第三話 取り戻した幸せ

 二


『まさか、こんな姿で家に帰ることになるとは思っていなかったわ』


 カラカラと車輪を回しながら自宅にやってきた美里に、彼女と共に帰宅した私はゆるりと笑う。


「私は君がどんな姿でも愛しているよ」

『……あらやだ、うまいこと言っちゃって』


 私の背丈よりも高さのある長方形の箱のスピーカーから、私の知る美里の声が流れ出る。


『それと、貴方の姿も変わっているわ』

「君が冷凍保存された時から三十年も経っているからね……。年老いた私の姿では不満かな」

『冗談はよして。私だって貴方がどんな姿であろうと大好きよ』


 AIではない美里との会話に、私は感動を覚えた。


 アンドロイド【美里】を停止してからすぐさま葉山に頼んで、解凍から一週間という短期間で美里と共に家に帰ることが出来た。私が生きている間には解凍技術が間に合わないかもしれないと思いつつも、諦めずに待ち続けて三十年。生きている彼女とついに再会出来たことに、私はまさに感慨無量である。


『それと、貴方の姿も変わったけれど、この家も私の知っているものとは、とても違うみたい』

「三十年で技術はかなり進歩したからね、今じゃあ旧型の家はあまりお目にかかれないよ。機能も格段に良くなった。タイマーで設定された時間にロボットが勝手に家中を掃除するし、洗濯もクローゼットに戻すまでが自動化された。家の管理は全てAIがやってくれるし……これも見てごらん」


 私は美里を電子レンジの前まで案内する。箱に搭載されたカメラがジッとそれを見つめた。


『これは電子レンジ?』

「そうだよ。今は昔みたいに家で調理する家庭なんて滅多になくてね、殆どの家庭は、ドローンが配達してくれる冷凍弁当を食べているんだよ。弁当をこの電子レンジの中に入れてスタートボタンを押すだけで、全ての調理をしてくれるんだ。どんな弁当でも電子レンジ内のセンサーが読み取って、適切に温めてくれる。君が眠りについてからすぐに発売されたものなんだ」


 人間の脳と言う繊細なものを除けば、このような冷凍技術と解凍技術は比較的早く実現していたのである。私がそう説明すると、美里は不満そうな声を漏らした。


『調理は私の担当だったのに、酷い話だわ』


 その言葉に、私は思わず笑ってしまった。『何よ、失礼な人』と彼女のぼやきも気にならない。

 まだ何事も手動が当たり前だった時代を思い出す。

 私は綺麗好きで、決して掃除を欠かすことはなかった。洗濯物はきっちりと畳み、ゴミを家にためることもない。私は家事が得意であったが、おかしなことに料理だけは壊滅的に苦手であった。弁当ばかり食べていた私を見かねて食事を作り始めたのが、当時私が勤めていた会社の同期であった美里である。これが私達の出会いであり、彼女が不治の病で倒れるまで、彼女は私のためだけに料理を作ってくれていた。


『私の役目がなくなって、困るわ』


 機械のアームでフライパンを振るような動作をする彼女に、私はクスリと笑いかける。


「君が傍にいてくれるだけで、私は世界一の幸せ者だよ」


 美里と再会するために、どれほど長い時を待ち続けたか。私の言葉に、彼女は恥ずかしそうに『貴方ったら』と言った。

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