第19話・拡散され始める真実

Side:霞が関


 次から次へと鳴り響く電話と届く電子メールに、対策室はてんやわんやの大騒ぎだった。


「くっ、九番目だけでも大変だってのに!」


 対策室は昨日発見された九番目のダンジョンの対処で忙しい中、昨夜夜半に報告があったインターネット上でのダンジョンの映像流出問題が悪化していた。


 転載が止まらず秘匿に綻びが見え始めているのだ。


 ひとつの映像が出回ると、過去に出たものの各国政府により消された類似するダンジョンの映像などが掘り起こされる。個人単位で保存していたものまで抹消出来ないことが仇となった。


 無論、現状で多くの者は面白半分で拡散と転載を繰り返しているだけになるが、中には映像からCGなどではありえないと気付く者も出始めていて騒ぎになりつつあった。


 また、少ないながら公的機関の目を逃れて民間人が発見したダンジョンも存在し、そんなダンジョンを個人単位で独占していた者などがフェイクを交えつつ一部情報公開するなどしていて、僅かな真実と多くの嘘が入り乱れる大騒動になっている。


 無論、各国政府は早急に秘匿するべく対応をしているが、対策の規模も形も様々なため足並みが揃わず拡散が止まらない。


 実のところ日本国内もそれは同じで、真実を知る限られた者たちが秘匿するべく動いているが、なにせ少人数しかいないため後手に回ってしまった。


「いくつかのハッカー集団が拡散しているとの報告もある。あいつら、ダンジョンを宝の山かなんかと勘違いしているんじゃないのか?」


「隠せば暴きたくなるのが人の性ってね」


「そんなこと言っている場合か!」


 対策室の面々も懸命に秘匿しようとしているが、高度に情報化した現代においてダンジョンのようにどこに現れるか分からないものを管理秘匿するのは簡単ではない。


 正直、よくここまで隠し通せたと褒めるべきだろう。


「官房長官に報告! 最悪の事態もあり得るぞ!!」


 ダンジョンの暴露、それは多くの機密や秘密と同じように、一部の特権階級、国家やメディアなどの信頼度のなさも根源にあった。


 一部の者に独占されてはたまらない。国連加盟国の間でも先進国と途上国ではダンジョンに対する温度差があり、先進国がダンジョン利権を独占するのではと疑心暗鬼になっていて、独自に動いているところはあるのだ。


