息抜き

 大和の魔法についての話がひと段落し、話題は僕たちの交渉の結果に移った。


「そういえば今日の交渉どうでした?」

大和が訊いてきた。


恭介は首を横に振る。

「案の定駄目だったね。まぁしょうがない。そもそも今はこの国自体が不安定だしね。自分たちのことで手一杯らしい」


「ヴォルペとルーポで揉めてるんでしたよね」

僕は頷いた。


「そうそうよく覚えてたね。ほんと困ったもんだよ。まぁでも一応交渉はしたからノルマ達成だね。あとは武器が出来上がるまでこの国でやることはない」


「そうですかー。あ、今日修行してる時に小太郎と凛が空中に魔法陣を出してましたけど、あれってどうなってるんですか?」


「それも魔法やな。頭ん中のイメージをホログラムみたいに空中に表示する魔法」

日向はそう説明して、右手の人差し指を立てた。

すると日向の頭上にカピバラの立体映像のようなものが発生した。


大和はパチパチと拍手する。

「おぉすげー。ふーむ。なんかややこしいですね。魔法で表示した魔法陣に魔力を込めて魔法を使ってるのか」


日向が人差し指を下げると、カピバラも消滅した。

「魔力量に余裕がある奴がよーやる。魔法学校の授業とかで使われたりすることもあるな」


「へぇーいいなー。俺もカッコいい感じの魔法使いたいな~」

死んだ目で大和が言う。


そんな大和を見て天姉が

「可哀想。あ、そうだ! 明日大和の気分転換に遊び行こうよ!」

と言った。


「気を遣ってくださらなくても俺は別に疲れてないですよ?」


「まあまあ遠慮しなさんなって。この近くにデパートがあるらしいからさ。みんなでお買い物に行こう!」

天姉が大和の肩を掴んで揺さぶった。


「デパートですか……。大丈夫ですかね。テロリストに襲われたりしないですか?」

大和は天姉に揺らされながら訳の分からない心配をしだした。


「しないでしょ。何その心配」

天姉が冷静にツッコむ。


「仮にテロに巻き込まれても世界で僕たちより強いのなんか魔王と先生くらいだからね。どうにでもなるでしょ」

僕がそう言うと大和はニッコリ笑って

「そうですか。それじゃあ行ってみたいです!」

と答えた。


「決まりやな。そんじゃ今日は明日に備えてみんなはよ寝なアカンで」

「はーい」

大和が気の抜けた返事をする。

「明日は遊ぶぞー!」

天姉はそう言って大きく伸びをした。



 次の日。

僕たちはデパートの前にいた。

中に入ると大きなポスターが目に入った。


大和がいち早く反応した。

「お、映画のポスターですね~」

「行ってみる?」

僕がそう言うと

「行くとしてもお買い物した後ね。まずは餅を買いに行くぞ!」

天姉が勢いよく宣言した。


「天音は餅が好きなんですね」

若干引き気味に大和が言うと、天姉は謎に胸を張った。


「やっぱ乙女たるもの餅が好きでねーと」

「意味分かんないですけどそうなんですねー」

大和はデパートを観察しながら適当に言った。


「なんか大和、天姉の扱い方慣れてきたな。その調子や」

日向が大和を褒める。


「もう完璧ですよ」

「適当にあしらうな。拗ねるぞ」

「そうなんですね~」

「おい!」


そんな感じでお喋りしながらデパートを見て回る。


「おー! このマグカップ良くない!?」

日向がカピバラのイラストがプリントされたマグカップを見ながら言った。

僕はイラストをじっと見てみた。


「なんか眠そうなカピバラだな」

「そこが可愛いんやろ。うへへ。買お」


日向はニヤニヤしながらレジに向かった。



 その後も色々見て回った。

天姉がうるさいので餅も買った。


そして服屋に入って服を見ている時

「なんか大和の髪、ちょっと赤くなってない?」

恭介が大和の髪の色の変化に気が付いた。


「え?」

大和は店にある鏡で自分を確認した。

確かに髪が少し赤みがかっている。


「本当だ。え、なんででしょう?」

「あー。多分それは大和が魔法使いまくったせいやな。木刀折れるたびにコレクトで直してたんやろ?」

日向が問うと、大和は頷いた。


「ん? 魔法使うと髪の色が赤くなるとか聞いたことないけど」

