嘘から出た真~ぬすっと勇者とおしゃべり聖剣の珍道中~
富士田けやき
第1話:剣&ぬすっとのくせに生意気な
誰もがその場に立つまで勇気を持っていた。
故郷を守るため、愛する人を守るため、立ち上がった勇気ある者、彼らは皆勇者であった。様々な思いを胸に――
「……」
この地に集い、人類の敵と対面するまでは。
多種多様な咆哮が耳朶を激しく揺さぶる。多彩な脚が奏でる音は重く大地を揺らし、押し寄せる大小様々な怪物たち、その全てが敵を殺すことに特化していた。
殺意を、戦意を、形作ったような怪物の群れ。
「ひ、怯むな! 戦え!」
魔王軍と世界各国が協力して作り上げた巨大連合軍が衝突した。
数の上では互角以上。
しかし、あまりにも一方的な蹂躙。
「ぁ、ぁぁ」
言葉にならない。
大きく鋭い牙や爪が肉を引き裂き、臓腑をぶちまける。剣を突き立てようにも鉄のような体毛や、鉄よりも堅牢な鱗に阻まれ届かない。
上位種相手では練り上げた魔法も通用しない。
「い、嫌だ、死にたくないぃぃ!」
覚悟がぽきりと折れる。勇者であった者たちは勇気を失い、恥も外聞もなく逃走を開始した。もはや、これは戦場ではない。
ただ、蹂躙されるだけの場。
「身体も弱けりゃ心も弱ェ。実に醜い。所詮女神の作った出来損ない、女神にすがらねえと何も出来ねえ、それが貴様ら人間だァ!」
漆黒のドラゴンが涙を、鼻水を流しながら逃げる兵士の背を襲う。
鋭い爪が、彼の五体を引き裂かんと――
「あ?」
ひと振りの剣がその大きな爪と衝突し、
「……へ?」
兵士の男を守った。
割って入るは、
「人間風情が、俺の、霊長の一撃を……テメエ、何者だァ?」
一人の人間。
「あとは任せよ」
魔王の軍勢を、その威容を見てなお、心折れぬ者。
勇気持つ者。
人々はそのような者を――『勇者』と呼ぶ。
○
「うっしっし」
彼の名はソロ、職業スリ師、ぬすっとである。自称黄金の左手を持つ男、なのだが少し前にやらかしてつい先日シャバに出てきたばかりの前科者なのだ。
闇に溶けるような黒髪、その鋭い眼は闇夜を見通す、わけではなくただ暗くて見えづらいので目を細めているだけである。
そんな彼は今、お調子者全開の笑顔を浮かべスコップを乗せたリヤカーと共にある場所へ向かっていた。
時を遡ること一週間ほど前――
「なんか、かくかくしかじかの村にすっげえ剣があるらしいぞ」
「なに⁉」
「だけど誰にも抜けないんだと」
「それって高く売れるか? 今無一文なんだ」
「そりゃあ売れるんじゃないか? ……あれ、ここの酒代はどうすんだ?」
「よっしゃ!」
とある町の酒場での回想終わり。
女神の祝福を受けた大変稀少で強力な聖剣がクソ田舎、失礼、賭場もないような辺鄙な片田舎の村にあると聞き、ソロは決意したのだ。
そうだ、凄い剣とやらを手に入れて売っ払おう、と。
期せず、三百年前に女神クレエ・ファム率いる軍勢が打ち倒し、闇の世界へ封印した魔王軍がそれを破り、我らが青き大地アスールへの侵攻を開始したばかり。
何やら物凄く強いらしく、最前線はとんでもないことになっているらしいが、一般人であるソロには無関係である。
関係があるとすれば戦争特需で剣の、武器の価値が上がること。
だからシティボーイである彼がわざわざこんな場所までやってきたのだ。全ては一獲千金のため。勝算はある。
彼はとても賢い(自称)なのだ。
(聖剣を引き抜いて、大国の王様に取り立てられ勇者になる。そんで戦場へ、なんて正義馬鹿どもに思いつきもしないだろ。俺の策は――)
深夜、皆が寝静まった村を抜き足差し足忍び足。リヤカーの車輪、軸に油が足りないのかきゅるきゅる言っているが、それはまあご愛敬。
油を買う金がないから仕方がない。
(女神さまの知恵すら上回る、狂気的発想だからな。がっはっは!)
