第7話
テオハルトは目の前で美味しそうに食事をする彼女をそっと見つめた。
久しぶりに会う彼女は昔の面影を残しつつも美しく成長したことが窺える。しかし明らかに痩せすぎの身体にはっきりと残る目の下の隈、髪も手入れが行き届いていないのが一目で分かる。いかに今までの生活が過酷だったかを物語っていた。
(くそっ…!もっと早くに迎えに来られればこんな苦労はさせずに済んだのに。レイ、すまない…)
◇◇◇
私と彼女の出会いは今から十年前。
私が八歳、彼女が六歳の時に孤児院で出会ったのだ。
私はランカ帝国の第二皇子として生を受けた。家族は父と母、そして少し歳の離れた兄がいる。
私は家族や使用人達に大切に育てられた。もちろん悪いことをした時は叱られたし、皇族だからと傲慢にならぬように国民の生活を学んだりもした。
そんな生活を送っていた八歳の時に事件が起きた。
父の腹違いの弟である皇弟が謀反を起こしたのだ。自分こそが正当な皇位継承者であると。
父と母それに兄と私の命が狙われようとしていたのだ。
しかし父は事件が起きる前に情報を手にしていたようで兄と私に命令を出した。
「安全が確認されるまで身を隠すように」
そうして兄と私は少数の信頼できる人間を連れて別々の地へと旅立った。
そして私が辿り着いたのは帝国から遠く離れたメノス王国にある孤児院だったのだ。
そこで彼女に出会い彼女を一目見た瞬間に分かった。
彼女がランカ帝国で祝福の一族と呼ばれるマリアント公爵家の人間であると。そして本来であれば私の婚約者になっていた令嬢であると。
孤児院で生活しながら帝国と少しずつやり取りをして調べて分かったことだが、彼女"レイ"は生後まもない頃金に目が眩んだメイドによって誘拐されてしまったそうだ。
メイドは身代金目的で誘拐したのだろう。夜はどうしても人手が少なくなる。そのメイドはその日の夜のお世話担当だったようで気付かれにくいだろうと犯行に及んだようだ。
うまく逃げたメイドだったがさすがに国内に居ては危険だと思ったのだろう。逃げて逃げてたどり着いたのがメノス王国だったのだ。
そしてここまで逃げてくれば大丈夫だろうと油断しメノス王国で野盗に襲われて死んでしまったのだ。
我が国では誘拐犯だがそんなことは他国のそれも野盗が知るはずもない。子どもを抱えた一人のか弱い女性にしか見えなかったのだろう。金目の物を狙って襲われてしまったようだ。
ただ野盗は金目の物にしか興味がなかったようで赤ん坊だったレイには見向きもせずに去っていったらしい。
その後その場を通りかかった商人が放置されている赤ん坊に気づき近くの孤児院に預けたというのがランカ帝国の公爵令嬢であるレイが孤児院にいた理由だ。
この出会いは本当に偶然の出来事である。しかし私は運命を感じずにはいられなかった。
マリアント公爵家に女児が生まれたら私の婚約者になるということはレイが生まれる前から決まっていた。
それが帝国から遠く離れた地で出会えるなんて運命としかいいようがない。
それに幸いだったのはこのメノス王国の人々が祝福の一族のことを知らなかったということ。
出会った時の彼女は祝福の一族の特徴が色濃く出ており、銀の髪に新緑の瞳だったのだがこの国の人々は誰も気にしていなかった。
遠く離れたランカ帝国の一族のことなど知らなかったから今日この日までレイは無事だったのだ。
けれどそれがいつまでも続く保証はない。
一刻も早く国に連れて帰りたいが自分自身が身を隠すためにこの国にやってきたのだ。
謀反自体はすぐに収まったがこれを機に父は不穏因子を一掃することにしたようでそれが落ち着くまでには多少時間がかかると言われていたが実際には二年もかかった。
そしてその後国の内部が落ち着いたからと帰還命令が出されたのだ。
この時点では一緒に帝国に向かうには人手が足りなすぎた。だからやむ無くレイと一度別れてからすぐに迎えに行くことにしたのだった。
別れ際に自分が髪と瞳の色を変えるために身に着けていたペンダントをレイに渡した。いつこの国でも祝福の一族を知ってレイを手に入れようとする輩が現れるかわからないので用心するに越したことはない。
ペンダントを外した私の髪と瞳は元の色に徐々に戻りつつあったが夕日のおかげでレイに気付かれずに済んだはずだ。
だからレイはランカ帝国の皇子である私があの孤児院にいた"ハル"だということには気付いていないだろう。
さらに念には念を入れて孤児院長に金を握らせレイを孤児院から出さないように頼んでおいた。
ここまでしたので私がすぐに迎えに行けば大丈夫だろうと思い別れたのだが、この考えが甘かったことを私はすぐに知ることになる。
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