第2話 だんだんわかってきた……

 チームが再結成になると、移動が起きる。

 まずはクラスだ。

 エーギルアカデミーではチーム結成のときに正式なクラス分けが行われ、バディ同士は同じクラスになるのが決まっている。

 だが今回チーム替えが行われたため、俺がルビークラス、エドウィン・フォックスの元バディがトパーズクラスへの移動が決まった。


 また、アカデミーの生徒は寮に住み、チームを組んだら男女の組み合わせでない限りはバディと相部屋になる。つまり、俺とユーノ、エドウィン・フォックスと彼の元バディは部屋を入れ替わらなくてはならない。

 結果として、俺と彼の元バディが今いる部屋を立ち退き、互いのバディの部屋に入ることになった。


 なぜ俺がエドウィン・フォックスの相部屋に行くかというと、端的に言えば今の部屋は優遇されていたからだ。

 俺の父はセイバーズで活躍している。その七光りで、俺とユーノは寮の中でも一番いい部屋に住んでいた。

 解消した場合、成績上位はユーノ。なので俺が出ていくことが決定した。


 ――そうでなくとも俺が出ていくことになっただろう。

 ユーノはチーム解消を願ってなどいなかったのだから。


 黙々と少ない荷物をまとめ、出ていこうとする俺にユーノが言った。

「この事、母さんに伝えるからね」

 俺は小さく頷く。

「……もう、家には帰らない。卒業したらそのまま家を出てセイバーズになるよ。……どのみち、卒業したらチーム解消だろ? それが早まっただけだ」

 そう返すと、部屋を出た。


 エドウィン・フォックスの部屋に向かうと、怒鳴り声が聞こえてくる。

「……せいせいしてるよ! あのワーストと一緒に地を這ってな!」

 扉が開いたと思ったら、エドウィン・フォックスのバディだった男……えーと確かハムザ・ヘンダーソンだったか、が、出てきた。

 俺がいるとは思わなかったらしく、俺を認めると目をみはり、気まずそうな顔をした。

「弟をよろしくな」

 俺がそう言うと、「はぁ?」と、ものすごい顔をされて睨まれた。

「お前、自分の順位を知らねーのかよ。お高くとまってんじゃねーよワースト!」

 俺にそう怒鳴ると足音荒く歩き去った。

 よく怒鳴る奴だな、と思いつつ中に入る。


 中は、予想よりも狭かった。優遇されているとは知っていたけど、かなりされていたんだな、と改めて思う。でも、逆に考えれば普通に戻ったんだから、もう心苦しいと思う必要はないということだ。


 俺は荷物を机に置くと、ベッドに寝転んでいるエドウィン・フォックスに向かって言った。

「お前らって、実は仲が良いだろ。……もしかして、俺とユーノはお前らの痴話喧嘩に巻き込まれたのか?」

「あァ? なんでそうなんだよ?」

 エドウィン・フォックスが怪訝な顔をした。

「あいつ、本当はお前に引き留めてもらいたかったんじゃないか、って言ってるんだよ。普通、解消するほど険悪な仲なら最後の最後まで怒鳴り合ったりしないだろ」

「ダイジョーブだ。あれがあいつのスタンダードだからな!」

 エドウィン・フォックスは、こちらに向けて手をひらひらと振った。

 本当かよ?


 だが、もうどうしようもない。

 まだ学生とはいえ、バディ解消は気軽に出来ない。

 そして、いったん解消したら二度と組めない。

 卒業したらいったんリセットされるが、まぁ……解消するくらいなんだから、組まないよな。

 もし、何かしらの理由で解消したいほどこじれてしまった場合、普通は〝代理〟を別のチームに借りる。それがバディの代理制度だ。その後、チーム同士の話し合い等でバディを交換するか、代理で凌ぐかする。

 そういう根回しもなくチームを解消してバディが見つからない場合、最悪は中途退学が待ち受けるだろう。

 ――とまぁ、チーム解消はけっこう大ごとになるので、こいつらみたいに当てもなく本気で解消するなんて狂気の沙汰なんだ。


「まぁ、後悔してももう手遅れだよな。それで、エドウィン・フォックス君」

「エドウィンでいいよ。つか、フルネームで呼ぶなっつーの」

 エドウィンが呆れたように返してきた。

「じゃあ、遠慮なく。エドウィン、これからよろしく、の前に……言いたいことがある」

 俺はそう言うと、エドウィンに向き直った。

「部屋が汚すぎる。掃除をするからいったん出てってくれ」

 コイツら、全然部屋を掃除してなかっただろ!?


