戦いの嵐の中で―――(2)

 勢いに乗る正規軍だったが、反乱軍を打ち崩すことは容易ではなかった。一言に傭兵といっても、元軍人も少なくない。そのほとんどが素行不良による不名誉除隊だが、戦士としての実力とは関係ない。むしろ、枷が外れたことで凶暴性を増した者もいる。それに正規軍であっても、最前線の国境警備を経験しているからといって、実際に死力を尽くして戦った経験のある兵がどれほどいるのか―――。つまり、この戦いは普段の訓練の積み重ねが物を言うのである。

 その点では正規軍が有利だった。大規模戦闘で個々で戦う効率の悪さを感じ取ったバラリウスは、中隊ごとに行動することをあらかじめ命じていた。さらに小隊単位での動きを指示、徐々に戦線を押し上げていく。上手くいったのはバラリウスの手腕もあるが、やはり数の優位と直前の合同演習の成果が大きい。

 しかし……

 第一軍の後方六百メートルの丘の上―――第二軍の本陣から戦場を眺めるアケミの表情が浮かない。

「勝てることは勝てる。だが…」

「うむ……どうにもしっくりこんのぉ…」

 アケミの隣に立つベルマンも首を捻る。

「傭兵はともかく、サジアート直下の兵や貴族の部隊はどうにも戦い方が消極的だ。戦力差も歴然だ。なのに撤退しようとしない……そして肝心のサジアートは未だ見つからない。どこに消えた? これは……」

 やはり陽動か―――皆の頭に同じキーワードが浮かぶ。

「陽動だとした場合、何が狙いなのでしょうか? 普通に考えるならこの本陣か、あるいは…迂回して城か。もしくは逃げたか」

 ナムドは将というより参謀、軍師の才能がある。なるほど、城を狙う手はなかなか思いつかない。だが……

「城を取ったところでどうしようもないだろ。守りは硬いだろうが、籠城しても補給路を断たれて逃げ場がなくなる。バレーナはいないし、仮に他の大臣を人質に取れば、いよいよサジアートの正当性は失われる。そうなれば死刑確定のただの謀反人だ。そこまで追い込まれている状況じゃないし、奴の性格からいって行き止まりの見える穴に飛び込むような真似はしないな」

「では何が目的だと?」

「………」

 答えを出せないでいると、カリアが横合いからひょいと顔を出してきた。

「あの……難しく考え過ぎなんじゃないか? 戦い続けるのは勝てる見込みがあるからだろ? なら、援軍を待ってるんじゃないか?」

「援軍? どこにいる? どこからくる?」

「それは……敵は貴族なんだし、自分の領内なんじゃ…?」

 誰もが、はっと気付く。サジアートは自領に帰還する途中で旗揚げし、転進してきた。だから計画された上での―――十分に準備した上での―――全戦力だと思い込んでしまっていた。ちょうど数が想定内だったこともある。だが、本当に時間を掛けて準備していたのならそれ以上に軍勢が存在している可能性もある。サジアート領がもぬけのからだと、誰が知っているというのか……!

 アケミが初めて冷やりと背筋が凍るのを感じたとき、伝令兵が本陣に駆け上がってきた。

「報告!! 敵軍と思われる軍勢が敵軍後方の森から接近中! その数、二千を超える模様!!」

「二千!?」

 そんなにいたのか!? だがどこからそれだけの戦士と雇う資金が――……!!?

「ふむ……アケミの予想が当たっていたようじゃのう」

 ベルマンが望遠鏡を片手に呟く。アケミも望遠鏡を借りて覗くと、戦地となっている荒野の後方二百メートルの森からわらわらと現れる。戦士たちはどこにでもいる傭兵を装っているが……

「ジャファルスだ…」

 装備している武器には、ジャファルスで信仰されているⅨの意匠が組み込まれている。

 そしてアケミの中で一つの答えが出た。サジアートは確実に何かを奪い取る気だ。危険を冒してこれだけのジャファルス兵を引きいれ、その見返りにこの国の何か―――土地か、あるいは人か、資源か、国そのものか……何かを売り渡す気だ。

