第16話

 卒業パーティーは学園内にある大ホールにて行われる。

 会場に着いた私はベラの手を借りて馬車から降りた。元々時間がなかったところを急いで準備したので時間ギリギリになってしまった。そのせいか会場の外には参加者らしき人は誰もいない。私は急いで入り口に向かい会場内に入った。



「ミレイア・ノスタルク様のご入場です」



 その声に会場にいた人達が一斉に私を見た。



(これだけは何回経験しても慣れないわね…)



 そしていつもならここで



『あら、またお一人よ』


『エスコートしてもらえないなんて恥ずかしくて耐えられないわ』


『あのドレスはいつの時代のかしら』


『孤児に王太子妃はふさわしくないな』


『王太子殿下とリリアン様の仲を引き裂く悪女め!』



 などと皆が笑いながらわざと私に聞こえるように言ってくるのだ。

 それを聞こえないフリをして過ごすのがいつもなのだが今日はなんだか様子が違う。



「あれがあの女なの…?」


「素敵なドレスだわ」


「美しい…」



 聞こえてきたのはいつもの嘲笑ではなかった。

 戸惑いと驚き、一部では感嘆の声も聞こえてきたのだ。



(それもこのドレスのおかげね。それにメイクと髪型も違うからかしら。私自身は何も変わっていないのにここまで違うなんて笑えるわね)



 しかし誰かが近寄ってくる訳でもなくチラチラとこちらを見てくるだけで、いつもと違う視線になんだか落ち着かなかった。


 そうして居心地の悪い中パーティーが始まるのを待っているとようやく最後の入場者達がやってきたようだ。



「王太子殿下ならびにリリアン・ノスタルク様のご入場です」


「ランカ帝国第二皇子殿下のご入場です」


「国王陛下のご入場です!」



 王太子殿下とリリアン、テオハルト様に国王陛下と続けて入場した。王族の入場が最後になるためこれでまもなくパーティーが始まるだろう。

 参加者達は頭を下げて国王陛下からのパーティー開始の合図を待っている。


 そして国王陛下が宣言した。



「これより卒業パーティーを始める!しかし始めるにあたって王太子から皆に伝えなければならないことがある。心して聞くように」



(あぁ今から始まるのね…)



 国王陛下の言う伝えなければならないことというのは恐らく王太子殿下と私の婚約についてだろう。

 しかしテオハルト様もいらっしゃる中でどのような理由で婚約を破棄するのだろうか。あまりに無茶な理由であればメノス王国に対する帝国からの評価が一気に地に堕ちるだろう。

 その危険性を誰も指摘しなかったのか、それともテオハルト様をも納得させるだけの理由があるのかどちらかだ。



「皆のものよく集まってくれた!このパーティーは学園の卒業を祝うめでたいものだ。私も参加できたことを嬉しく思う。しかし!この場にふさわしくない人間が交ざっていることが残念でならない。しかもその人間は罪人である!よってこの場で断罪を行い罪人を排除し終えてからパーティーを始めることとするっ!…ミレイア・ノスタルク!前に出てこい!」



 王太子殿下に呼ばれれば前に出ないわけにはいかないのだが私が罪人とはどういうことなのか。



(婚約破棄だけじゃないの?断罪って一体何をされるの…?)



