第27話『広咲城天守攻防戦』

 天守周辺で火の手が上がり、潜んでいた帝国兵が奇襲を仕掛けてきた。

 俺は天守入り口前を最終防衛ラインとして立っている。

 護衛につくのは親衛隊のバニーラビットたち。

 諜報能力にも優れたアリシアが俺に耳打ちする。


「敵は南西の馬場曲輪方面より進入。二の丸を突破し天守に近づいています」

「広咲城は周囲を豊富な水の堀で囲まれている。どうやって中に?」

「敵の中に土の魔法使いがいるようです。土の橋を架けたものと」

「ならば石垣も容易に突破してくるぞ。警戒しろ」


 石垣に土の足場を作り登ってくると容易に想像出来た俺は警告を発する。

 俺の言葉にバニーラビットの一人がスキル【バニー分身】を使う。

 人形サイズの分身が二十人。

 各所に散って警戒と伝令に向かう。

 俺の魔物軍なら伝達はすぐなのだが津軽の兵はそうもいかない。

 伝令に誰かを遣わせる必要があった。


「来たか」


 帝国兵たちがぞろぞろと天守に向けて走ってくる。

 装備がいいな。兵の中でも精鋭といったところか。

 数は二百人ほど。


「あそこだ。本丸ではなく天守にいる城郭神を討ち取れ」


 ああ、ふざけているな。

 美咲さんのところには誰も通す気はないんだよ。


「やれ」


 短く俺が指示を出すと、銃声が響き渡る。

 伏していた明智隊による銃撃だ。

 俺が手を加えた魔導銃ということもあって対オーラ対策の銃弾が効果を発揮する。

 銃対策に防御障壁の魔法を展開したようだが無駄だ。

 障壁飽和炸裂弾による銃撃によって敵の障壁は一気に砕け散る。

 爆発の衝撃により障壁に大きな負荷をかけて飽和させたのだ。

 続けて間髪入れず属性魔法付与の銃撃が彼らを襲う。

 今回は雷撃の魔法が付与されており、敵は直撃せずとも感電し動きが鈍る。


「突撃」


 俺は次の指示を出す。

 これまた隠れていた南部為信なんぶためのぶの隊が突撃をかけた。

 かぶっていた迷彩柄の布をとり、為信が意気軒昂、敵に突っ込んでいく。


「おっっしゃあーーーー。やーーってやるぜっ」


 時に激流のように、時に静水のように緩急ある動きで敵を翻弄する。

 奇襲をかけるつもりが逆に逆襲にあっている帝国兵は勢いをそがれて脚が止まった。

 

「まだだ。天秤騎士もきっといるはず。周囲を警戒」

「はっ」


 俺は次なる敵の手があるはずだと思考を巡らせる。

 この程度で済むはずがない。そもそも美咲さんが逆に呪術を送り込まれて動けなくするほどの相手がどこかに潜んでいるはずだ。

 後手に回れば不利になる。相手の次の手を読みきらなければ……。

 そこで俺はさきほどのアリシアの言葉にはっとする。

 土の魔法?


「――っ、全部隊。地中からの奇襲に警戒せよ!!」


 俺の言葉にいち早く動いたのはアリシアさんだ。

 拳をつくって引き絞るように引くと地面にむかってたたきつける。


 ドオォーーーーーーン


 すさまじい衝撃が地面を伝っていく。

 まるで地震でも起きたかのようである。

 マジか。アリシアさんマジパネェよ。

 アリシアさんは地面についた拳へ伝わる反応で情報を得たようだ。


「手応えあり。地中に敵がいますね。さすが、ご主人様です」

「……アリシアもさすがだ。そんな確認方法があるなんてな」


 まるでレーダーのようだ。

 それにしても草食系ウサギ獣人の出せるパワーじゃねえ。


「このままあぶり出します」


 アリシアの言葉の後、親衛隊の全員が続けて地面に拳をぶつけていく。

 それぞれの拳の衝撃波が相乗効果を発揮して地面が悲鳴をあげるかのようだった。不快音とともに地面がのたうち回るようにうねっている。

 うわあーーーー、まるで自然に喧嘩売るかのような力業。

 やり方が脳筋過ぎる。


「うわああ、よりによってこんな時に地震だと!?」


 慌てて出てきたのか、中途半端な位置で地面から這い出てくる帝国騎士たち。

 全身土まみれでご愁傷様である。

 それとごめんなさい。地震じゃないんだなあ。


「土遁の術ですか。意表を突かれましたね。しかしこれを事も無げに看破されるとはさすがご主人様です」


 アリシアに続くように黄色い声で親衛隊が騒ぎ立てる。

 まるでアイドルに贈る声援のようだ。

 か、勘弁して欲しい。すげええ、恥ずかしいんですけど。

 

「地中から出てきた騎士はすべてレギオンマジックウェポンを装備している。天秤騎士だ。みんな、警戒しろ」


 天秤騎士が二十人も出てきたことに俺は驚き、気を引き締める。

 ずいぶんな戦力を送り込んできたじゃないか。

 これで打ち止めだろうか? 