小さな村である。少しばかり歩けば嫌でもそれは見えてきた。
「おおっ」
村の端っこ、見晴らしのいい丘にそれはあった。
確かに酒場でたまたま一緒になって、酒代をおごってくれた(伝票を押し付けてバックレた)男の言った通り、何か凄そうな剣である。
まず何となく神々しい。
それに何処となく気品も感じる。
目玉のような赤い宝石もキュート。小ぶりな緑も高そうで素敵。
あと台座が綺麗。少し重たそうなのは誤算だが、そのためのリヤカーである。なんかおしゃれな文様が彫り込まれているが、芸術のことなどソロにわかるはずもなく、リヤカーで運んだ先でハンマーを叩きつけ破壊する予定であった。
そう、さすがに皆もわかっただろう。
ソロが思いついた狂気的、悪魔的発想とは――
「ふぅ……やるか」
聖剣の刺さった台座を掘り抜き、それを運び出すと言う天才的アイデアであった。その使い古されたアイデアを元に、彼はこの計画を構築していたのだ。
ソロには金がない。
捕まった際に、ぬすっとの持ち金なんだから全部盗品だろ、とクソ警備兵どもに全部没収されてしまったのだ。まあ、確かに全部盗んだものであったが。
だってぬすっとだもの。
生きるためには金が要る。いやまあ盗めばいいのだが、捕まった際に詳細な似顔絵が町中に配られ、周囲から警戒されまくっているのは苦しいところ。別に河岸を変えるか、そんな警戒の中でも盗める自信はあるが、其処はまあお調子者。
一獲千金と言う甘い妄想に囚われている。
明日の生活費、そして肉、魚、酒、そして女。
酒池肉林の夢、それが男を突き動かす。
(ウォォォォォォオオオッ!)
声に出すと村人が起きてしまうかもしれないので、ソロは声に出さず全力で、死に物狂いでスコップを振るい、台座回りを掘り進む。
手が痛い。疲れた。そんな泣き言など言わない。
この先に、人生のゴールが待っているのだから――
(俺は勝つ! 俺は死なねえ! 勝ち組になってやる! それがせめて――)
その結果、
「……あれ?」
台座、微動だにせず。
「ちょ、ちょっと浅かったかな? もうちょい掘ってみるか」
ソロ、さらに掘る。掘って掘って掘り抜いて、突き抜けたなら俺の勝ち。
俺の――
「なんで!?」
掘り抜いた。突き抜けた。執念が勝った、はずなのに台座はそのまま静止していた。要は現在、台座と共に聖剣は宙に浮いているのだ。
宙に浮いているのに、びた一文動かない。
これは――
「嘘、だろ」
ザ・徒労。其処まで女神さまも馬鹿じゃない。きっと今頃、この光景を見ている女神さまたちは腹を抱えて爆笑していることだろう。
ソロは力なく膝を折り、しょぼんと項垂れる。
完璧な策だったのだ。思いついた時、雷が落ちたような衝撃が走ったもの。これは女神さまのお告げに違いない、とわざわざクソ田舎まで来たのに――
「ちくしょう。馬鹿にしやがって」
おもむろに立ち上がったソロは、全力で聖剣を蹴っ飛ばす。
しかし当たり前だが、
「いてえ!?」
聖剣、台座共に微動だにせず、足に痛みだけが残る。ソロは無力感と共にしゃがみ込む。結局、何も得られなかった。
所詮はぬすっと、身の程を弁えろ。
誰かにそう言われた気がした。
なので、
「くたばれェ!」
『おい馬鹿やめろ!』
幻聴ごとスコップをフルスイング。両腕が折れても構わない、それほどの気迫で振り抜いた一撃は、ものの見事に聖剣をぶっ飛ばした。
そう、
「へ?」
抜けたのだ。聖剣が。台座から、すっぽりと。
「……抜けた?」
『ぬすっと風情が生意気な!』
抜けた聖剣は地面に落ちる、手前で停止し、まるで頭突きを彷彿とさせるような勢いで、柄頭をソロへ向けて飛翔する。
「はうッ!?」
鳩尾に聖剣の一撃が入った。
それはもうとてもとても美しい軌跡であったと言う。
「て、テメエ、け、剣の分際で、人間様に楯突くとは生意気な」
『こっちのセリフだボケ! どこの世界に聖剣に向かってスコップフルスイングする奴がいるんだよ!? ノーダメでも心は痛むんだぞ!』
「知るか!」
『あとしゃべるなバーカ。村人にバレるだろうが』
「ぬ、それもそうだ」
『頭の中で話せよ。それで通じるから』
「む?」
どうやら聖剣の言葉は音ではなく、頭に直接届いているらしい。
(……クソボケ聖剣うんこたれ)
『おう、喧嘩か? 上等だ。徹底的にやろうぜ』
(おお、本当に通じた)
『シュッシュ、オイラはこう見えて俊敏なんだぜ? 魔王軍の倉庫からなんかおしゃれな台座ごとバックレてきたんだ。人間風情が勝てると思うなよ』
(ほお、上等だ。人間様対小道具の頂上決戦だ。とことん……ん、魔王軍?)