「ハァ……ハァ……。やっと終わった……」

 汚かった。マジで汚かった。

 エドウィンは俺と似たり寄ったりの荷物の少なさだけど、ハムザ・ヘンダーソンのゴミが多い。

 よくキレなかったな!? 俺だったらキレてるぞ!

 ユーノ、大丈夫か……? と、不安になったが、ユーノは人あしらいが上手いからどうにかするだろ。


「おー! 綺麗になったな!」

 と、呑気にエドウィンが入ってきた。

 見事なまでに手伝わなかったぞコイツは。

 ……いや、いいけどな。汚部屋が気になるのは俺だ。コイツは『気になるんなら勝手にやれ』って思ってるだろう。

「お前ら、こんな汚いところによく住めたよな?」

 思わず愚痴ったら、エドウィンはキョトンとして俺を見た。

「そうでもねーだろ」

「そうでもあるよ!!」

 思いっきりツッコんだ。

 大丈夫か俺。ユーノは確かに俺のストレスだったんだけど、それはこちらにも原因があったからだ。

 コイツは別の意味でストレスになりそうだ。雑、という方向性で。


          *


 エーギルアカデミーは、実技が一般教養よりも重要になる。

 実技とは、ざっくり言うと教官から依頼を受けて魔物を討伐することだ。

 新入生の頃は草原でスライムやゴブリンの駆除、低級ダンジョンで弱い魔物を狩る訓練をする。

 慣れてきたら、徐々に強い魔物を討伐するようになる。


 余談だが、エーギルアカデミーは名門校の一つとされている。

 なぜなら、立地がいいから。

 初心者訓練用の弱い魔物からそこそこ強い魔物まで、種類も豊富で幅広くいる。大きな都市の中にあるので、依頼も豊富だ。地方のアカデミーでは、魔物や依頼が偏っていたりする。

 ……というのを授業で聞いた。

 別に地方のセイバーズでも、そこに根付き依頼をこなし続けるのであればそれで問題はないと思うけどね。どうせ、手に負えない魔物が出たら名うてのセイバーズが出張るのだから。

 ――名うてのセイバーズとは、名声と引き換えに死ぬ覚悟と生き残り怨まれる覚悟を持つ者だ。

 あるいは、死ぬ覚悟など持たなくていいほど強く、怨まれている自覚が出来ないほど自分本位の者かだ。


 そんなとりとめのないことを考えながら、俺はエドウィンに声をかけた。

「エドウィン、任務を受けに行こう」

「おう!」

 エドウィンは、威勢のいい声で答えてくれた。


 ……いや、いい奴なんだけどな。

 だけど俺は、ユーノと同室のとき以上に働いている気がする。

 ユーノはあれでもよく気がついた。やらないだけで!

 俺に「それ、やっといてよ兄さん」と俺にやらせるが、気がついたんだよ!