 それが偶然なのか必然なのか。カケルたちと無関係なところで世界は少しずつ変わろうとしていた。




Side:天橋翔


 たくさん買い物をしたな。


 夜も外食でもと思っていたが、プリーチァたちが家でゆっくりと食事がしたいというので帰宅している。


 洋服や雑貨などの小物とスマホは持ち帰っているが、ベッドなどの家具は配送を頼んだので明日以降に届く予定だ。今のところ女性陣の部屋には来客用の布団しかないからなぁ。


「なかなか面白いわね。このスマホというものは」


 疲れも見せずに一番楽しげなのはノクティアだろう。買ったばかりのスマホをいじっている。


 なんというか、気高く意味深な態度に終始していた魔王のイメージが壊れた気がする。


 さて、夕食の支度でもと思っているとオレのスマホが鳴った。


『天橋! 見たか!?』


 北村だ。ただ、主語がないままでも分かるだろと言いたげなくらい興奮している。


『なにをだ? 今日は買い物に出ていて今帰ったばかりなんだが……』


 SNSでも動画配信サイトでもいい。とにかくダンジョンと検索しろと言われて、パソコンを立ち上げてインターネットを開く。


『お前が追い払った化け物の映像があるんだ!』


 買った品を見ていた女性陣も、何事だとパソコンのモニターを覗き込んでくる。ちょっと近い。息遣いが聞こえるくらいに。


 おっと、そんなことを気にしている場合じゃないな。


 言われた通りに検索すると、先ほど家電量販店で見たのと同じ動画があちこちに転載されて見ることが出来た。さらに見たことがないダンジョンらしき動画がいくつもある。


『確かにあの化け物だな』


『ネットだとゴブリンって呼ばれてる! CGや特撮派と本物派で意見が分かれて大騒ぎだ。学校、やばいんじゃないのか? あれがCGや特撮なわけねえだろ!!』


 とにかく非日常のあまりの事態に、北村が興奮しているのは分かった。学校の地下に同じ魔物がいるとなると、不安になるのもあるんだろう。


『とりあえず落ち着け。今日調査されただろうし。なにかあれば説明なり対策なりされるだろ』


 まあ、状況的に誰かがダンジョンを隠そうとしているみたいだし、誤魔化される可能性が高いが。一介の高校生としては安全さえ確保されるなら、それのほうがメリットはあるかもしれない。


 ただ、その時、別の着信が入った。


『悪い、着信だ。あとで掛けなおす』


『天橋君? 突然ごめんね。SNSの騒ぎ見てる?』


 堀井さんからだった。誰から電話番号を聞いたんだろう? 教えた記憶がない。北村経由だとは思うが。


『うん、北村から連絡あって今見てる』


『あの化け物よね?』


『同じ個体というより同種の個体とは思うけど、ほぼ間違いないと思う』


 オレはレッサーゴブリンだからとあまり気にしていなかったが、あの時に見たふたりは驚きを通り越しているらしい。この調子だと、もうひとりの相沢さんも同じだろうな。


『父は明日、改めて学校に行くと言っているわ。まずは地下空間を保護者たちで確認するべきだと。それと正体不明のなにかに襲われたと私たちが揃って証言するなら、そっちも問いただすと言っているわ』


『堀井さんのお父さんって確か……』


『PTAの役員をしているわ』


 昨日帰ってから少し調べたが、堀井さんは日本を代表する企業の社長令嬢だった。当然、お父さんは社長であり学校への影響力は軽くない。


『良かったら証言してくれない? 北村君と相沢さんにも頼んだわ。ただ、あの時追い払った天橋君の証言が一番ほしいの』


 当然の反応だろうな。子供が学校も把握していない地下に落ちた。そこで二足歩行の正体不明の化け物に襲われたなんて言えば、親は正気を疑いつつ心配するだろう。


 きちんと話して正気を失っていないと分かると信じて動くのもありうる。


 ただ、迷う。これ以上、追及してもあまりいいことにならない気がする。事は個人でどうこう出来るレベルじゃない。


 あっちの世界でもいろいろと経験したが、個人として目立つとろくなことがない。


「カケル、受けなさい。拒否したら疑われるわ」


 スマホから漏れる堀井さんの声が聞こえていたプリーチァが、小声で囁くようにアドバイスをくれた。


「そうね。程度にもよるけど、貴方の立場で拒否したら不自然よ」


 フィーリアもか。確かに、そうかもしれない。


『分かった。役に立つか分からないけど、必要なら証言するよ』


『良かった。このまま有耶無耶にされたくないの。なにかあってからじゃ遅いでしょ? あの時だって天橋君が冷静に追い払ってくれなかったらどうなっていたか』


 学校も警察も真摯に対応してくれたと思う。ただ、人ではない二足歩行のなにかに襲われたと証言しても反応が鈍かった。


 猿かなにか入り込んでいるのではないか? そういう印象だったろうし、それが普通だ。


 とはいえ、見た存在は猿には見えない。そこに同じような映像が出回ると、確証を持って当然だからな。


 堀井さんとは、ひとまずそれで電話を切った。


 はてさて、どうなることやら。




※無料公開部分は、ここまでになります。

 お読みいただきありがとうございました。

 すでにご理解されているでしょうが、こうしたのんびりとした日常を中心にした物語となります。

 今後の更新について、なるべく更新するつもりですが、毎日とはいかないと思います。

 それでも、もし他の作家様のついででも読もうと思っていただけるならばよろしくお願いいたします。





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