 ただでさえ厄介な天秤騎士がこれだけいるとなれば一筋縄ではいかない。

 体勢を立て直そうと指示を出そうとしたが予想外の男がいた。


「よっしゃーーっ、俺に任せろ」

「為信様につづけえええ」

「「「おおおおおーーーーっ」」」


 猪突猛進の為信が俺の警告を無視して天秤騎士に向かっていったのである。


「あああああ、警戒しろって言った矢先にこれかよ。猪武者がっ」


 俺の心配をよそに為信は善戦している。

 すぐに蹴散らされるかと思ったが為信の部隊が食らいついている。


「蝶のように泳ぎ――」

「蝶は泳げねえから!?」

「――蜂のように斬る!!」

「刺さねえのかよ!?」


 くそっ、ツッコミが追いつかねえ。

 ってか、マジで天秤騎士を一人斬り倒したぞ。

 為信さんもやるなあ。 


「明智隊、遅れをとるな」

「「「おおーーーー」」」


 既に最初にぶつかってきた帝国部隊は消化試合の様相。

 明智十兵衛は副官の斉藤さんに帝国兵部隊を任せ、精鋭で天秤騎士たちに襲いかかっていく。

 体勢を整えるよりは為信さんの勢いに乗じるべきと判断したらしい。

 明智さんは天秤騎士を警戒し、複数人でけん制しつつ、徐々にダメージを重ね追い詰めていく。

 明智さんさすがだなあ。個人の武勇もさることながら統率力が侮れない。


「このまま押し切ってやるぜっ」

「げっ、為信さんそれフラグ」


 俺が言うとすぐに為信さんが突然、後方に吹っ飛ばされて俺の傍に倒れた。


「ぐはっ」

「為信さん、大丈夫か」

「くっ、心配ねえ。かすり傷だ」


 ほっ、それはよかった。

 為信さんはよろりと立ち上がり、左手で刀を構える。


「ただ肩を槍で貫かれて、利き腕が折れただけだ」

「――それ重傷だから!?」


 俺は慌ててアイテムボックスから回復ポーションを出す。

 それを為信さんに振りかけた。

 止血はしたけど骨はあとでちゃんと治療した方がいい。

 シャルの治療院行き決定だな。……ご愁傷様です。


「新田殿、天秤騎士の中に別格の敵が混じってやがるぞ。気をつけろ」

「別格?」

「槍を躱したとおもったらいつの間にか次がきた。それを刀で防いだと思えばまた攻撃が来やがった。同時に三撃、普通の槍じゃねえな」

「もしかしたら敵に魔槍持ちがいるのかもしれません」


 アリシアさんが前に出る。


「天秤騎士上位のダブルオーランカーに一撃で複数攻撃を繰り出す魔槍使いがいたと記憶しています」


 為信さんが離れたせいかはわからないが明智さんたちも逆に押さえ込まれている。

 魔槍をもつ騎士を筆頭に九人の天秤騎士が俺たちの前にやってくる。

 魔槍持ちの男はオールバックの中年だが、衰えを感じさせない強者の雰囲気を漂わせる。

 肉食の猛獣のように鋭い目つきと百獣の王のごとき風格は歴戦の戦士そのもの。

 それでいて洗練された佇まいは近衛騎士のようである。

 礼装の騎士服を纏い、防具はない。

 魔導具の装飾系をいくつか装備している程度だ。

 だがその服、ただの軍服ではないのだろうな。


「まさか、地中からの奇襲まで看破されるとは思わなかったぞ。そちらにもなかなかに頭の切れる者がいるらしい」

「当然です。ご主人様ですから」


 魔槍持ちの騎士にアリシアは誇らしげに胸をはる。


「お久しぶりですね。天秤騎士序列12位魔槍使いのフリーデン殿」

「……まさかと思ったが生きていたとはな。【アイゼンブルグの死神】」


 俺はアリシアに説明を求める視線を送る。

 アリシアは頷き説明する。


「かつてアイゼンブルグ王都を滅ぼした時に戦った天秤騎士の一人です。まあ、祖国の仇の一人ですが……」


 アリシアから覇気が湧き出て空気が一気に張り詰めていく。

 フリーデンは顎をさすりながら記憶を掘り下げるように語る。


「私も覚えている。そのバニースーツドレスを着た戦士は帝国兵士のなかでも恐怖の象徴だった。出会えば死ぬ、とな。天秤騎士のシングルナンバーと戦い死んだか、生きていても再起不能の深傷をおったはずだが?」