 婚約破棄されることは予想していたが罪人や断罪という言葉が出てくるとは思っていなかった私は動揺しながら前へと出た。



「ふん!罪人のくせにそんな上等なドレスを着ているなんてどういうことだ?まさかリリアンから盗んだのか!?」


「っ!お、おねえさま、盗みも働くなんてっ…!家族はみんな信じていたのにひどいわっ」



 リリアンは私が着ているドレスのことなど知らないはずなのに私を盗人扱いしてきた。どうしても私のことを排除したいのだろう。



「…このドレスは贈り物でいただいたものです」


「はっ!誰がお前なんかにドレスを贈るというんだ!」


「ガイアス様っ!もしかしたらおねえさまは他の男の人と関係があるのでは…?」


「なんだと!?罪を犯すだけでなく不貞だと!?なんて女なんだっ!」



 このドレスはテオハルト様からの贈り物だ。知らないからといって二人の態度はあまりにも不敬である。



「このドレスはある高貴な方からの…」


「言い訳はいい!罪人の言葉など信じられるかっ!しかしこの罪も追加しなくてはな!」



 私が何か言ったところで聞き入れてくれないようだ。そして王太子殿下は私の罪について話し始めた。



「そもそもお前は卑しい孤児だったにも関わらずノスタルク公爵を騙して養子になったそうだな!『自分には帝国の高貴な血が流れているから引き取らないと王国に何が起こるかわからない』と脅してな!確かにお前の色は王国では見かけないがこんな嘘をついてまで公爵令嬢になろうとするなんてあまりにも卑しい!さすが孤児だっただけあるな」


「なっ…!」



 私は決してそんなことは言っていない。むしろ公爵がお金を積んで無理矢理私を孤児院から引き取ったのだ。

 私はハルが迎えに来ると信じていたから孤児院から出たくなかったのにだ。



「だよな、公爵?」



 すると公爵が前に出てきて自分は被害者だというような口振りで話し始めた。



「はい、おっしゃる通りです。王国は帝国と友好を結んでいることは皆が知っていることだと思う。だがこの娘は『私を養子にしなければ帝国との友好はなくなる』と脅してきたのです。それに自分は"祝福の一族"だとも…」




 ーーザワザワ



 会場がざわつきはじめた。それもそうだろう。

 帝国の名前が出てきただけではなく聞きなれない"祝福の一族"という名前も出てきて参加者達は戸惑っているのだ。



「知らないものも多いだろうが祝福の一族とはランカ帝国に実在する公爵家のことだ。そんな畏れ多くも高位の存在に成り済ましてまんまとノスタルク公爵家の養子になり、それだけでは飽きたらず無理矢理私の婚約者になったのだ。私には想い合っているリリアンがいるというのにっ!」


「私は王国と帝国の友好を守るためにこの娘を養子にするしかなかったのです…!しかし偽物だとはっきりと分かった今、この娘を許すことはできません!よってこの場でノスタルク公爵家当主としてミレイア・ノスタルクとの養子縁組を解消する!これでお前はただの孤児だっ!」



 公爵はどこかから取り出した書類を掲げながら宣言した。きっとこの日のために以前から用意していた養子縁組解消の書類だろう。



「私の婚約者ひいては未来の王太子妃が孤児などあってはならない!ミレイア・ノスタルク、いや大罪人ミレイア!お前との婚約は破棄する!そして新たな婚約者をリリアン・ノスタルク公爵令嬢とする!」


「ガイアス様っ!」



 養子縁組の解消と婚約破棄を言い渡された私を王太子殿下とリリアン、そしてノスタルク公爵がニヤニヤと見ている。その奥では公爵夫人とロバートも同じような顔をしているのが見えた。

 あの人たちは私の絶望した顔を見られるとでも期待しているのだろうか。



(たしかに驚きはしたけど、それだけだわ。いつかこんな日が来ると分かっていたしそもそもあの人たちに期待なんてしていなかったのだからなんとも思わない。…ただテオハルト様が私のことどう思っているのか。あの人たちの話を信じて嘘つきだと思われてしまったかしら…)



「…」



 なんの反応も示さない私に痺れを切らしたのか王太子殿下が叫んだ。



「お前はことの重大さが分かっていないようだな?お前は帝国の貴族だと身分を偽ったのだ!これは帝国に対する侮辱だ!そして今ここには帝国の皇族であるテオハルト殿下がいらっしゃる!お前の犯した罪は王国と帝国の友好を壊そうとしたも同然だ!よってお前を地下牢に幽閉する!すぐに処刑されないだけありがたいと思うんだな!」



 そして王太子殿下は私に近寄り耳元でこう言った。



「俺とリリアンのために死ぬまで働いてくれよな」


「…」



(あぁそういうことなのね)



 王太子殿下は今までも私に仕事を押し付けてきていることから分かるように執務能力が乏しい。それにリリアンも優れているのは見た目だけで頭は良くないのだ。

 そんな二人が真面目に仕事をするわけもない。

 そこでちょうどいいのが私だ。

 国王陛下も何も言わないことから了承済みなのだろう。私はこれからただただ国のために飼い殺される運命なのだ。

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