天姉が首を傾げる。


「なんかなー。大和の魔力って赤いんや。魔力自体に色がついてる」

日向が大和の髪に触れながら答えた。


「なにそれ。魔力に色とかあるの?」

天姉が眉をひそめながら訊き返す。


「普通ないな。なんで色ついてるかは分からん」

「はぁ……。やっぱ違う世界から来たからですかねー」


「かもな。そんで魔力が赤いから魔法使うたびにちょっとずつ髪が赤くなっていくんやろな。あと目の色もちょい赤くなってるな」

日向はうんうん頷きながら大和の目を覗き込んだ。


「これ、元に戻りますかね。不良だと思われるのは嫌なんですけど」


「魔法使わんでしばらくほっといたら魔力が抜けて元に戻るんやないか?」

「なるほどー」


「つくづく大和は特別感あるよなー」

僕は大和の髪をくるくるしながら言った。


「でも地区大会三位くらいの実力なんですよね……」

「いや。あの時と評価は変わってる」

日向が真面目な顔で首を横に振った。


「え! もう全国大会優勝くらいまでいきました!?」


「県大会準優勝くらいやな」

「んー……。でも嬉しい!」

大和は一瞬複雑そうな顔をしたが直後に笑顔を見せた。



 買い物を終え、デパートを後にした僕たちは昼食を済ませて映画館へ向かった。


観るのはさっきデパートにあったポスターの映画だ。


「なんかほんとに別の世界に来たのか不安になりますね。普通に映画が観れるとは」

感心したような呆れたような顔をして大和が言う。


恭介が訊いた。

「大和は映画好き?」

「そこそこです。でも映画館で観ることは少ないですね。暗くなると寝ちゃうので」

「私もー」

天姉がわかるわかるといった感じで同意する。


「天姉はいつでもどこでも寝るもんな。孤児院時代も本棚の上で寝てたことあったし」

恭介が懐かしがるような口調で言った。


「しょうがないでしょ。本棚の上までたどり着いた瞬間眠くなったんだよ」


「まずなんで本棚に上るんだ」

「だって上りたかったんだもん」

「じゃあしょうがないか」

「しょうがなくないと思いますけど」

大和が小声でツッコんだ。



 シアタールームに入ると半分くらいの席が埋まっていた。

僕たちは予約した席に座るとスマホの電源を切った。


しばらくそのまま待っていると、上映開始五分前にはほぼ全ての席が埋まった。


照明が少し落とされ薄暗くなる。

僕は左肩に重みを感じ、察した。


「天姉はもう寝たのか。まだ始まってもないんだけど」


このままでは肩をよだれまみれにされかねないので、肩に乗っている頭を天姉の左隣に座る大和の方へ押した。


天姉はされるがまま左に傾く。

そして大和に寄り掛かった。


その時僕は気づいた。

大和も寝てる。


「こいつら何しに来たんだ……」

呆れながらスクリーンを眺める。

少ししてアクション映画の上映が始まった。



 上映後。

「いや~面白かったですねー」

「そうだねー」

明後日の方向を向いて天姉と大和は映画の感想を口にした。


「おい。あんたら寝てたやろ」

日向がすぐにツッコみを入れる。


「ぐっすりだったね。てか始まる前から寝てたでしょ?」

恭介も二人が寝ていたことには気が付いていたようだ。


それもそのはず、二人は

「ガアァァ! ガアァァ!」

「ガーガー。フガッ! ……ガーガー」

と果てしなく迷惑ないびきをかいていた。


「かたじけない」

大和が申し訳なさそうに謝った。


天姉もそれに続き

「それな。いやマジかたじけない」

と謝る。


「かたじけないの使い方全然違うけど。ていうか映画観る前に昼飯を食ったのがマズかったね」

恭介の言葉に大和が大きく頷いた。

「ですね。そのせいですごく眠くなりましたもん」

「にしても一瞬で寝てたけどね」


その後も僕たちは適当に街を散策して回った。



 この日の夜。

旅館の温泉に入った後に部屋に戻ると、大和はすぐに心地よい眠気に誘われた。


今日は大和にとってこの世界に来て一番楽しかった日になった。

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