第37話 マイクロフ聖王国 再び

次の日の昼前。


領主城の謁見の間で。



「領主様、お久しぶりでございます。お約束通り倍の塩を持ってまいりました。ご確認ください。今回は1000㎏ですので、前回と合わせて1500㎏となります。」

領主様の横の男が頷く。

「確認した。信用しよう。これだけの塩があれば、我が国は1年は外国から塩を輸入せずにすむ。助かる。では、料金の清算をまずしよう。デメトリアス、頼む。」

「出納管理をしておりますデメトリアスです。

この度は塩の提供ありがとうございます。王都と連絡を取りまして、大国での買取価格は1㎏あたり金貨1枚です。この額はドミル領からの買い取り額と同じです。仕組みとしましては、金貨1枚で買った塩が、塩商人に金貨2枚で売ります。塩商人はそこに儲けと諸経費を乗せて金貨2枚と銀貨5枚で塩専売小売に売ります。小売店はさらにその上に儲けを乗せるでしょうが、許されているのは銀貨2枚までです。ですから、庶民が買うときには、塩1㎏が金貨2枚と銀貨7枚になっているわけです。では、我々の商売の話に戻します。

領主様とも相談した結果、我々は塩1k銀貨7枚で購入しようと思っております。サシントン領の現在の経済状態ではもっと欲しいところですが、誠実な商売が重要ということで、全ての金額の説明をしてから、金額をお話しさせていただきました。如何でしょうか?」

「領主様、デメトリアス様。貴重な情報をありがとうございます。私としてはありがたい話ですね。契約をいたします。今後も塩が手に入れば売りに来ても良いということでしょうか?」

「その時は相談に乗ろう。問題ないとは思うが、国王様次第な面があるのでな。逆に聞くが塩はまだあるのか?」

「理解しました。塩はまだありますし、友達なら用意できると思います。私のこの街での仕事はこれで終わりなため、もしよろしければ塩を運んできた馬をお付けします。ムリを聞いていただきましたお礼です。」

「それは、流石に申し訳ない。デメトリアス、どうするべきか?」

「さすがにもらい過ぎだと思います。これからもひいきにすることはともかくとしても、この街で店をしているわけでもないので、御用商人というわけでもないでしょうし。馬一頭に着き金貨20枚で如何でしょうか。かなり安くなってしまいますが、我が領も手元不如意でして。」

「それはありがたい事ですが馬の金額は結構でございます。その代わりというわけではないのですが、私に土地を分けて頂けないでしょうか?農業をしてみたいと常々思っていたので、辺境の近くの田舎の土地で構いません。」

「では、これが、塩の料金になります。金貨1500枚です。それと土地ですか。いくらでも検討できる用地はあるので、後日来ていただけますか?」

「はい、確かに。ありがとうございました。では、また明日お伺いします。失礼いたします。」


これは大きな土地をもらえるだろう。明日が楽しみだ。『異世界のんびり農家』を目指すか。

塩が売れたところを見ると、塩の輸入が止まったということだろう。次の手を打つ時だが、国への塩の売却まで待とう。そして、俺は。


「師匠、練習に来ました。酒も買ってきました。酒屋に薦められた酒です。」

「おお、スマイル、よく来た。仕事は片付いたのか。」

「ええ、大体ですね。今日もナイフを打てばいいですか?」

「そうだな、同じものを同じように打てなくては商売として成功しないからな。先ずはナイフを10本打ってみろ。」

「分かりました。」

魔力炉が一つしかないので、俺がつきっきりで打っている間、師匠は酒を飲みながら俺の仕事を眺めていた。そして、悪いところを矯正してくれた。最後の10本目を打った頃には真夜中だった。師匠は全部のナイフを見て頷きながら、売り物になると言ってくれた。特に最後の一本は、名を入れておけと言われた。

「スマイル、お前は鍛治スキルを持っているのか?たったの2日だぞ。それで、これ程のナイフを打つか?切れ味も良い。」

「スキルはもってないはずですけど。何かできたのかもしれません。」

「後は自分なりに修行をするだけだ。ナイフ以外だとまだまだだろうがな。」

「そうなんですよ。まだまだですね。話は変わりますが、師匠は何故こんな離れたところに店を開いたんですか?腕がいいのに。」

「俺も最初は職人街に店を持っていたが、その頃は若くてな、兎に角一番でないと嫌だったし、弟子にも厳しく指導していた。あるとき大きなミスリルの仕事が来たんだが、弟子の一人がそのミスリルを持って逃げてな。今までの軋轢もあって、弟子は皆辞め、俺も罰金払って、責任取って離れた場所に来たわけだ。ただ仕事がめったに来ないから、だんだんやる気も失せてきて、田舎に帰るかとも思ったんだが、それも帰りづらく、いつの間にやらずるずるとしていた。今は、また少しやる気になってきたがな。ガハハハッ。」

「もったいないですよね。俺の知り合いの町にいきますか?本当は俺がいつか作る村に来てほしいんですけど、まだまだ先の話なので。」

「お前の村もいいな。しかし、まだないなら、それまでお前の友達の町でも助けるか。何かしてないと人間腐る。俺は鍛治だ。」

「そうなんですよ。私も腐っていたことがあるので、よくわかります。では、その話友達に先ず話してみますよ。友達の町はここから馬車で3日ぐらいの所です。今日はこれで失礼します。」


