第35話 ユーノの思い

「兄さんは、おとなしく僕にいじめられていれば良かったんだよ。あとたった三年耐えれば自由だったのに。……まぁ、卒業が近くなったら母さんがまた何かやらかしたかもしれないけど、僕もさすがにセイバーズの代表まで選ばれたら、母さんの頼みを聞くつもりはなかったから」


 俺は、乾いた唇を舐めて、ユーノに言い返した。

「いや、選ばれただろ。一年生なのに今年代表に選ばれた。……一年生で代表に選ばれたのは、アウズンブラアカデミーのSランクのセイバーズ候補生、俺とエドウィンのアイテムハンター候補生、それを抜かせばお前らだ。正確に言えば、お前が選ばれた」


 ユーノは俺のセリフを鼻で笑い飛ばす。

「ハッ! 兄さんたちの引き立て役になりたくなかった三年生がこぞって断ったからだろうが!」

「三年を抜かせばお前が一番だと、学長が言っていた! ただ、お前にやる気がないだけで!」

「あると思う!? 兄さんをいじめ抜くって目的だけのために同じ学校に行かされたってのに!」


 ユーノが怒鳴るので、俺も怒鳴る。

「……だったら、俺みたいにそこだけは譲らないって頑張れば良かっただろう!? なんで義母の言いなりになってるんだよ! 俺とは違うだろ!?」

「母さんには僕しかいないからだよ! もっとも、母さんにとっての僕は都合にいい駒だったみたいだけどね!」

 そう言い切ったユーノに、ため息をついてしまった。


 ユーノはマザコンだ。そりゃあもう、俺以上に義母の言いなりなんだ。知ってたけど……進路まで変えるほど、言いなりになるなよ……。

「……お前、将来がかかってるんだぞ?」

「わかってるよ。どっちみち、ここまできたらもう僕の将来はないしね、兄さんもだけど」

 俺は呆れ返ったように呟いた。

「ついでに、義母さんの将来もなさそうだ」

 全員が等しく不幸になる未来じゃないかよ。

 そうしたら、ユーノが暗い笑みを浮かべて答えた。

「僕がやったことにするさ。どのみち、母さんはもうほとんど妄執で生きてる。これが片づいたら、心療の病棟へ入れられるよ」


 俺は再びため息をついた。

「…………そんなに俺が憎いのか」

 ユーノは両手を広げながら肩を竦めた。

「なんじゃない? 僕もわからないかな。……僕としては、兄さんにちょっと同情しているよ。あんな男の息子に生まれたがために、あの男じゃなくて兄さんが怨まれているんだものね」

 わかっているなら、止めてくれよ……。


「見逃してくれないか? お互い、こんなことはもう御免だって思うだろ? ユーノがそこまで理解しているとは思ってなかった。義母と同じように『父を殺した男の息子』って俺を怨んでいるのかと思ってた。そうじゃないなら、俺たちの将来のため、義母には適当にうまいこと誤魔化して、そっとしておこう」

 そう提案したら、ユーノが冷笑した。

「兄さんが、僕の下でおとなしくしていてくれたらそう出来たよ。……よりにもよって、Sランクのアイテムハンター候補生? 母さんは噂でそれを聞いて、どうなったと思う? 兄さんを嵌めるため、あの家も勝手に売り払ったよ。もちろん、義父が渡していた兄さんの養育費も使い込んでるしね!」

「別にそれは、父から義母への慰謝料だって思ってるからいいけど……」


 父には元より期待していない。

 母の遺したものはすべて俺が譲り受けているからいいんだ。

 父にすら譲らない。もっとも、父が母の遺品をほしがるとも思えない。


 俺の口ぶりでユーノが悟ったように言った。

「……あぁ、兄さんも義父さんが嫌いなんだ。なら、母さんにそう言えば良かったのに。『自分だって被害者です』ってさ」

「…………」

 義母に言ったところで、通じない気がする。

 だってそんな正論が通るなら、あの人は最初から俺を憎みいじめ抜きはしなかった。

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