墓参り

 大和が鹿の魔物と戦った後、俺たちはチェルボ国内にテレポートした。


「おぉ。ここがチェルボですか。なんか国ってより集落って感じですね」


「先生はここで生まれ育ったんだね」

恭介が感慨深そうに言った。


チェルボは鉄柵に囲まれた小さな国だ。

この国の住居の多くは日干しレンガで作られている。

チェルボは乾燥地帯にある国なのだ。


「国の中はなんていうか伝統的な雰囲気? があるのに鉄柵を隔ててすぐ外には都会が、それも廃墟と化した都会の景色が広がってるのってなんか面白いですね」

「そうでゴザルなー」


「ピラミッドのすぐ近くに近代的な街並みが広がってるエジプトみたいです」


「エジプト? それはよく分からんでゴザルが」

「あ、エジプトはないんですね」


俺たちがチェルボの雰囲気を堪能していると


「おんどりゃああぁぁ!」


突然叫び声が聞こえた。


かと思ったら数えきれないくらい大量の斧が飛んできた。


ん?

斧が飛んできたぞ?


「うわぁ! なになになになに!?」


大和は大慌てでポケットから刀を取り出そうとしているが、間に合わない。


「ぎゃああ!」


斧は俺たちの鼻先まで迫ったところで動きを止めた。


「と、止まった」

大和はへなへなとその場に座り込んだ。


「ありがとうでゴザル」

隣にいる恭介にお礼を言うと

「うん。びっくりしたね。焦った」


恭介は驚いてるのかどうかいまいち分からん顔でそう言った。


「あ、これ恭介の浮遊魔法ですか。助けてくれてありがとうございます。いやーびっくりしました。一体なんなんですかね」


「分からない。とりあえずこの斧はその辺に置いとこうか」


恭介が少し先の地面を指差すと、宙に浮いていた斧はそこに向かって移動した。


「むむ?」


声が聞こえたので振り返ると首を傾げる数人の男がいた。


「魔物ではなかったか」

「ならばこいつらは人型魔族?」


何かをブツブツ呟いている。


「魔族じゃないですよー。人間でーす」

天姉がひらひら手を振りながら無害アピールをする。


「信じられないな。稀に人間がチェルボに来ることはあるが、その場合は基本的に飛行戦艦に乗ってくるぞ。今日はそんなもの見かけていない」


「私の空間魔法でテレポートしてきたんや」


相手の一人が反応した。


「ちょっと待て。空間魔法だと? それこそ信じられんな。知り合いの天才が研究していたが、結局完成させることはできなかった魔法だ。俺の知る限りあの人より優れた研究者はいない。空間魔法が完成していることも信じられないし、もし完成していたとしても君みたいな子供が扱えるとは到底思えない」


「あ? 偏見か? なんやねんふざけんな。そうやって年齢で決めつけんのか? お? 最近の子供はすごいんやぞ。そんな風に人のことを決めつけて生きていくとなぁ」


「分かったから落ち着け日向。まくし立てないであげて。この人困惑しちゃってるから」


恭介に言われて我に返った日向は

「ごめんごめん。ちょっと冷静じゃなくなってたわ。私子供扱いされるん嫌いやねん」

と言って咳払いしてから話し始めた。


「多分やけどな。あんたが言ってるその研究者って私の先生やで」

「なんだと?」


市川結輝いちかわゆずきのことゆうてんねやろ?」

「! あの人のことを知っているのか!?」


「だから先生やゆうてるやろ」


「……そうか。あの人の教え子か。それならありえない話でもないのか」


一人で何かブツブツと呟いてから

「さっきはいきなり攻撃して悪かった」

と俺たちに謝った。


そして他の仲間に向かって

「みんな、大丈夫だ。この子達には俺が対応する」

と言って下がらせた。


「今更だが、チェルボへようこそ。何もないところだがゆっくりしていってくれ。それと良ければ色々話を聞かせてくれないか?」


「もちろんでゴザル。えーっと。お主の名はなんでゴザったっけ?」


早乙女風河さおとめふうがだ。よろしく」


それから早乙女さんの家に移動した。



 家の外観はなんだか無骨な感じだが、中は普通に綺麗だった。


ひと息ついたところで、早乙女さんがまた謝った。

「改めて、さっきは斧を投げたりして悪かった。チェルボには魔物が入ってきたら対処する警備員のような役割の人間がいるんだが、俺たちはそれでこの辺の担当なんだ。まさか人だとは思わずいつものように斧を投げつけてしまった」


