第二話
雨が地面を激しく叩き、雷鳴の轟く中、若い女性が民家の軒下でたたずんでいた。彼女は傘を持っていない。自分の迂闊さを悔やみながら、かと言ってまだ距離のある家まで服を濡らして帰りたくはない。しばらく待とうと諦めた時、びしょ濡れの老女が同じ軒下に入ってきた。そして雨雲を指差して言う。
「あの中にはねぇ、怪獣がいるんだよ」
「怪獣、ですか?」
突拍子もない事を言う。思わず聞き返してしまった。
「そうさぁ、怪獣さね。あのゴロゴロいう音、聞こえるだろ? あれは怪獣の腹の音さ。腹を減らした怪獣が雲の向こうで、捕まえる人間を探してるのさ。そうして獲物を見つけたら取って食っちまうんだ。恐ろしいねぇ」
女性はなんと答えれば良いかわからず黙っていた。認知症の方かと思ったがそれにしては動作や言葉もはっきりしている。老女は全身から水を滴らせながら、雨雲に向かって指をふる。
「あの怪獣は賢いのさ。食べていい人間と悪い人間をよくわかってる。あたしはいい人間、あんたは悪い人間さね。そうそのまま軒下に留まってるといい。あたしはもういかなきゃならない」
老女は言い終わるが早いが土砂降りの中へ出た。女性は次第に遠ざかる背中を困惑とともに見送っていたが、はっと息をのんだ。なんと、雨雲の中から大きな手が老女に向かって伸びてきているではないか。その手は昆虫でも捕まえるようにあっさりと老女をつまんだ。老女は叫び、手足を振り回し暴れているようだが、やがて悲鳴とともに手にさらわれて雨雲の中に消えてしまった。
女性はそれ以来、雷雨の際になるべく外を見ないようにしている。
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