「それも偉大なる錬金術士たるご主人様のおかげでしょう」

「それにどうしたことだ。後ろにバニーラビット族が複数見えるのだが?」

「彼女らもご主人様に心酔した同士です」

「ばかな。貴様、一人従えただけでも危険なバニーラビットを同時に従えるだと?」


 ん? なんかフリーデンとかいうおっさんが俺を畏怖の目で見てくるんだけど。


「アリシア、あいつなんで驚いてるの?」

「ご主人様の偉大さにおののいているのでしょう」


 駄目だ。聞く奴を間違えた。


「そこの少年? ――でいいか。教えてやろう。バニーラビットは草食系ウサギ種の中で唯一例外の戦闘民族だ。数の少ない少数部族ながら百に満たない数で大国を滅ぼし複数の国家連合と渡り合った事もある」


 ヒエッ、うそでしょ。


「その圧倒的な強さ故に多くの権力者が臣に欲するも、誇り高さ故に誰にも仕えぬ。唯一その女のみがアイゼンブルグの王族に仕えていたぐらいだ」

「ご主人様、誤解が無いようにいっておきますが王国に住む条件として依頼という形で私が出向したに過ぎません」


 フリーデンは理解出来ないと言いたげに俺を見た。


「なのにバニーラビットを十人も従えるなど……。貴様は大国並の軍隊に等しい力を手にしたのだ。一体どうやって味方にした?」


 いや、心当たりが全くないんだが?

 困惑する俺にアリシアが応える。


「愚問ですね。ご主人様の前にあってその素晴らしさがわからないとは嘆かわしい」

「なに?」

「可愛らしさ、美しさ、賢さの中にも時々抜けたところもあるポンコツ具合は保護欲をくすぐられます」

「ぽ、ポンコツ!?」


 俺、ポンコツだったの。

 衝撃の事実に打ちひしがれる中でもアリシアの饒舌な舌は止まらない。

 穴があったら入りたくなるような話がしばらく続き、フリーデンは唖然として聞いていた。


「……それにご主人様がお持ちのご立派で太くたくましいものがそれはもう筆舌に尽くしがたく、大変に美味なのです」

「おい!!」


 こいつ、何言ってるんだ。

 フリーデン、なんか想像したのか知らないがたじろいでるぞ。

 何事にも動じなさそうなおっさんなのになあ。

 そして、恍惚した表情のアリシアは大事そうにポケットから取り出した。


「そう、この立派なニンジン様をご主人様からいただいたのです」

「――ニンジンのことかよ!?」


 そういえばそのニンジン渡したらバニーラビットのみんなが狂ったように喜んだのを思い出した。

 この世界のニンジンが不味くて、青臭く、細長いので品種改良したものだった。

 かつてスノウのためにと頑張ってつくったニンジンだったんだがそうか、俺はこのニンジンで大国級の戦力を手にしていたのか。

 驚きの事実に俺は天を仰ぐ。

 アリシアは大事そうにニンジンをポケットにしまい込む。

 ポケットよく入るなあ、と思うけど親衛隊のみんなには俺の分身チビウサを与えてある。ポケットに忍ばせてアイテムボックスを利用したのだろう。

 次の瞬間にはポケットから形状がそれぞれ違うナイフを6つ取り出して構えたのだ。


「アイゼンブルグの死神。相手にとって不足なし」

「魔槍使いのフリーデン。お覚悟」


 戦闘は唐突だった。

 のんびり話していたかと思えば、息をつくのも忘れそうな激しい攻防を繰り広げた。

 一度の攻撃を三撃に変える魔槍のフリーデンにフットワークとナイフの手数で対抗する。しかも、ナイフで槍をさばくなど相当な高等技術なのだがアリシアは難なくこなす。

 ナイフをお手玉のように使い分けながら持ち替えて器用に戦っていく。


「ちっ」


 フリーデンは思わず舌打ちする。

 アリシアのナイフの中にはソードブレイカーという武器破壊型のナイフもあり、それを嫌ってのことだ。

 戦いを眺めていて俺は違和感を抱いた。

 フリーデンという男に何がなんでも突破するという感情が見えてこなかった。

 

「アリシアを突破したとして無傷でいられるか?」


 アリシアは俺の最高戦力の一つだ。

 フリーデンはこのままアリシアを突破して美咲さんを討てるとおもっているのか?