「魔物への対処法って斧を投げつけることなんですね」


「まぁそうだな。大体斧を投げれば逃げていく。逃げなかったら晩飯になる」

「そうですか」


大和は顔を引きつらせた。


早乙女さんは気にせず話を進める。


「じゃあ早速だが、聞いてもいいか? あの人は今何をしているんだ?」


俺たちは早乙女さんに市川結輝、俺たちはゆずって呼んでたからこれ以降はゆずって言うけど、ゆずが死んだこと、そして死ぬことになった経緯や今世界がどんな状況にあるのかを説明した。


早乙女さんは終始驚いていた。


チェルボにはネット環境なんてないし、外の世界の情報が入ってこないから何も知らなかったらしい。


話を聞き終わった早乙女さんは俯いた。


「……そうか。あの人は死んでしまっていて、桜澄は世界を消そうとしているのか。そんなことになっていたとは」


「はい。だから先生を止めるために協力を要請しに来たんです。ん? 早乙女さんってもしかして先生と知り合いだったりします?」


恭介の言葉に早乙女さんは頷いた。


「俺も桜澄と同じく島崎道場出身だからな」


早乙女さんによると、どうやら先生も早乙女さんもげんじーが昔やっていた島崎道場なるものの門下生だったらしい。


早乙女さんは更に先生について俺たちも知らなかったことを教えてくれた。


元々先生の家、小野寺家はすごい金持ちだったらしい。


そして先生の両親は海外旅行が好きで世界中を旅していたようだ。


この世界において結界の外に出ることは基本的にない。

理由はもう言うまでもないことだと思う。


国魔連の護衛付きの飛行戦艦は前にも言ったようにチケットが高すぎて庶民には一生縁のないような話で、それで世界中を旅するなんていうのははっきり言って異常だ。


それくらい小野寺家は金を持っていた。


とにかく、先生の両親は世界を旅し、ある時チェルボに辿り着いた。


そしてチェルボを痛く気に入り、永住することに決めた。


村社会というかなんというか結構排他的な感じの国であるチェルボだが、先生の両親はすぐに馴染んでいったそうだ。


そうして過ごしているうちに先生、小野寺桜澄が誕生した。


先生はすくすくと育った。

そしてどんどん強くなっていった。


何かあればすぐに斧を投げるバーサーカー集団であるチェルボ国民の中でも先生は特別強かったそうだ。


先生には仲の良い友人がいた。


小野寺家の使用人であり、先生の両親と共にチェルボで暮らすことにした市川夫妻の間に生まれた娘、市川結輝。


俺たちがゆずと呼んで慕っていた人だ。


先生はチェルボ最強の人間として、ゆずは天才研究者として国内にその名を轟かせていた。


ある時、チェルボに集団で訪れる者があった。

げんじーをはじめとする島崎道場の人間である。


その頃島崎道場のげんじーと門下生たちは武者修行と称して世界中を魔物をボコボコにしながら旅していたのだ。


そうして先生はげんじーと出会い、島崎道場の門下生として旅に同行することにした。

ゆずもそれについていった。


それから時が経ってげんじーは道場を畳み、先生とゆずは孤児院で俺たちと出会う。


早乙女さんはげんじーが島崎道場を畳んだタイミングでチェルボで暮らし始めたからその後のことは知らなかったらしい。


「そうだったんでゴザルな。先生の人生の軌跡なんて初めて知ったでゴザルよ」


「早乙女さんはどうしてチェルボで暮らそうと思ったんですか?」

天姉の質問に早乙女さんは苦笑してから答えた。


「桜澄はな。島崎道場に入った時点で俺より強かったんだよ。俺はずっと島崎道場で頑張ってたのに入ってきたばっかりの奴に一瞬で追い抜かれてすごく悔しかったんだ。それで俺は桜澄を勝手にライバル視し始めた。でも桜澄は道場に入ってからとんでもないスピードで成長していってな。あまりにも桜澄が遠いものだから桜澄の強さには何か秘訣があるんだろうなと思ってそれを求めて桜澄の故郷であるチェルボで暮らしてみることにしたんだ。そうしたら思いのほかここが気に入ってしまってそのまま住み続けているってわけだ」


「へぇー。先生の強さの秘訣は何か分かったでゴザルか?」


「まったく分からないな。確かにチェルボ国民は皆強い。でも桜澄の強さはチェルボ国民と比べてもおかしい。あれはやっぱり突然変異的なものなんだろうと思う」

「そうでゴザルか」


「それにしても、この辺境の土地にたった一人移り住むのって結構ハードル高そうですけど、早乙女さんにとってコザクラさんはそれほど超えたい相手だったってことですよね。なんかいいなーそういうどんなことをしても勝ちたいライバルの存在って」