鍛治が上手くできたので、嬉しくて繁華街に来た。犬の格好でいつもの店に寄ってみる。入り口で一声吠えて中に入る。女将さんが嬉しそうに見てくる。

「お、何だ。犬が入ってきたぞ。この店は犬を食わすのか?」

「何言ってんだい。この犬は金払いのいい犬なんだよ。どっかのだれかと違ってね。もう一生分は払ったからいつ来てもいいんだよ。VIPだよ。久しぶりだったね。おあがり。」と皿に肉付き骨を乗せてくれた。直ぐに食べたら、おっさんが驚いて、

「骨ごと食ったぞ。」

「いつものことだよ。」

「凄いな。それでさっきの話はなんだっけ?マイクロフ聖王国の話。」

「俺の連れによると、もうすぐ戦争になるかもしれないってさ。マイクロフ聖王国から塩の輸入を止めるとよ。マイクロフ聖王国はユリーザ大国を目の敵にしているから、こうなってもおかしくないが、サシントン領事件でもうほぼ回復不可能だったんだよな。」

「全くマイクロフ聖王国はひどい国だよ。ユリーザ大国からの使者も殺そうとしたらしいよ。」

「しかし、戦争になるとどっちが勝つのか、俺たちの生活も変わるだろうな。」

「そうだね。でも、いつまでも甘い顔をしていたら、碌なことにならないからね。子供育てるときと同じだよ。」

「ちげーねえ。」

「わん。」

全く困ったもんだ。進展しているようだから、見に行こう。俺は外に出てまた吠えてから、闇の中に消えた。



その頃の領主城。



「領主様、今回の塩の売買は本当に渡りに船でしたね。これでまた領が潤いますし、国王様には褒められるし。商売もすんなりいって馬まで手に入りました。軍馬に出来るかもしれません。」

「まったく嬉しいことが重なるな、あの苦労の後。あの者には忘れないように土地を譲っておいてくれよ。」

「はい。場所の融通は利くようでしたし、辺境の付近でも問題ないとのことですからいくらでも余った土地があります。農業をしたいとのことでしたから、その可能な土地を選ばせようと思っております。」

「それでよい。そなたは今回の衝突で戦争になると思うか?」

「私は思いません。塩の輸入を禁止されたことにいらだっているのでしょう。命綱の塩を握っているということがマイクロフ聖王国の上からの対応の理由の一つですが、そのカードがもう使えないのですから。

スレイニー司祭一行暗殺未遂や、使者障害未遂事件で、陛下は怒り心頭です。いつもならマイクロフ聖王国側が怒りに任せて行動しますが、今回そうすれば我が国も行動することを理解しているでしょうから、暫くぐちぐちいうことで収まると思います。また、噂が本当ならばあの男がまた呪いをかけるかもしれないと恐れているでしょう。別に我が国の味方というわけではないでしょうが、あの国からしたら違いは無いはずです。実際どうやって100人程の騎士を追い返したのか…。」

「それに戦争になれば、多くのマイクロフ聖王国人がこの領に来るだろう。そして、問題を起こす。我が国は人種至上主義ではないから必ず揉める。勘弁してくれ。だから戦争だけは避けたい。」

二人は深い息を吐いて、今日の会話を終わらせた。


俺はジョージの元に飛んだ。

「おい、ジョージ。起きろ。」

「スライム久しぶりだな、このやり取り。」

「ああ。この町に鍛冶師は居るか?」

「野鍛治をする人はいるけど、本職ではないな。馬に着ける道具を作ってくれる人知らないか?」

「ちょうどいい人がいる。ドワーフでカイルという。俺の鍛治の師匠だ。頼んだら来てくれるぞ。」

「それはありがたい。いつ来れそうだ?」

「そうだな、10日位はかかるだろう。移動も含めれば2週間ぐらいか。」

「大丈夫だ。家とか用意した方がいいか?」

「いや、鍛冶師だから家の作りもちょっと違うだろうから、俺と一緒に来た時作るよ。その時は手伝ってくれよ。」

「分かった。町長にも言っておくよ。ドワーフのカイルだな。」

「頼んだぞ。変わるが今期の種まきは終わりか?ジャーモはどうだ?」

「種まきは終わったし、近所の手助けもした。お前に教えてもらったことを教えたけど、先に新しい畑を開墾しないとうまく進まないからな。馬を利用するためにも、道具がいるんだよ。」

「なるほど、師匠に早めに来るようお願いしてみる。馬はどうしている?」

「みんな元気だぞ。のんびりしてるよ。」

「そうか、連れてきたから責任感じてたんだ。じゃあ、俺は行く。」

「おやすみ。」

「おやすみ。」

俺はネリーの家にきた。ネリーが寝ているのは当たり前だが、声を掛けようと思ったのだ。日本にいた頃は、起こしては悪いとか邪魔しては悪いとか考えて挨拶や声掛けを控えたりしたが、それは結果的に避けられているとか社交性が無いと取られて、悪い印象になってしまった。その結果声を掛けられなくなり、引きこもりの理由の一つになった。だから、これからは大事な人には声を掛ける。少々図々しく思われても。


おでこを触りながら、

「ネリー、俺はまだ仕事でもう行かなくてはいけないが、もうすぐ海に連れて行ってやるからな。」

「お父さん。」

「ああ、起こして済まない。でも挨拶したくてな。」

「また行くの?」

「ああ。次はドワーフのおじさんを連れてくるぞ。」

「どんな人?」

「そうだな。背が低くて太っているけど、陽気で優しいい人だぞ。ネリーも友達になるよ。俺の鍛治の師匠だ。」

「早く来るといいね。」

「そうだな。じゅあ、俺はいくよ。おやすみ。」

「起こしてくれて、ありがとう。おやすみなさい。」

俺はおでこから手を離すと、出発した。

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