第16話 【着火】マンは一発屋で冒険用の服を買う

 聖女アグネスの声は澄んでいて良く響く。

 説法は経典のよく使われる説話の解釈でなかなか目新しいね。

 崇高なる神はあまたの空間時間に偏在して、弱気迷い子たる私たちをいつも見守っているという感じか。

 わりと新しめの神学の考え方だね。


 横を見ると、フロルとチョリソーが肩を寄せ合って寝ていた。

 エリシアと目があうと彼女は肩をすくめて苦笑した。


 説法が終わると、また立ち上がって聖歌を歌い、ミサは終了する。

 午前中に何回もやるから、一回が結構短いね。


 みな、わらわらと出口に向かう。

 我々は祭壇の近くへと進んだ。


「わ、みんな来てくれたの、ハカセも、嬉しいっ」


 祭壇の前でラトカが私たちを見つけて花のように微笑んだ。


「聖女さま、この方が、うわさのマレンツさん、私たちはハカセって呼んでいますよ」

「初めまして、マレンツ博士。ご高名はかねがね」


 聖女アグネスが片手を出して来たので握手を交わす。


「そんな、私なんかは只の小物ですから」

「大学へ行っている僧侶から漏れ聞いておりますわ。小物だなんて謙遜がすぎましてよ」


 聖女アグネスは上品に笑った。


「フロル、裏口でまっていて、着替えてすぐ行くわ」

「解った、早くしろよ」

「うん、また後でね」


 ラトカは聖女アグネスと共に控え室に引っ込んで行った。


 祭壇の彫刻も凄いなあ。

 大きな主神様の像なんだが、まるで生きているようだね。


 どうぞ、皆が元気でいますように。

 迷宮の地下深くのアセットタブレットにどうかたどり着けますように。


 私は手を合わせて主神さまにお祈りをした。

 みな、待っていてくれた。


 出口近くに献金の籠があったので、大銀貨を入れる。

 みんなは小銀貨のようだ。

 こういうのは気持ちだからね。


 出口からでて、大聖堂の裏手に回った。

 やはり大きい教会だねえ。

 こちらの方はお坊さんと尼さんの住む寮のようだ。

 すこし先には診療所の玄関がある。

 人がひっきりなしに出入りしている。


「ハカセ、あっちの方が歓楽街、俺んちもあっち」


 チョリソーが街の北の方を指して言った。


「そうなんだ、騒がしくない?」

「盗賊ギルドが近いからね」


 夜の街を牛耳る組織が盗賊ギルドだ。

 どんな街にも支部があって、やくざやゴロツキを支配しているんだね。

 冒険者の中でも盗賊は特殊な技能が必要なので、盗賊ギルドに入るのが必須になる。

 盗賊ギルドに入っていない偵察要員は斥候と呼ばれて区別されているね。

 両者の一番の違いは、斥候は宝箱の鍵開けが出来ないという事だ。


「おまたせおまたせ」


 ラトカがぱたぱたと小走りでやってきた。


「じゃあ、屋台かどっかでお昼を食べてから服屋に行こうぜ」

「服屋はどこに行くの、バブルス? コバックス?」

「ちげえ、一発屋だ」

「おーっ、一発屋かあっ」

「ああ、なるほど一発屋ね」

「たしかに、ハカセに似合うかも」


 一発屋って、なんだか店名がうろんなんですが。

 どんな服屋なんだろうか。


 昼ご飯は屋台に行き、串焼き肉と丸パンを買って挟んで食べる。

 味付けは濃いけど、なかなか美味しい。

 しかし、えらく安いけど何の肉なのだろうか。


「オーロック焼きだから、オーロックだよ」

「迷宮の牛っぽい魔物かい?」

「そうそう、迷宮都市では魔物食べるから」


 ふむ、外の街だと、魔物とか食べないからね。

 倒しても皮と魔石を使うぐらいだ。

 魔石は遺物魔導具アーテイファクトの動力源に使われるんだ。


 迷宮都市らしい軽食だね。


 ご飯が終わったので、銀のグリフォン団のメンバーに引っ張られるように繁華街へと向かう。

 というか、歓楽街じゃないのか?

 色っぽい色んな人種のお姉さんがうっふんあっはんと客引きをしている。

 人類最古の職業に従事されているお姉さんがただね。


「ここだここだ、一発屋だ」


 歓楽街の中に、なんだかただならぬ雰囲気の服屋さんがあった。

 マジですか?

 妙に光沢のある皮で出来た、下着みたいな服とか飾ってあるぞ。


「おーい、ミッチェルはいるかー?」

「あらー、フロルちゃん~~、良く来たわね……。あらっ、あらあらっ、あなたは噂の【着火】マンのハカセねえん、私はミッチェル、しがない服屋よん」


 なんというか、筋肉質のお姉の人がポーズを決めながら挨拶をしてくれた。

 マッチョなおカマさんであった。


「【着火】マンらしい赤い服を見立ててくれい」

「わかったわん、うーん、ドキドキしちゃう、こっちにいらっしゃってぇん」

「は、はい……」


 いや、大学にもいろいろと変わり者が居たし、同性愛者の友達もいたけど、ここまで濃い人と会った事は無かったなあ。

 外に出ると、色々な経験ができるなあ。


 で、いろいろ着せ替えられて決まったのが、真っ赤なテカリのあるサーコートに、橙と赤のチェニック、赤いブレイズズボンに黄色い巻き脚絆と、なんというか、パンチのある出で立ちにされてしまった。


「さすがにこれは派手すぎないだろうか?」

「何を言っているの、かっこいいわぁんっ、素敵よハカセ~」

「すげえ、これが【着火】マンだっ!!」

「派手だけどさあ、ハカセはイケメンだから、すごく調和してるっ」

「そうそう、格好いい格好いい」

「いいわよ、素敵、格好いいわっ」


 オカマさんと四人の子供に包囲され、褒め攻撃を受けて押し切られてしまった。

 赤とか着た事が無いんだけどなあ、あとこんな派手な服も。


「無敵の【着火】マンらしい、これで舐めたりする奴はいねえぜ」

「変じゃないかなあ」

「大丈夫よん~、冒険者なんてね、目立ってなんぼなのよ、ほら、通りを歩いている人達、みんな派手でしょう」


 そう言われてみれば、凄い格好の冒険者も多い。

 かえって迷宮都市では目立たないのかもしれないなあ。


 なんだかちょっと、いつもと違う自分になったようで、少し気分は高揚している。

 でも、派手だと思うんだけどなあ。

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