大和が目を輝かせて言った。


「俺が勝手にライバル視してただけで実際俺と桜澄じゃ話にならないくらい差があるけどな。それと、俺は一人でここに移り住んだわけじゃないぞ。もう一人島崎道場の奴を誘ったんだ」


早乙女さんがそう言った直後

「ただいま~」

玄関から声がした。


「お、噂をすればってやつだな。帰ってきたみたいだ」


「あれ、お客さんかい? 風河君がお客さんを招くだなんて珍しいね~。あ、僕は望月文弥もちづきふみやです。よろしくねー」


望月さんはさっき早乙女さんが言ったように島崎道場の出身で、早乙女さんに誘われてチェルボで暮らし始めたそうだ。


早乙女さんが望月さんにここまでの話の流れを説明した。


「かくかくしかじか」

「ふむふむなるほど。外の世界は今そんなことになっているんだね。そりゃ大変だ」


「マジで大変なんや。それでなんやけど、二人に桜澄さんを止める手伝いをしてもらうことってできるか?」


早乙女さんも望月さんもすぐに頷いた。


「というか止めないと俺たちも消えるわけだしな」

「そうだね~。桜澄君なら本当に天使を殺してしまえるだろうし。絶対止めないといけないね。もちろん僕も協力するよ」

「ありがたいでゴザル」


「おぉ。こんなに協力的な人は初めてじゃないですか?」


「そうだっけ? 大和って例があるからな~」

天姉がニコニコしながら言った。


「あ、そうでしたね。俺は協力を求められてすらいないのに協力的だったんでした。俺がナンバーワンですね。というか早乙女さんと望月さんってやっぱりけいたちから見ても強いんですか? 俺には強そうってことしか分からないんですけど」


「強いでゴザルな」

「少なくとも身体能力じゃ勝てないと思うよ」

「マジですか」


「まぁでもこの世界での強さって基本的にどれだけの魔法を使えるかで決まるからね。君たちは若いのにすごいね~。魔力量がすごすぎて勝てる気がしないよ。大和君だけちょっとよく分からないけど」


「こいつは今まさに成長期でゴザルからな」


「頑張って強くなります。ってかさっき思ったんですけど、コザクラさんの親御さんのお墓参りしちゃ駄目ですか?」


大和の申し出に俺たちは少し驚いた。


「全然構わないと思うけど、なんか急だね。どうしたの?」

恭介の問いかけに大和は少し考えてから答えた。


「今の問題って遡ったらコザクラさんの親御さんから始まったことだって思うんですよ。別に悪い意味でってわけじゃないですよ? 単純に始まりがそうだったってだけで。そう思ったら問題を終わらせに行く前にお墓参りしたいなって気持ちになったんです。本当はゆずさんのお墓参りもできたらいいんですけどね」


「ふーん。そっか。いいかもね。僕もいつか行きたいって思ってたし。でもゆずのお墓参りは無理かな」


「ですよね。あんまり時間無いですもんね」


「いや、そもそも参るべき墓が無いんでゴザルよ」

「あ、そういえばコザクラさんが国をめちゃくちゃにしたんでしたね」


「そういうことじゃなくて、ゆずは死んだ瞬間に消えたんでゴザル」

「消えた?」


首を傾げる大和に恭介が説明した。


「ゆずが攫われたあの日、僕たちは先生と一緒にゆずを助けに行った。僕たちは迫りくるやつを全員蹴散らしながら堂々と進んでたからゆずにもこっちの動きが伝わったみたいで、ゆずは僕たちに向けて居場所を知らせるために魔法を使おうとしたんだけど見張りの兵士がそれを邪魔したらしい。それでもゆずは抵抗して魔法を使おうとした。あとは知っての通り」


「兵士が脅しのつもりで放った魔法が当たってしまって亡くなってしまったんですよね」


「そう。僕たちはちょうどそのタイミングでゆずの元に辿り着いた。ゆずは目の前で消えた。命を落とす瞬間、なんの前触れもなく、その場から跡形もなく消えた。あれがどういうことなのかは未だによく分からない」

「それってもしかして生きて」


「いや、ゆずは死んだ。間違いない。あの後、いくらゆずの魔力を探ってもどこにも反応はなかった。変な期待はせん方がいい」


日向が真面目な顔で言った。


しんみりした空気が流れる中、天姉が立ち上がった。

「と、とにかく! お墓参りに行こう! どこにあります?」


「ああ。案内しよう」

早乙女さんも立ち上がった。


ということでみんなで先生の両親の墓参りに行くことになった。

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