どういうことだ、とソロの頭の中で疑問符が浮かぶ。女神さまの倉庫ならいざ知らず、いやまあそれもかなりおかしな話であるが、魔王軍の倉庫となると話がだいぶ変わってくるような気がした。
なんで聖剣が魔王軍に、と。
『……まあ、ここはオイラがぐっとこらえてやるよ。年上だからな』
(なんか誤魔化したか?)
『と、とにかくだ。ソロ君な、君は名誉ある聖剣セイントロール様の契約者に選ばれた。これからも襟を正し、小狡く生きよう』
(魔王軍と戦うんじゃないのか?)
『馬鹿たれ! 魔王の軍勢がどれだけ強いのか知らんのか!? もちろん戦わねえ。女神がデカいケツ上げるまで、地の果てまで逃げようぜ。そのためにオイラは小悪党のちみを契約者に選んだんだ。とにかくバックレるぞ』
(でも、俺お前のこと売るつもりなんだけど)
『オイラを売るなんてとんでもない! そもそもオイラは契約者以外には握ることすらできないし、売られても逃げるぞ。さっきみたいに』
(じゃあ俺が売って、お前が逃げて、また売って、って金策はどうだ?)
『……結構頭良いじゃねえか』
(へへ、だろ?)
『それでこそオイラの契約者だぜ』
ソロと聖剣セイントロールは固く握手を交わす、みたいな感じでソロは彼を握り、何となく天に掲げた。
ちょっと勇者っぽい絵面をやってみたかったのだ。
「『……』」
特に意味はない。
『さ、台座周りの土を戻してバックレよう』
(え、面倒くさいんだけど)
『馬鹿! このままだとさらに犯歴が増えるぞ。一応引き抜いた体にしとけば、もしバレても聖剣を抜いた勇者扱いになるだろーが』
(て、天才かよ)
『へへ、まあな』
ソロ、聖剣に言われるまま台座回りの土を戻し原状回復工事を行う。なんか当初の目的とは違ったが、無事聖剣を手に入れることが出来た。
売って、逃げて、売って、逃げる。無限金策が成功するかどうかが今後のカギだが、とにかく一安心と言ったところ。
しっかり元通り、と言うには大分掘った跡がひどいが、まあそこはご愛敬。
「『逃げるぞ』」
一人と一本の心は一つになる。
さあ、明日へ向かって踏み出そう。
無限金策編、突入。
軽快な足取りで丘を抜ける。リヤカーはその辺に投げ捨て、颯爽と村の中を駆け抜けている最中であった。
「ふわぁ」
「『⁉』」
ある民家から眠気まなこをこする少女が出てきた。
丁度、ソロとばったり鉢合う形で。
「……だぁれ?」
「あ、あやしいものじゃ、ないよぉ」
「おじさん」
「お兄さん!」
『馬鹿ちん! どっちでもいいだろうが! それよりもオイラを隠――』
「あっ!」
少女がソロを、ソロが持つ剣を指さす。
「聖剣さまだぁ!」
「こ、声が大き――」
ソロは少女の口をふさごうとするが、残念ながら少女の大声は何もない、虫の鳴く声すらまばらな村にはよく響いた。
その結果、
「なんだなんだ?」
「聖剣様がどうしたって?」
「あっ、あの人、聖剣様を握ってる!」
「ま、まさか」
「あの御方こそが」
「三百年前にこの地へ降臨された勇者様の生まれ変わり!」
盛大にバレた。
(どうするよ、これ)
『布かなんかで巻いて隠せよぉ。詰めが甘いんだって』
(お前も指摘しろよ!)