 そう思っていた時、先ほどのフリーデンの長話の真意に気がついた。


「まさか、時間稼ぎか」


 必死さを感じなかった違和感がそれではっきりした。

 すぐに振り返って天守の美咲さんの元にいこうとする。

 そこで立ち塞がるように地面に召喚陣が現れ、鬼が何十と姿を現した。

 更には天守の周りが禍禍しいルインオーラを発する結界に包まれていく。


「しまった。美咲さんと分断された」


 しかも、このオーラは災厄の使徒のものだ。

 俺は鬼を蹴り飛ばしながら叫ぶ。


「どけええええっ」



◇ ◇ ◇



 美咲は天守内で身動きがとれなくなっていた。

 城郭内によからぬ呪いをかけるべく攻撃を仕掛けてくる者がいる。

 これに対応して術を潰さなければ城内に避難した民に被害が出る。

 城郭防御壁を展開する余裕などなくなっていた。

 

「頼経さん」


 気がつけば天守の外では激しい戦闘音が聞こえてくる。

 美咲は外で守護してくれている頼経が心配になった。

 それでもきっと大丈夫だと言い聞かせていると天守に異変を察知する。


「これは、災厄の使徒?」


 天守の中に侵入者の気配を感じ取る。

 災厄の鬼たちが侵入を始めている。

 頼経と連絡を取ろうとすると天守の周りを結界で囲まれ遮断された。


「頼経さんと連絡が取れない。孤立させられた?」


 美咲を守るため倒魔の忍たちが立ち向かい押さえ込んでくれている。

 自分は動けないため美咲は不安を抱えたまま耐え忍ぶ。


(頼経さんと分断されただけでこんなに不安になるなんて)


 恐怖に耐えている美咲をこっそり見つめる目が二つ。

 『みーつけたあ』

 存在自体が希薄で幽霊のような女が美咲の頭上の天井から顔を出す。

 

 災霊鬼【定子】


 口がさけたかと思えるくらいニタリと薄ら笑い。

 ゆったりと天井から手足を出して蜘蛛のように四肢で天井に張り付いた。

 死人のように青白い肌に青い角をもつ鬼。

 死に装束のような真っ白の着物は不吉さを思わせる。

 実体化と霊体化を使い分けることで物質を通り抜けて相手の虚を突く暗殺向きの災厄の使徒。

 ただでさえ長い髪がぐんぐん伸びて意思を持つようにうごめく。

 そして、髪先がまとまり、刃物のように鋭く形づけられると、


「しんでちょおおおだぉぉい」


 美咲の頭上から襲いかかった。


「――っ!!」


 とっさに身をそらして躱すも脚を貫かれた。


「ああああっ」


 そのまま美咲の脚を貫いた髪は床に突き刺さり美咲を縫い止める格好となる。

 さらに分かれた伸びた髪が今度こそ美咲の心臓をめがけて差し向けられる。


「はああい、おしまああぁぁい」


 ガキンッ


 必殺の定子の攻撃は防がれる。

 防いだのは――。


「それ以上はやらせぬよ」

「子供?」


 定子の目には少女に見えた。

 たかが人間の少女の細腕で災厄の使徒たる自分の攻撃を防ぐことに違和感を持つ。

 しかし、気がつけば少女の姿は消えていて――、


「はっ?」


 たった一度の瞬きの間に桜花が飛び上がり、定子の首に刀を振るところだった。


「ちょ」


 慌てて体を霊体化して飛びのき地面に着地する。

 わずかに痛みを覚えて首に手を添える。

 うっすら切り傷があり、手には血がこびりついている。

 驚愕に目を見開き、桜花を血走った目でにらみつける。

 確かに霊体化したはずがそれでも斬られた。

 それが定子には信じられない。


「油断したのう。まさか、天井を抜けてくるとはおもわなんだ」


 桜花が美咲を抱えて定子と距離をとり奥に避難させる。

 手には桜花の保有する天下五剣の一つ。


【鬼丸】


「お前、殺すぅ。殺してヤルぅ」

「美咲は余の第二の剣の師匠よ。傷つけられて黙っていられるほど余は温厚ではないゆえにな。

 ――覚悟せよ」


 高出力のオーラの光を纏い刀を構える。


「足利桜花。これより鬼を成敗する」


  

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