ゆき、ひとひら
半チャーハン
第1話 刹那
ああ、寒い。一歩校舎の外に出てすぐに、そう思った。灰色の空から、雨にも雪にもなれない雫が降り注いでいた。
去年は一つ身震いをして、冷たい世界に一人で踏み出していたけど。でも、今は違う。
「
「そうだね」
私には恋人の刹那がいる。横顔がカッコよくて、もちろん正面から見てもカッコよくて、全方位から見ても·····って私、カッコいいしか言ってない。
他にも、言いきれないくらいの魅力がある。冷たく見えるけど本当は誰よりも優しいとことか。サラサラの髪の毛から微かに甘い匂いがすることとか。
刹那の傘の中に一緒に入っていると、その匂いを独り占めしているようで無性に嬉しくなった。
「もうすぐ、雪になりそうだな」
刹那が傘から手を伸ばし、べちょっとした水滴を受け止めて言う。
「そうだね。雪ってさ、なんかワクワクするよね。大人は雪かきが面倒くさいって言うけど」
クスリと刹那が意味深に笑う。
「僕はね、雪を見たことがないんだ」
「え?一度も?」
刹那はコクリと頷く。
「そういえば刹那ってうちの高校に途中から編入してきたんだもんね。前はあったかいとこに住んでたの?」
「うーん、まあね」
「まあねって·····もう、はっきりしないんだから。でも良かったじゃん。今年は見れるよ、雪」
積もったら、一緒に雪だるま作ろうよ。
言おうとしたけど、妙に子どもっぽい気がして言えなかった。
ふいに、刹那が立ち止まる。
「今年も、見れないよ」
言葉の意味を、そのときは理解できなかった。
「え? な、なんで? だって、今すぐにでも雪になりそうだよ? 」
刹那は黙って首を振る。その表情はどこか抜けてて、何かを堪えているようにも、諦めているようにも見えた。
「今の僕が最後に過ごすのが、君で良かった」
バサリと傘が地面に落ちる。刹那の手が伸びてきたかと思うと、突然口づけをされた。お互いの舌が求め合うように絡まる。とても甘くて、くすぐったかった。こんなに刹那が積極的なことなんてあっただろうか。
まるで夢のようだったから、「愛してるよ」と耳元で囁かれるのを目を閉じたまま聞いた。付け加えるように囁かれた言葉も。
「僕は、雪に触れたら猫になるんだ」
「え」
目を開けると、目の前に彼はいなかった。まるで幻みたいに、消えていた。代わりに白い猫がニャアと鳴いて茂みに飛び込むのを見送る。
追いかけて捕まえようかとも一瞬考えたけど、戸惑いと信じられなさの方が私の中で大きかった。
刹那の、開かれたままの傘だけが足元に落ちていて。それが彼が確かに存在したことを証明していた。
それがなければ、全てを夢だと思っていたと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます