て彼女を拾った師匠であり、現在は親代わりのマイカは「ふぅん」とにやにやする。

「あとで少しお話してみましょうか、あの黒髪の子とも」

「やめとけ。オレより下品だぞ」

「……なら、折角ですし指導いたしましょう。大事な弟子の――」

 話の途中、突如視界が、足場が揺れ始める。

「……なんだ?」

「……これは、いったい」

 何かが起きている。

 揺れは強まり、

「ヴァイス!」

「っ⁉」

 地面が、隆起する。


     ○


「まったく、あの男は。此処は聖都で、この私が案内してあげていたと言うのに、こともあろうにあんな怪しげな吟遊詩人について行って……許せない!」

 ぷりぷりと怒るソアレは大聖堂の方へ足を向けていた。

 あの部屋に戻ってシュッツと合流する。ついでにマイカ司教へ秘密裏に運営している酒場があると告げ口し、ほいほいついて行った男を困らせてやろう、と思った。

「そもそもあの男は私が高貴で、やんごとなき生まれだってわかっているのかしら? どうにも扱いが軽い気がするわ。社交界だったら死刑よ死刑!」

 そもそも彼女はなぜ怒っているのだろうか。

 もはや彼女自身もわからない。

「シュッツより明らかに扱いが悪いでしょ。そりゃあシュッツはお姉様に役職を譲ったとはいえ、元騎士団長だし凄いわよ。私も尊敬している。でも、私だってアンドレイアの血を継いで、しかも母方もアズゥ家、ド名門よド名門!」

 怒りのあまり蒼炎がこぼれそうになってしまう。

「少なくとも一介のシスターよりは上のはず。でも、扱いは下よね、あの感じは。そう、其処がおかしいの。やはり教育すべきね。シュッツに提案してみましょう!」

 学がないから、常識がないから、いまいち自分の凄さが伝わらないのだ、と勝手に納得し、シュッツを巻き込む悪魔の思い付きをした。

 苦労するのはいつも中間管理職なのだ。

 そして、

「あら、噂をすれば」

 大聖堂へ向かう途中、入り口からシュッツがひょっこり顔を出した。あの体格で意外と動きが細かいのだ。皆の邪魔をしないように気づかい、ああなるのだろう。

 ソアレは手を振り、

「……!」

 シュッツも気づいたのかこちらへやってくる。

 その時、

「……なに? 地震?」

 足場が揺れ始めた。かなり大きい。

 いや、大きいと言うか――

「魔法? 力の流れを、感じる。下から、何かが――」

 地面が隆起し、ツタのようにうねる太い根が幾重にも聖都を裂き、顕現する。

「あっ」

 それらはソアレを囲み、

「ソアレ様!」

 突進し彼女をその囲いから押し出したシュッツを、

「ぐっ!?」

 貫いた。

「シュッツ!」

「御逃げを、ひめ、さま」

 さらに根が幾重にも絡みつき、まるで飲み込むような形で囲み、そのまま圧し潰すように太く、聳える。隙間を、空間を、潰すように。

 そして、その隙間より、血が流れ出る。

「……嘘」

 致死量を、優に超える量の。

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