「……………」

 静かに溜め息を吐き……アケミは武器庫にしている荷台から二本の刀を腰に差し、そしていつもの長刀も手に取る。

「招集を受けて追っつけやってきた兵も加わって、今この第二軍の兵数は三千以上だが、統制が執れているとは言い難い。再編成やらは任せていいか? あたしは先に出る」

「いや、ちょっ…」

「私も行く」

 普段冷静沈着なナムドが珍しく慌てる前でカリアもサーベルを腰に着ける。アケミはまた一つ溜め息を吐く。

「お前はいい、ここに残れ」

「私も行く。私も力にならないとここにいる意味がない。まして、今の状況ならなおさらだ」

「足手まといだ。初陣で調子に乗るとあっという間に死ぬ」

「私はイオンハブス軍の代表だ。今後のためにもここで戦い、戦えることを証明しなければならない。それにガンジョウ師範に鍛えて頂いた。役立たずという事はない」

「ほう…面白いことを言うな」

 アケミが長刀を握り、キンッ…と高い金属音。鯉口が切られ、刃がずるりと顔を出す。アケミの「刀」は長いこともあって、細く頼りなさそうに見えるが、そうではない。美しく波打つ波紋、極限まで研ぎ澄まされた刀身は、見る者を魅了し、そして畏怖させる。目の当たりにし、突きつけられれば、誰しもが死の恐怖を味わう事になる。単なる敵を倒す道具ではない。人を殺すための至高の武具なのである。

 そして―――刀が抜き放たれた時、アケミもまた切り替わる。かつてカリアが感じたものとは比べ物にならないほどの殺気は、本能に恐怖を訴えかけ、神経を焼き切るのではないかと思えるほどである。その切っ先を、アケミは迷わずカリアに向けた。

 対し、カリアはサーベルを抜き……そのまま構えることなく、ただアケミを見据えた。ただ真っ直ぐと……

「………」

「…………いいだろう。その程度にできるのならもう言わん。引き際を間違えるなよ、別に劣勢ってわけじゃない、無理はするな……ま、あたしが出ればお前が剣を振る回数は極端に減るがな」

「それはどういう意味だ?」

「すぐにわかる」

 ―――そう、戦場に着いてすぐだった。アケミが登場すると、混乱していた場の空気が変わったのがわかる。ただでさえ長身でスタイル抜群の美人、加えてその特徴的な武器と、独特の存在感……そこにいるだけで、周囲の意識が変わる。特に、アケミを知る敵に対しては―――。

「シロモリっ……長刀斬鬼がきやがった!!」

「囲んで殺せ! サシでやっても勝てねぇ……誰か、弓で援護しろぉ!!」

「はぁ!? あんな女に何をビビってやがる。正気か? そんな戦い方、いい笑い物―――」

 自らに自信のあった男の言葉はそこで途切れた。魔性を孕む刃に喉を切られ、隣にいた男を巻きこんで絶命する。そして次の一振りで一人、一人、また一人………あっという間に、アケミの長いリーチの範囲には敵がいなくなった。

「す、すごい…っ」

 後ろで見ていたカリアの肌は泡立ち、追って大量の汗が噴き出す…。アケミの長刀は一騎打ちで見せた斬馬刀に比べれば小枝のようだが、それでもかなりの重量武器だ。おそらくカリアが持てば刀に振り回されるだろう。しかしアケミが握れば、まさしく風を斬るような、超高速の剣閃を放つ。さらに怖ろしいのは、確実に急所を裂いていることだ。どれだけ剣が速く正確でも、相手も止まっているわけではない。アケミは相手の動きを読んで、完璧なタイミングで刃を相手の急所に重ねているのだ。その天才的な高等技術は、戦場に地獄の情景を生みだす……。


 アケミが踏み出す度、血しぶきが舞う―――

 長刀に魅せられたように、斬られていく―――

 一振りする度に、死んでいく―――…


 戦場の羅刹――「長刀斬鬼」が誕生するのである。


 もう一度さっきのように剣を向けられたら、正面に立てるだろうか? カリアは思い浮かべる。

 ――……無理だ。きっと逃げ出してしまうだろう。そして確実に斬られる。

 これまで、どれ程の実力者であっても、努力すればいつかは追いつけると信じていた。だけどこれは違う……同じには、なれない。それでもこの女と並んで戦わなければ、主君の面目が立たないのだ…!

「……いくぞ!」

 カリアはサーベルを構える。アルタナディアの理想を叶えるために……!






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