幻影に泳ぐ星~天才芸術家レオニス・ミレッティを画商のバディは追いかける~

鳴瀬憂

01 偉大なる芸術家

 レオニス・ミレッティの名を、おそらく誰もが聞いたことがあるだろう。

 稀代の天才芸術家であり、百年に渡るとされる長い長い活動期間に千点もの作品を遺した偉人である。

 ただその素晴らしい芸術作品に、とある「秘密」があることを多くの人間が知らないのだった。


「おいリゲル! 待てってば……リゲル・フォン・リヒトホーフェン!」


 人混みの中でオリヴィエ・ベルナールが濃藍の髪の青年を呼び止めた。不機嫌そうな表情で振り返った青年、リゲルはオリヴィエをみとめるとかすかに目を眇めた。極度の近視である彼のくせだったが、彼のことを良く知らない者からすれば睨んでいるようにも見えるだろう。

 リゲルはそれほどまでに不愛想で、ただしめっぽう顔の良い男であることは確かだった。夜色の髪と同じ色の双眸は涼しげで、いまだって街を歩く淑女の皆様方がはっとして振り返るほど。

 オリヴィエ自身、自分の亜麻色の髪と菫色の眸はひと好きがしてそれなりの評価を得ることは知っているが、リゲルの容姿端麗さと比べればたいしたことはないとは理解している。足りない分を愛嬌でカバーしているのだ。

 しかもリゲルはお育ちもいいのだから恐れ入る。ラヴェンデル帝国の名家リヒトホーフェン家の生まれで、しかも嫡男らしい。

 そんなやつが何故オリヴィエと同じ【画商】なんていうやくざな商売を生業としているのかいまだに理解が出来なかった。


「……オリヴィエ、何か用か」

「用がなくっちゃ声をかけたらダメなのかよ、つれないやつ!」


 がしっと肩を組むと、わずかに眉根を寄せる。不快というほどではないがちょっと嫌がっているサイン。だがこのくらいなら無視してしまっても構わないだろう。頭の中の取り扱いマニュアルを高速で参照し、にかっと晴れやかな笑みを向ける。困惑したリゲルと肩を組んで歩きながら情報収集することにした。


「駅前広場にいるなんて珍しいなー、おまえ苦手だろ。こういう騒がしいところ」

「……列車に乗るんだから仕方がない。僕の好き嫌いで避けられるものではないだろう」


 なんて強がっているが、リゲルは若干顔色が悪かった。やれやれとオリヴィエは肩を竦めた。リゲルは人混みの中でぶっ倒れたことがあるくらいだ。なんでも人酔いするとかなんとか。特に淑女の香水のにおいが苦手らしい。慣れればフルーツみたいでいいにおいなのにな。


「ん~、おまえがそんな無理するってことは……ミレッティか?」

「探りを入れても無駄だ。僕は何も言わない」

 

 むっつりと押し黙るリゲルのようすから、どうやらビンゴを引き当てたことを理解した。

 天才芸術家――レオニス・ミレッティ。放浪の画家として知られる彼の作品はラヴェンデル帝国にとどまらず遠く離れた異国にも散らばっている。ミレッティ自身があちこちで描いていたというのもあるのだが、収集家が諸外国にもいたり、高価な宝飾品と同じく長年高値で取引され続けたりしたことも事実だ。


 そのレオニス・ミレッティの絵画を帝国に――もとい帝国美術館へと取り戻そうという動きはミレッティ主義ミレティズムと呼ばれ、帝国の一大プロジェクトとなっていた。その買い付け、収集を行う役目を果たしているのがリゲルやオリヴィエの仕事――帝国美術館特別学芸員、通称【画商】の仕事なのだった。

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