第二話 絡みあった想い

2-1

 ふと、問題が起きた。

 ちゆりさんと二人で逢う約束が出来たのはいい。しかし、連絡先を知らないのは誤算というか、大問題である。


「いや、自分の思考に穴抜けがあったのは認めるよ。だけど、どうしよ……」


 自身を間抜けだと認めたくない。けど知らないのは事実であって。




「……ヒロ兄に訊くのは、なぁ」


 思い付く限りの一番手っ取り早い解決策。

 と、同時に無神経にも程がある。遠慮はしないと決めたが、最低限の節度というか常識は守りたい。



 明くる日、部活を終えた放課後。俺は参考書を購入する名目で本屋へと訪れていた。微かに流るるバックミュージックが悩みに近しい思考をさらに掻き立てる。


「ネットを駆使して相互関係に……って、それは怪しまれるっていうか」


 回りくどい。知り合いなのに、ネットを介するほど関係は薄くないし……そもそもアカウントを捜索することから始めないと。


「詰んだ、かな」


 早々、結論に終止符。

 どの案も微妙かつ、現実的ではない上に下手したら犯罪的。それこそ、ただの中学生が可能な範囲だって限度がある。


 あーあ、たまたま何かの拍子に出逢ってしまうドラマみたいな展開があるわけ――。



「あれ、智也くん?」

「えっ」


 角から女性の声音と、ゆるふわの茶髪を持つ見覚えのある人物が現れる。それはまさに、たった今、難題を抱いていた中心者。


「……ちゆりさん?」


 天崎ちゆり、その人だった。


「ふふっ、昨日に引き続き偶然だねー。何だか嬉しいなぁ」


 柔らかく、綻ぶ笑み。心からそう思っているであろう、言葉の優しさにこちらも自然な笑顔が浮かぶ。

 それでも薄めのメイクでは落とせないのか、目元のクマがあったのを見逃せなかった。


「本当に、偶然って重なりますね」

「うんうん。公園に引き続き、まさか本屋さんでも。何か買いに来たの? あ、ここのコーナーって」


 キョロキョロと見渡す。

 本屋なので当然、大量の紙束が本棚に収納されているわけだが。手に持っていたものを隠さずに見せた、堂々と。


「参考書です。一応、来年は受験生になるので早めに買っておこうかな、と」

「へぇ、凄いね! わたしなんて、高校の受験は中三の夏くらいに勉強をし始めたのにー」

「あはは。少しでも志望校の合格ラインを上げたいためですから」


 褒めて貰えるのは素直に嬉しい。

 成績は中の上くらいだけど、今から頑張れば上位だって夢じゃない。そしたら彼女ももっと褒めて……なんて、さすがにそれは夢見がちだろうか。


「ところで、ちゆりさんはどうして本屋に?」


 とりあえず、会話は続けたいので無難なところを話題に出してみる。……ヒロ兄の話は、きっと避けた方がいいよね。


「え、ええっと。わたしも、まあ、ある意味では参考書、を買うためかな?」


 歯切れが悪い。それもそのはず。



「『男女関係を良好に導きたいならこれを読め! 女性向けの恋愛雑学辞典』」


「ううっ、そんなハキハキとタイトル読まないでよー」

「男性の隠れた本音とマル秘テクニック、教えちゃいます」


「ちょっと‼」


 怒った。母さんと比べるまでもなく、全然怖くない……じゃない!


 マズい、早々にフラグを回収してしまった。


「もぉ、酷いよー」

「すみません、つい」


 可愛かったもので、と頬を膨らませている彼女に耽ってる場合じゃない。というか、連絡先聞くチャンス!


「あの、ちゆりさん。もしお時間がありそうならお茶、しませんか」


 どこかで覚えた誘い文句。ちょっとクサい気がするけど背に腹は代えられない。

 問うて、すぐにパッと笑顔が舞う。


「いいね! じゃあ、先にお会計を済ませちゃおうか。何かお勧めのお店ある?」

「はい! 実は近くのお店で気になっているところがあって――」



 任務完了。

 第一段階として、カフェに誘うことは成功した。あとは連絡先を聞いて話を盛り上げて、と。


 恐らくまだ恋愛対象として見られてはいない。それは、捉え方を変えれば全身あるのみということ。


 さあ、俺の戦いはここから……!

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