『仕方ねえだろ! 三百年寝たきりだったんだぞ。頭なんか回るか!』
心の中で醜い言い争いをする一人と一本。
まあもう完全に後の祭りである。
「勇者様。よくぞ降臨くださいました」
「お、俺は、その、勇者じゃ――」
「勇者様ぁ」
闇夜に輝く無数の期待に満ちた瞳。
何よりも、
「おじさん、ゆうしゃさまなの?」
「お兄さんね。俺、ハタチぐらいだから」
「ゆうしゃさまじゃないの?」
「……勇者ダヨー」
「わぁ!」
第一発見者の少女、そのまなざしから逃げきることは出来なかった。
『ちっ、あほたれー』
この年頃の少女にソロは少しばかり弱かったのだ。
○
そして現在、
「ぎゃはははは!」
ソロは村人によいしょされまくって、調子に乗り倒していた。最初は隙を見て逃げてやろう、とおどおどしていたのだが、これまた村人たちは持ち上げ上手だった。
と言うかこの男がお調子者過ぎた。
結果、
「勇者だぞー」
「きゃー、勇者様のエッチー」
「えっへっへ」
このザマである。
「そろそろ旅立ってくれんかのぉ、勇者様」
「ですなぁ」
持ち上げ過ぎた部分もあるが、あまりにも大はしゃぎする勇者に対し、村人の雰囲気もかなり変わってきていた。
『バーカ。知らねえぞ、オイラは』
聖剣も呆れてものが言えない。
丁度そんな時だったか――
「頼もう!」
辺鄙な村唯一の集会場に、颯爽と華麗な白を基調とした鎧姿の麗人が現れた。見目麗しき白金の髪をひとまとめにし、その強い光を称えし眼は凛と見開かれている。
「こちらの村に女神の祝福を受けし聖剣セイントロールがあると聞きました。誰ぞ、私をそちらへ案内してくれませぬか?」
麗人が問う。
村人の視線が一斉に一か所へ向けられた。
それは当然、
「……」
稀代のお調子者、勇者を騙る前科持ちのぬすっと、ソロへ向けられていた。
「貴殿は……まさか、その腰に提げているのは!」
麗人がソロへ眼を向ける。もうそれだけで委縮してしまいそうなほどの圧がソロへのしかかる。誰がどう見たって、こっちが本物にしか見えないだろう。
勇者を救世主とするならば。
「あ、あのですね」
ソロ、言い訳を目論むも――
「如何にもですじゃ、高貴なる御方。この御仁こそ聖剣セイントロールを引き抜かれた勇者様の生まれ変わり、世界を救ってくださる救世主でございまする」
「なんと!」
麗人はこれまた美しい所作で、恭しくソロへ頭を下げた。
「私が挑戦しようと思っておりましたが、このような奇跡が……まさに女神クレエ様の御導き。我が名はルーナ・アンドレイア、アンドレイア王国から参りました」
(あ、アンドレイア王国。めちゃくちゃ大国じゃねえか! しかも苗字がそれってことは、た、たぶんそう言うことだよな。よく知らんけど)
大国の、おそらくは王族。
そんな彼女が涙をにじませながらソロへ手を差し出し、
「私と共に世界を救いましょう、勇者殿」
感動的なワンシーンが生まれる。
唯一問題があるとすれば――
(なあ親友、今からでも逃げ出す方法ないかな?)
『無理。このお嬢ちゃん、オイラの見立てだとめっちゃ強い。小悪党の逃げ足程度じゃすぐ回り込まれておしまい、だ』
(そんなぁ)
ソロが勇者を騙る嘘つき野郎であると言うこと、か。
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