虫喰いの愛

ちづ

第1話 蝕神

 人を祝福する者と同じくらい。

 人を呪う者もいる。


 藁人形わらにんぎょう、身代わり人形、お札、形代かたしろ、妖刀、呪い鏡、釘、なた

 果ては爪や髪に至るまで。


 恨みつらみをたらふく溜め込んだ呪具じゅぐは、それ自体が不吉で、災厄を巻き起こす。

 ──だから、その神様はそういうものの、行きつく先。 

 呪いのゴミ捨て場に祀られた祟り神だった。


蝕神しょくがみさま、今宵もいわくつきの品を持って参りました。なにとぞ、なにとぞ、けがれをお食べになってください」


 死体の捨て場所。

 毒花どくばなが咲き乱れる場所。

 あるいは、黄泉比良坂よもつひらさかの入り口。

 湿った山中。鳥居の下。暗い石室いしむろの前で黒装束の男は平伏する。


「あ、うん。その辺に置いておいて」


 石室の中から返事がして、男は視線を地に縫い付けた。

 男の顔は仮面で覆われている。

 その神様と直接目を合わせないために。声を聞かないために。匂いを嗅がないために。


「ええと~丑の刻参りに使われた藁人形に、釣れない想い人に遊女が愛憎籠めて送った小指に……うわ、これなんか直接、妻が夫を刺殺した包丁……て、これ呪具じゃなくて普通に凶器だよね? こっわ~」


 ぞろり、と何かが這い出てくる気配。

 目線を上げなくても、男の身体中に鳥肌がたつ。


 それは死肉であり、汚物であり、害虫の群れ。

 人間なら誰しも忌避きひする存在の塊。


「──……おや、今日はもいるのか」


 蝕神しょくがみと呼ばれた祟り神は、呪具の山を覗き込んだ。

 右半身は男娼のごとき麗しい生体。

 左半身は死肉のごとき腐乱した死体。

 本来ならば、ありえない生と死が交わったその姿は、見るだけで聞くだけで嗅ぐだけで障りがある。


「まーた黒木家くろきけで使い捨てられた娘か。のやら。かわいそーに」


 蝕神が首を傾げると、ぼとりと腐った肉が落ち、蛆虫うじむしが湧き出した。無数の蛆虫たちは呪具の山に群がって、邪気をむしゃむしゃと咀嚼そしゃくしだす。

 釘だらけの藁人形、青白い小指、血のついた刃物。

 いわつくつきの品々の中に──とりわけ、目を引くもの。

 若い娘が、がらくたのように身を横たえていた。

 白目をむき、舌がこぼれ、髪の毛はくすんだ枯色かれいろに変色している。どうみても、普通の死体ではない。男は早口に述べた。


「昨夜、犬神いぬがみを降ろしてから意識を混濁させまして、そのまま息を引き取りました。この娘も処分していただけますでしょうか」

「いいよ、いいよ。化けて出て怨霊になるのが怖いんだろう? あまさず穢れを食いつくしてやるよ」


 男は安堵の息をを吐き、残りの供物や呪具を置いて去っていった。


 秋が深まる夜の闇。

 うぞぞ、と大量の蛆虫が呪具の山を石室の中に運び入れる。その場には廃人の娘だけが残された。蝕神は手持ち燭台しょくだいに火をつけて、ゆったりと娘にかざした。


「──さて、誰もいなくなったけど。いつまでしているつもりだ? お嬢さん」


 白目をむいていた娘の目が、ぎょろりと瞳孔を取り戻した。

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