 エドウィンはそもそも気がつかない。

 念のため尋ねると、「やってねぇ」と答えること毎回。

 あああ……なんでコイツらがチーム解消したのかよくわかった。

 ハムザ・ヘンダーソンは、やらないコイツにキレたんだろう。


 任務は『受付室』という教室で担当教官と相談しながら依頼票を受け取る。

 受付室へ向かう途中、

「ところで、チーム名はどうするよ?」

 と、エドウィンが珍しく尋ねてきた。

 コイツ、だいたいが尋ねないで決めてしまう。

「やっといたぜ!」

 とか、

「決めといたぜ!」

 しか言葉を知らないのか、と思っていたよ。


「……チーム名は」

 勝手に決めていい、という言葉を呑み込んだ。

 とんでもないチーム名をつけられたら嫌だ。

 なぜか、ろくでもない名前だという予感がしたのだ。

 なら、自らろくでもない名前を付けた方がマシだ。


「愚者と無精者」

 まさしく俺たちだ。


 エドウィンは何回か目を瞬いた後、ニッと笑った。

「いいじゃんか! イカすぜ!」

「嘘だろ……」

 バカと怠け者、ってイカすのか。よくわからない。

「アイデアがなかったら、【イカしてる俺様ズ】でいこうかと思ってたんだけどよ」

 うわ、それよりはマシだ。そんなのを名乗ったらまさしくバカ丸出しだろう。


 俺は悟った。

 エドウィンに任せていたら危険だ。

 優等生タイプのユーノとタイプが違いすぎて判断しづらかったが、とんでもないことをやらかす爆弾野郎だぞコイツ、ってのがようやくわかってきた。

 俺、確かにユーノといたときもフォローに徹していたが、コイツはもっと……そう、介護レベルでやらないとダメだ。


 俺はドッと疲れながらも受付室に入ると、担当教官であるフィッシャー教官にチーム名を申請し、任務を受ける。

 任務は、俺たちの成績、適性などから判断され、担当教官が依頼を提示する。

 無理だと思ったら断ってもいいが、断る奴はいないと思う。

「お前たちは、新チーム後初任務か。じゃあ、オリエンテーションから始まるぞ。最初は軽めの依頼だ」

 と、提示されたのは、本当に軽めの『ゴブリンの討伐』。

 北の森でよく見かけるようになったらしい。


 俺は、依頼票を受け取りながらエドウィンに尋ねた。

「……念のため尋ねるけど、備品の確認はしたか?」

「んなもん、しなくても」

「しなきゃダメだろ!」

 かぶせて怒鳴った。

 フィッシャー教官が苦笑しているぞ。

「お前、魔物駆除を舐めてるだろ! いいか、学生だからって初級の魔物だって、魔物の駆除は命をかけてやってるんだよ! 遊びじゃないんだ! プロのセイバーズだって、年間何人も死んでるんだぞ! やってることは俺たちと同じなんだ、備品の確認を怠って、油断して出かけたら死体で戻ってきました、なんて本当にある話なんだからな!」

 エドウィンの胸元に指を突きつけて説教した。

 フィッシャー教官は苦笑したまま腕を組んで頷いている。

 エドウィンは呆れ顔だ。

「お前、教官かよ?」

「親父とお袋がセイバーズだ。……だから怠慢で死人が出てるのをよく知ってるんだよ」

 俺の話を聞いたフィッシャー教官が俺を見て何か言いかけたが、気を取り直したように口をつぐんだ。

 そこまで言ったが、エドウィンは気のなさそうに「……わかったよ、やるからピリピリすんな」と言ってきた。


          *


 北の森に到着した。

 というか、到着するまでにゴブリンを何匹も倒した。

 エドウィンと組んでわかったんだが……コイツ、ある意味すごいな。

 まず、目がいい。遠視が出来るそうで、俺には見えない距離の魔物をすぐ見つける。

 そして、すぐ突っ込む。文字通りにな。

 俺はエドウィンに使う武器を紹介されて、見かけのわりに魔物が怖いタイプか、と内心で考えていたのでものすごく驚いたのだった。


 エドウィンの武器はは槍だ。男ではそうとう珍しい。

 槍は、だいたいが近距離戦闘を怖がる女子が使う武器として知られている。ちょっと離れた距離から攻撃出来るからだ。

 長距離の武器では弓もあるが、あれは接近されたら短剣で戦わなくてはならない。つまり短剣の訓練もしなければならない。

 その点、槍は常に一定の距離で戦うので近距離戦闘が苦手な女子でも戦いやすいのだ。


 ……ということを新人の頃に習うのだが、エドウィンは「適切な距離とは……?」と言いたくなるくらいにとにかく敵に向かって突っ込んでいった。

「オラァッ!」

 うわ、槍でなぎ払ってるよ。

 これでワースト二位? 嘘だろ。


 ……え、もしかして他の連中ってエドウィンよりもっとすごいのか?

 俺はユーノしか知らないからな……。

 ……遠い昔、まだ幼少の頃にほんの短期間組んだことはあるが、まだ小さかったから参考にならない。


 魔物は、死ぬとなぜか死体が消え、代わりに魔物の死体の一部を落とす。魔物が生態系から外れていると考えられている所以だ。

 魔物以外、生きとし生けるものすべてはちゃんと遺体を残すのに、魔物は消える。

 遺体がなくなることを憐れだと思うが、潔くてうらやましいとも思う。


 ただし、魔物は遺体が消えた後、痕跡を落とす。

 それは『ドロップアイテム』と呼ばれている。

 ゴブリンのドロップアイテムは低級エーテルストーン。魔道具の燃料になるけど小さいので一粒一粒にはあまり価値がない。

 俺はせっせとエドウィンが倒したゴブリンのドロップアイテムを拾い、数え集めておく。

 今回の依頼はゴブリンの討伐。証拠としてこのドロップアイテムを提出する。この数が個人ポイントとなるのだ。


 うーん、ゴブリンとはいえけっこうな数を倒しているな……。なんでコイツ、ワースト二位なんだ?

「おい、大丈夫か? だいぶ飛ばしてる気がするが」

 俺がエドウィンに声をかけると、エドウィンがサムズアップしてきた。

「おう! バテてきたぜ!」

 ……うん、本当にコイツのことがわかってきたよ俺。

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